第三十七話 過ち
何で僕…………戦っているんだ?
エマや王国の人々を助けるため?
それとも目の前の敵を倒すためか?
「何か、興が削がれたな。もう殺しちまうか」
目の前の獣人が何かを言っているが、はっきりと聞こえない。
何だ、これ。
気持ち悪い。
自分が何を考えているのか分からない。
自分が気持ち悪い。
気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。
……気持ち悪い?
いや、違う。
これは、気持ち悪いのではなくて……なんだか……
……気持ちいいな。
「……は? お前、何だそりゃ?」
何ってどういうことだろう?
何だと言われても、僕は僕だ。
ああ、なんだか体が熱い。
全身が燃えるようだ。
あれ、熱いのかな、これ?
えっと、むしろ冷たい?
「お前、その姿は……ガチもんの悪魔じゃねえか」
悪魔?
何を言っているんだ?
まあ、いいか。
こいつを殺しちゃえば、解決しそうだ。
アルフは剣を片手で持ってジャレッドに振るった。
お互いの剣がぶつかり合い、かん高い音を立てる。
「うおっ!? 何だこの威力!? お前、これをずっと隠してたのかよ!?」
僕の剣が防がれてしまった。
まあ、攻撃し続ければいつか当たるだろう。
その後も連撃を繰り返す。
「お前、力がめっちゃ強くなってるじゃねえか!! 面白えなお前!!」
ジャレッドが右手の剣で防御しながら左手の剣を振るってきた。
これは、邪魔だな。
魔法で、いいか。
左手を剣にかざし、風の魔法で吹き飛ばすイメージだ。
「うぉっ!? 魔法の威力も上がってねえか!?」
ちっ、吹き飛ばせなかったか。
こいつ、早く殺したいな。
……魔術も使うか。
「この身、この気に力を与え、この場に精霊の力を借りんとし、鋭く形を変えん、」
「お前、剣を振ってるのに魔術も同時に使うのか!? 凄えやつだな!!」
「ファイアスピア」
火の槍をジャレッドに向かって飛ばす。
どうせだから魔法で風の槍も飛ばすか。
これで殺せるかな?
ジャレッドは火の槍を避けるが、風の槍を僅かに食らってしまう。
「すげえな、おい!! 俺に傷がつくとは思ってなかったぜ!!」
これでも死なないか。
「もっとやり合おうぜ!!」
時間をかけて強力な魔法を打とう。
それならあいつを倒せる。
その時、ジャレッドがどこかを見たかと思うと不機嫌そうな顔をした。
「ああ? ちっ、もう終わりかよ」
そう言ってジャレッドが両手の剣を背中の鞘に納める。
「また戦おうぜ、アルフ。それまで強くなってろよ!」
ジャレッドがフードを深く被り、どこかに向かって走っていった。
あいつ……逃げたな?
まあいいや。
ん?
いいんだっけ?
そうだ、確か魔獣が暴れ回っているはずだ。
魔獣を倒しまくればいいんだな。
ああ、こんなに雨が降っているのに、体はずっと熱くて、冷たくて、心地いい。
「あの……アルフさん?」
後ろから何かの声が聞こえてくる。
「ごめん……なさい……私……」
何だこいつ?
魔獣が喋ってないか?
気持ち悪い。
魔獣はすぐに殺さないと。
声のする何かの側に近づき、その首を持って掲げる。
「ぐ!? アルフ……さん!? 何を!?」
「魔獣が喋るな」
さっさと殺すべきか?
まあ、どうせだ。
たまにはやり方を変えてじわじわと殺すのもいいな。
少しずつ、魔獣の首を持つ手に力を加えていく。
「ぐ……ぐる……しい……」
「気持ち悪いな」
「ごめ……なさい……ごめ…………なさい…………」
ゆっくりと、ゆっくりと力を入れていこう。
魔獣が僕の手を引き離そうと掴んでくる。
魔獣が苦しむ姿を見るのは、存外楽しい。
「おい、お前ら。何やってんだ?」
声のした方向に視線を向けると、そこには一人の冒険者がいた。
確か、今日最初に助けた冒険者だ。
あれ……僕……助けてたんだ。
「ここは危ないから逃げろ。魔獣が襲ってくるかもしれない」
「魔獣って、何言ってんだお前? 何でお前、エマちゃんを殺そうとしてんだ? それに、お前のその姿って一体……」
こいつ、何言ってるんだ?
魔獣は危険だぞ?
「いいから早くどこかに行け!!」
「は? え?」
声の気迫に押されたのか、冒険者はどこかに逃げて行った。
ああ、これで、こっちに集中できる。
「…………め…………さ…………」
軽く泡を吹いている。
ああ、これは…………いいな。
次第に僕の手を掴んでいた手が離れ、だらんと下に降ろされる。
目の焦点がどこに合っているのか分からないなった。
泡を吹く量も増え、体をビクビクと震わせている。
もうすぐ、こいつは死ぬかな?
このまま殺してしまおう。
そう思っていると、何かが近づいてくる音が聞こえてくる。
「アルッッ!!!!」
突然剣が飛んできて、思わず魔獣を掴んでいた手を離してしまう。
何が起こっている?
「アル!! お前、何をやってる!!!!」
目の前に立っているのは……確か……ソニアだ。
しっかり覚えている。
この声も何度も聴いた。
しかし、ソニアがこんなに声を荒らげているのは初めてだ。
「どうしたんだ、ソニア? 何かあったのか?」
「お前が何をしているんだ!! なぜエマを殺そうとしていた!!」
エマを殺す?
何を言っているんだ?
「何でソニアは魔獣を庇っているんだ?」
「は? 魔獣って……何を言って……?」
「ソニアも、敵なのか? 今まで一緒に暮らしてきたのに?」
ああ、最悪の気分だ。
まさかソニアに裏切られるとは思っていなかった。
ずっと……信頼していたのに。
「魔獣を庇うなら、ソニアが相手でも、殺すよ?」
「くっ、アル!!」
ソニアが剣を振るってくる。
自分の剣でそれを防ぐが、中々重い。
自分が剣を振るが、見事にかわされ、受け流される。
ああ、この剣が当たれば殺せるのに、当てられない。
魔法を放つが、簡単に避けられてしまう。
やっぱり相変わらず、ソニアは強い。
どんなに剣を振っても、魔法を打っても、何だか勝てる気がしない。
こんなに全身が気持ちよくて、万能感に溢れているのに、ソニアを殺せない。
今ならあのジャレッドとかいう獣人族でも、この国の誰でも、この世界の誰でも殺せる気がするのに…………ソニアは殺せない。
殺せる気がしない。
気付いたら、僕の剣が宙を舞っており、ソニアに剣を突き付けられていた。
「アル!! なぜ、なぜエマを殺そうとした!!」
「え? だって、あれはエマじゃなくて、魔獣で……」
「あれはエマだ!! ……もういい、そこから一歩も動かないで」
そう言ってソニアは魔獣の元に向かい、魔獣を抱きかかえる。
あれ?
あれは魔獣のはず……だよね?
でも、あんな姿の魔獣なんていたっけ?
なんていうか、人の形をしていて、周りより少しちっちゃくて、髪が緑色で、アホ毛があって。
あれ…………エマ?
思わず一歩だけ歩いてしまい、ソニアに睨まれてしまう。
「動かないでって言ったでしょ?」
「でも、彼女は……エマで……」
「ついてこないで」
そう言ってソニアがエマを連れてどこかに走っていってしまった。
あれ?
僕は一体、何をしていたんだ?
確か、魔獣を倒そうとしていたんだよな?
何で魔獣を倒そうとしてたんだっけ?
ん?
確か、住民を守るためで、それで……エマを守るためで。
でも、さっき倒れていたのはエマで。
え?
何でエマが倒れて?
あれ?
僕が殺そうとしてたんだっけ?
…………………………え?
「あ、あ、あ、あ、あ、」
僕の中で何かがぐちゃぐちゃになっていく。
僕は、一体、何を。
考えたくない、考えたくない、考えたくない考えたくない考えたくない。
ああ、でも僕の脳が、体が、心が、理性が、本能が、魂が、全てを理解してしまう。
僕は、エマを殺そうとしたんだ。
「ゔああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっっっっっ!!!!!!!!!!」




