その5
訓練が終わり選抜された搭乗員として6機のヘリコプターが衣ヶ原飛行場を離陸した。
飛行場の周りを一周する間に次々と並び始める。
朝日を浴びて編隊を組んで飛行する。
雁行飛行だ前を進む僚機の後方に機上操作員が一名ぶら下っているのが見える。
紅白の旗を振り始めた…。
「ハ・シ・ゴ…。ノ・ボ・レ…。3・0《レイ》・0・オワリ。」
副操縦士が旗を読む。
自分も確認したので…。
思わず機体を揺らしたくなるのを我慢する。
「ヨウソロー。」
一番機が上昇はじめるのに合わせ、高度を300mに上げる。
『全機揃いました!』
後方の機乗員の声が籠って聞こえる。
叫ぶのは、この機体付きの整備兵だ…。
猿の腰掛の様な頼りない椅子に縛られている。
すべてぶら下がっているのだ。
ヘリコプターという飛行機の操縦には馴れたが…。
感覚的にはイマイチ慣れない。
理由は簡単だ。
飛行機は空気を切り裂き、羽で揚力を発生させる。
それは全ての原理だ。
固定翼機は空気の流れを前に進む事により主翼に揚力を与えている。
その為の推進力だ。
全ては主翼に揚力を発生させる為に空気を後方に押し出す…。
つまり、機体を前進させるの為の回転なのだ。
回転翼機は違う。
回転する主翼は直上にあり。
動力に繋がった回転主翼が揚力を発生させる。
つまり、主翼回転中心点が揚力の力点なのだ…。
コレを腕が理解するまで時間が掛かった。
固定翼機乗りは機体重心と主翼重心が吊り合った場合に安定する…。
つまり、回転する主翼揚力の中心は動かない、主軸一点の下に機体重量が全てぶら下がっている状態なのだ。
機体はしなる竹竿の下で釣り上げられた鯉の様な者なのだ。
無論、主翼は空中で回転しているので動力に反作用は発生する。
その為に、機体後尾に反転羽が付いている。
離陸の為に行われる点検は全て機体バランスの同調の為と言っても差支えがない…。
発動機に何も期待しない…。
いや、一定出力を期待している。
この飛行特性を理解するまで随分と苦労した。
妙な話だが…。
一度飛び立てば発動機回転数を操作する事は全くない。
飛行中に燃調と空気量操作を意識しないのは驚きだった。
高度が上がれば操作が必要だが1000m以上の話だ。
全ての発動機計器は一定で…。
アクセルすら固定で機体の上昇操縦は回転主翼の角度とテールローターの整合。
空中停止も前進、後進も主回転翼と後部補助翼の総合的な羽角度で操縦できる。
足元に東海道線が見えてくる…。
我々は文字通り空に浮いている。
強い風が飛行帽子を叩く。
絹のマフラーと飛行眼鏡が必須だ。
紅白の旗が動く。
「カクキ フチョウハ アリヤ」
「ないな?」
副操縦士が尋ねる。
「ああ、順調だ。返答頼む。」
旗で『異常なし』を返信する副操縦士。
乗る割番で正副が決まる。
大津の滋賀分遣隊の基地で交代することになっている。(三重航空隊)
「ゼンキ イジョウ ナシ ヲ カクニン ワレニツヅケ」
「了解。」
東海道線を越える。
前方その先は煌めいて見える、海だ。
「東海道線を進まないのだな?」
事前の飛行計画では陸路を進むか一気に西に進路を取って…。
「ガスが出ている…。御在所の山頂が見えん。無理だな。」
陸路を進んで東海道線沿いに関ケ原を越える。
もしくは、洋上を越え、揖斐川を河口から遡上するか、一気に1250mまで上昇して鈴鹿山脈を越えるか決める予定だった。
「そうか…。」
何時、海の上に出るのか?は我々の関心ごとでもある。
「名古屋港なら着水しても泳いで陸に上がれるな。」
「そうだな…。」
この機体にはふこう装置が付いていない。
着水したら海に飛び込み、操縦者は深く潜って機体から離れる手順だ。(メインローターに巻き込まれないため。)
”機体と一緒に沈んで主翼回転が止まったら浮かび上がればいいさ。(恐らく海軍のパイロットは救命胴衣を装着しているので身体が浮き上がって主翼に接触します)
など笑っていた…。
あっという間に海の上だ。
『左舷に漁船多数、見える!』
後方の機乗員の声。
驚いた顔で漁船の主が見上げている。
「そうだな!手を振ってやれ!!」
この機体のトラス構造を構成するのがガスパイプなので…。
操縦席と荷室の天井には伝声管が付いている。(市販の漏斗)
今更、伝声管とは何の冗談か?と初めは思ったが。
ヘリコプターのローターが発生する風切り音と風速の嵐の中。
怒鳴ればパイプ内を音声が通過して意思疎通ができる。(初めはゴムホースと漏斗が付いてた。)
悪くない装置だ。(´・ω・`)只野パイプです…。(糸電話よりマシ。)
「日の丸付けているから墜落したら拾ってもらえるからな。」
副操縦士の言葉に苦笑しながら海の上を飛ぶ。
唯一の装甲ともいえる日の丸看板が側面についている。
何せ之が無いと機体に所属を表示する広さが全くないのだ。
垂直尾翼に描く日の丸では小さすぎる。
指摘したところ、技師の方が真面目な顔をして”キャンバス生地が良いですか?杉の板ではどうでしょうか?”と聞いてきた。
重量増加が嫌な様子だ。
両方試したが、木の板を付けると”直進安定性が良い”と言う事が判り”直進時に常時右方向に舵が向く”特性を左右の杉板の角度を変える事により改善された。
操縦桿から手が離せない状態から直進中でも操縦桿の交代に気を使うことも無くなった。
凪いだ海面を進む編隊。
何かのブイの上空を過ぎ去る…。
陸が見え始めると…。
先導機がゆっくり旋回始めた。
周囲を監視する副操縦士が叫ぶ。
「名古屋港を越えた!おそらく愛知と三重の県境。」
操縦者は機体の制御に専念して副操縦士が航法と周囲の警戒を行うことになっている。
先導機につぶやく。
「間違えて違う川に遡上するなよ。」
「シャケじゃあないんだから…。」
ボヤキに答える副操縦士
「まあ…どちらでも東海道線で目的地には行ける。」
広い川幅を進むと。
川は砂州で二つに分かれ円形のトラスが幾つも繋がる橋にが見える。
「尾張大橋…。じゃあないな。おそらく伊勢大橋。」
副操縦士が地図帳を見て現在地を確認する。
「東海道か?」
「ああ、そうだ、数年前に出来たばかりの橋だ。」d(´・ω・`)b現在架け替え工事中。
簡単に橋上空を通過する。
『現在地、千本松原上空!!』
パイプが叫ぶ。
「岐阜に入ったな…。」
またもや先導機が紅白の旗を振り始めた…。
「ハ・シ・ゴ…。ノ・ボ・レ…。6・0《レイ》・0・オワリ。」
叫ぶ副操縦士。
先導機に続き高度を上げる。
「ヨウソロー。」
一番機が上昇はじめたのに合わせ、高度を600mまで上げる。
発動機は快調だ。
『全機揃いました!』
直ぐにパイプが伝える。
「不破の関を越えるのか?」
周囲の地形を確認する。
「だな…。」
見える左舷の山頂部分に雲が掛かっている。
高度1000m態度だ。
それ以外は青空で視界も悪くない
揖斐川に沿って飛ぶ。
上空から見ると川が蛇行しているのが判る。
11時方向に飛行していた先導機が。
12時に変わる。
揖斐川から離れたが…。
直ぐに線路と並走することになる。
後ろ向きに旗を持った乗員が下を向き、首を動かしているのが見て取れる。
「東海道線を探しているのか?」
疑問を口にする副操縦士。
周囲を監視している。
「大垣城を目標にするほうが良いのではないか?」
軽口を叩く。
「もう少し低空で飛ばないと目立たないぞ。」
「そうだな…おっ!2時方向に機関車の煙を発見!」
遠くに御嶽山が見える…。
東の空は非常に良い天気だ。
「ツ・ヅ・ケ!オワリ」
一番機で紅白の旗が振られる。
編隊を組んだまま旋回飛行。
目の前に伊吹山と…。
関ケ原に入る広い谷だ。
『真下に複線鉄道!東海道線です。』
後方の搭乗員が叫ぶ。
「ここら辺に成ると見覚えが在るな…。」
「航空灯台のある山だ。」
最近は灯火統制のため停止しているらしい。
よく通った空路だ。
そのまま谷を縫って低い山を飛び越え…。
目の前に広がる平坦な青黒い面…。
「琵琶湖だな。」
何せ遅いので…。
練習機の頃を思い出す。
「ああ、大津分隊の飛行場は…。」
地図帳を見る副操縦士
「大津に飛行場があるのか?」
聞いた事が無いので尋ねる。
「元は水上機駐機場の横に予科練の飛行場を建設中だ。」
「まあ、こいつなら何処にでも着陸できるからな。」
着水は出来ないが、水上機駐機場に直接着陸できるだろう。
湖面上を進路を変え南進すると…。
突き出た半島の先に兵舎が見える。
いきなり先導機が大きく旋回し始めた。
距離と高度を合わせながら続く。
着陸地点を探しているのだろう。
ココは昼飯と燃料給油の為の中継点だ。
飛行場は未だ建設中らしく、先導機は兵舎らしき建物の横に着陸地点を定めた様子だ。
降下する僚機に続き着陸する。
慎重に地面との距離と回転羽の角度を合わせる。
スロットルはそのままで…。
水平、垂直、後部尾床板。
釣り合いを見ながら大地に機体が接地した。
クラッチを切り、発動機の回転数。
アクセルを初めて操作する。
エンジンカットだ。
未だ惰性で回転する主翼。
徐々に回転が止まる。
全機が無事に着陸した。
「よーし、飯と給油だ。」
隣に話しかける。
「そうだな。」
座席の腰ベルトと格闘している。
初めはトラックのベルトだったので。
”頼りないから何とかしてくれ。せめて肩ベルトは欲しい。”
と言った。
頑丈な物に成ったが手袋をしていると外し辛い物になってしまった。
「点検に入ります。」
後席の搭乗員が叫ぶ、伝声管のこもった声でない肉声だ。
「ああ、頼んだぞ。」
先に機外に降り立つと…。
「あの…。少尉殿!よろしいでしょうか!!」
土と汗に汚れた白い作業服姿の少年達がいた。
「何だ!」
「滋賀分遣隊、予科練第13期生AS甲飛であります!!」
見たまま飛行学生だ。
未だ若い尋常小学校を出た程度だろう。
故郷の弟妹を思い出す。
「なんだ!何か用か?」
「はい、質問です、この航空機は何でしょうか?」
「この航空機は回転翌機、ヘリコプターだ。」
「え?」「ヘリコプター?」「オートジャイロじゃなくて?」
並ぶ学生がざわ…。ざわ…。する。
周囲には他の兵が集まってくる。
基地の将校と話す隊長が叫ぶ。
「おい!ココは駐機場でなく学校のほうらしい!!」
「え?また動かすんですか!」
「発動機止めてしまったぞ!!」
「プラグとオイルの点検初めてダメっすか?」
面倒な事に成っている、整備拠点があるのは松林の向こうだ。
無論、そんなに重整備を行う訳ではない…。
不調の機体もない、搭載工具で十分対応できる。
「回転翼機は着陸場所を事前に指定して貰わないと空から解らん。」
「燃料とオイルの補給だけだ、缶で持ってこれないのか?」
「人手が要る。」
海軍の退役少佐で…。
ステッキを付いたカイゼル髭の年配の士官が来た。
敬礼する学生達。
「此処まで油缶を運ぶのも大変だろう。うちの学生を使ってくれ。その代り…。学生達にこの飛行機の事を色々教えてやってはくれないか?」
面白そうに微笑む…。
たぶん七つボタンの校長だ。
こちらが勝手に校庭に着陸したのだ。
謝罪してとっとと飛び立つべきだが…。
面倒な仕事だが仕方がない。
自分で油缶を転がすよりコイツ等ヒヨコの世話をした方が楽だ。
飛行隊長役の先導機搭乗員が返礼で返す。
「ありがとうございます。学生諸君のお力をお借りします。」
返礼に歓声。
喜ぶ学生達…。
飛行隊員同士が目で会話する。
こりゃあ、早まったな。
ああ。面倒ごとだ。
ヘリコプターの点検、給油。
昼食を食べ終え…。
ヒヨコの様に付きまとう学生達の質問にへとへとだったが。
空に上がってしまえばそんな地上の苦労も忘れる。
校庭で帽子を振る学生達を、編隊を組み。
大きく旋回しながら学校周りを一周して別れた。
次の給油地点までは二時間の飛行だ。
最終目的は下関の門司港で母船。
大鷹と合流するのだ。
(´・ω・`)調べる時間がないので話がふわっとします。