第三十五話 魔獣の出現2
少女は叫び、逃げ惑う。
周りの大人は既に遠くに行ってしまっていた。
少女の後ろから何かが迫ってくる。
その姿は、巨大な狼だった。
「グルルルルル」
狼の魔獣がゆっくりと、よだれを垂らしながら近づいてくる。
獲物を確実に仕留めようとする目だ。
「何で、私が、こんなことに、」
少女の言葉を待たずに魔獣が襲いかかる。
「たっ助けて!!」
もうどうしようもないと思い、少女が目をつぶる。
しかし、少女の身には何も起こらなかった。
少女がゆっくりと目を開けると、そこには倒れ込んでいる魔獣と血に濡れた剣を持つ一人の青年がいた。
青年の金髪が月の光に照らされて淡く輝いている。
「君、大丈夫か?」
「あなたは……もしかして……」
「俺はルーカス・イリック。Sランク冒険者だ。さあ、すぐにこの場から去るといい。ここは危険だ」
「はい! 助けてくださりありがとうございます!」
そう言う少女の頬は僅かに赤く染まっていた。
少女は礼をするとすぐさまその場から離れていった。
ルーカスは王国首都の南地区を担当しており、見回りをしていたところだった。
「ルーカス様。お怪我はありませんか?」
ルーカスの元に四人の女冒険者が近づいてくる。
彼と同じ冒険者パーティーの仲間だ。
そのうち二人は長い棒のようなものを二人がかりで持っている。
「ああ、大丈夫だ。まだ近くに魔獣がいそうだ。早く探すぞ」
『はい!』
しばらく大通りを走るが、ルーカスと仲間以外の人がいる様子は無い。
このあたりの住民は大体避難したのだろう。
すると進んでいる先の方から大きな雄叫びのような声が響き渡る。
「あっちだ! 急ぐぞ!」
声のした方向にたどり着くと、そこには、ゴリラの姿をした巨大な魔獣がいた。
「グフフフフ」
魔獣が笑っているように見える。
その口元や手は赤く染まっており、確実に何人か人を殺しているのが分かった。
「こいつは手応えがありそうだな。お前達、いつものだ」
そう言うと、仲間である女冒険者のうち、長い棒のようなものを持った二人が近づいてくる。
その棒は剣だった。
ルーカスは二人の仲間が持つ長い鞘から剣を抜く。
剣の長さは三、四メートルはあるだろうか。
普通の冒険者が使うことの無い、明らかに異質な剣をルーカスは両手で構える。
「じゃあ、やろうか」
「ブオオオオォォ!!」
ゴリラのような魔獣が殴りかかってくる。
「ふんっ!!」
魔獣の拳は、ルーカスの長剣によって安々と切り落とされた。
「ブアアアアァァ!!」
「これだよ! 俺が求めてたのはこの感覚だ!!」
ルーカスは立て続けに攻撃を続ける。
ルーカスの持つ長剣は、しなるような動きを見せながら縦横無尽に走り回る。
ルーカスは元々、一対一の対人戦は得意ではない。
彼が得意なのは一対多の戦いであり、特に魔獣との戦いでは、本来の武器である長剣を使うことで、彼の強さの真価を発揮することができた。
ルーカスは何度も剣を振るう。
やがて体を傷だらけにした魔獣がドシンとその場に倒れ込んだ。
「ふう、こいつも大して強くなかったな」
「ルーカス様、お疲れ様です」
「ああ、ありがとう」
長剣を鞘に収めて仲間に持たせる。
今の仲間は四人とも女だが、ルーカスにとって仲間は誰でも良かった。
彼の使う武器は移動の邪魔になるため、いつしか仲間に持たせるようになった。
しかし、ルーカスは顔が良く、強かった。
そのため、気付いたら仲間が全員女になっていた。
そして、四人の女冒険者と常に行動を共にし……いつしかルーカスは女に溺れていた。
「さて……まだ魔獣はいるだろう。行くぞ」
『はい!』
そしてルーカス達は住民を守るべく、走って移動を始めた。
〜
ソニア視点
ズシャッと、魔獣の首が胴体からずり落ちる。
剣についた血を剣を振ることで払い、鞘に納める。
「あなた、早く逃げなさい」
「はい、ありがとうございます!」
そう言って男はどこかに走っていった。
魔獣が突然首都内に現れ、思ったより数も多い。
どうやってこの量の魔獣を集め、首都内に出現させたのだろう。
相当時間がかかるはずだ。
途中で別れたエマのことも少し心配だが、アルに任せれば問題ないだろう。
人々は逃げ惑い、魔獣が暴れ回っている。
この騒動は恐らくブラックヘルの仕業だ。
そして、これらは何らかの計画の一つで、他に何か目的がある可能性もありそうだ。
今の状況を把握したい。
とりあえず高台に向かおう。
近くの建物で一番高い建物にたどり着く。
周囲の住民はほとんど避難しており、人がいる様子は無い。
建物の最上階にたどり着き、すぐさま周りを見渡した。
「これは……」
そこには、魔獣が破壊したであろう建物や、火で燃え上がる建物が見える。
しかし、遠くには明らかに被害を受けていない場所があった。
「北地区の方向か」
今私がいる場所は王国首都内の西地区だ。
周りの様子を見るに、南地区と西地区に魔獣が発生している。
中央に王城があるため、東地区はほぼ見えないが、この魔獣の出現場所は意図的なものを感じる。
考えられるとすれば……南地区と西地区は囮で、本命は北地区あたりと言ったところだろうか。
ブラックヘルの目的を阻止するなら北地区に向かうべきかもしれない。
もちろん、これは私の憶測であり、ただ被害を出して王国の戦力を削ぐために魔獣を放った可能性もあるが。
「……決めた」
今も魔獣の被害は続いている。
それなら、ブラックヘルの目的を阻止するより、目の前の人々を救うことを優先しよう。




