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第三十八話 孤独

 どれだけ叫んでいただろうか。

 いつしか声は枯れて、道端にぐったりと座り込んでいた。

 全身に降り注ぐ大量の雨が体を徐々に冷やしていく。

 今は……何も考えたくない。


「お前……やっぱり魔族だったのか!!」


 僕が助けたはずの冒険者がやってきて、僕に剣を向けている。

 その周りには数人の冒険者がおり、それに興味を持ったのか、避難しているはずの住民も周りから顔を覗かせている。


「お前は、ずっと仲間を騙していたのか!!」


 ああ、嫌な空気だ。

 ここにいたくない。

 ここにいる皆の目が嫌だ。

 僕のことを敵だと思っている目だ。

 逃げよう。


 そう思い、人のいない方向に走り出す。


「逃げたぞ!!」


 ジャレッドとの戦闘のせいか、全身が痛いし、上手く力が入らない。

 これ、逃げ切れるか?


 ……痛っ!?

 何かが飛んできた!?

 チラリと後ろを見ると、石を投げようとしている住民がいた。


「魔族を逃がすな!! 人族の敵だ!!」


 敵は冒険者だけじゃないのか。

 捕まったら、僕、死ぬのかな?

 死ぬなら痛くないほうがいいな。

 ああ、こんな時に必要のないことを考えてしまう。


 「ぐはっ!!」


 背中に何かが思い切りぶつかるのを感じる。

 何だこれ!?

 めっちゃ痛い!?

 これは……ウォーターボールか?


「魔術を当てました!! 今のうちです!!」


 冒険者の中に魔術師がいたのか。

 最悪だ。

 ただでさえ全身が痛いのに、傷口に塩を塗られたかのように痛む。

 ああ、辛いな。


「魔族の動きが止まっているぞ!! 今だ!!」


 ……捕まりたくない。

 魔法で自分と冒険者の間に水の壁を作る。

 もうほとんど魔力は残っていない。

 これが逃げ切る最後のチャンスだ。


「くそっ!! 早く回り込むぞ!!」


 痛む体に(むち)を打って路地裏に逃げ込む。

 以外と路地裏の構造は複雑で、運が避ければ逃げ切ることができるかもしれない。


「魔族を見失った!! 手分けして探すぞ!!」


 冒険者の声が聞こえてくる。

 このまま遠くに行けば逃げ切ることができそうだ。


 足が重い。

 今すぐ座り込みたい。

 でも、そんなことをしたら見つかってしまう。

 もう少し、頑張ろう。


 どれだけ走っただろうか。

 もう冒険者の声は聞こえてこない。

 足の疲れが限界だ。

 思わずその場に座り込んでしまう。

 雨のせいで全身がびっしょりと濡れており、体温が徐々に下がっているのを感じる。


「何で……こうなったんだ?」


 僕はいつも通り冒険者として、ソニアやエマとただ依頼をこなしていただけのはずだ。

 それなのに、なぜ自分は雨の中、路地裏で一人座り込んでいるんだ?

 ふと視線を下に向けるとそこには薄い水たまりがあり、それに写っていたのはいつもとは違う自分の姿があった。

 本来は髪で隠れている二本の角が大きく突き出ている。

 思わず角や全身を触ってしまう。


 ……角だけじゃない。

 小さな尻尾も服を突き破って長く伸びている。

 一体何なんだこれは?


「……こんなのを見たら誰だって魔族だって思うよな」


 なぜ、自分は勘違いしていたのだろう。

 ずっと人族と共にいたせいだろうか。

 ルイザさんやソニアが僕を受け入れてくれたせいだろうか。

 そのせいで、ずっと忘れていたのかもしれない。


「……僕は……魔族だ」


 ああ、この感覚、何だか懐かしい。

 自分だけが周りと違う、この感覚。

 転移魔法で人族の国に初めて来たときと同じだ。

 自分だけが孤立していて、周りが恐ろしく見える、この感覚。

 ……この感情は、久しぶりだな。


「……故郷に……帰りたいな……」


 そう言ってはみたが、今すぐどうこうなるわけではない。

 いや、でも……自分が死んじゃえば楽になるかもしれない。

 そう思ってみたが、やっぱり死にたくない。


 ずっと路地裏にいたら雨も(あい)まって衰弱死してしまいそうだ。

 とりあえず、屋根のあるところに行きたい。

 (さいわ)い、魔獣が発生していたせいか、このあたりに住民の気配はない。

 仕方ない。

 少し気が引けるが、他人の家を勝手に使わせてもらおう。


 すぐ近くに入れそうな家があったので入り込む。

 魔獣の騒動があったせいか、蝋燭(ろうそく)の火はまだ残っているが、家主はいないようだ。

 全身がずぶ濡れで寒い。

 家の中を探索していると、家主が来ていたであろう服を発見したので、すぐに着替える。

 やっていることは盗賊のような行為だが、もう魔族だとバレてしまっているし、今更どうってことない。


「……ご主人様?」

「誰だ!!」


 そう言って後ろを振り向くと、そこには一人の少女がいた。

 身長はかなり低く、子供のようだ。

 その少女の茶色い髪は乱雑に切られており、ボロボロの服を身にまとっていた。

 この子は……奴隷か?


「あなたは……誰?」

「僕は……盗賊だ。早く出ていけ。でないと、殺すよ?」

「本当に殺すの?」


 そう言って少女が一歩だけこちらに近づいてきた。


「来るな!!」

「え? どうして?」

「殺すぞ!!」


 殺すなんて嘘だ。

 本気でそんなことを思っているわけじゃない。

 しかし、今の自分は、簡単に人を殺してしまいそうだ。

 角や尻尾が見えるこの姿は、僕であって僕でない気がする。


 早く……一人にさせてくれ。


「どうしてあなたは怯えているの?」

「え?」


 ああ、この少女は、僕の感情を見透かしている気がする。


 やめてくれ。

 僕に近寄らないでくれ。

 また、あの時みたいに、人を苦しめたくない。


「……私、邪魔だった?」


 そう言って少女は後ろを向き、別の部屋に行ってしまった。

 一体あの子は何だったんだ?

 ……まあ、放っとけばいいか。

 

 今日はもう疲れた。

 幸い、この家にはちゃんとしたベッドがある。

 勝手に休ませてもらおう。

 途中で家主が来るかもしれないが、そのときはその時だ。

 上手いこと逃げ出そう。

 

 ベッドに横になり、毛布にくるまった。

 あったかいな。

 あったかいはずなのに、どこか寒く感じる。

 これは、何なんだろう。

 寝ようと思って目をつぶるが、中々寝付けない。

 嫌なことを色々思い出してしまう。

 エマは、どうなってしまったのだろうか。

 一命を取りとめたのか、それとも、僕が殺したのか。

 そんなことを考えていると、更に寒くなった気がした。


 こんなにボロボロで疲れているのに、何で寝付けないのだろう。

 早く深い睡眠に入って明日になればいいのに。

 …………あれ?

 何だか急にあったかくなった気がする。

 なんでだろう。

 疲れ切っているせいでまぶたが開かない。

 まあ、いいか。


「…………おやすみなさい」


 僅かに声が聞こえ、僕は安心するように深い眠りについた。

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