その4
昭和19年梅雨の足音が近くなると衣ヶ原飛行場には岐阜から少年飛行兵や整備学校から来た学生さん達で騒がしくなり…。
いまいち足が向きにくく成った。
生産は順調だと聞いている。
最近は忙しさも相まって中央紡績の方に椅子を置いているからだ。
朝、中部日本新聞を社長室で広げる…。
名古屋鉄道に女性車掌の初の誕生と…。
今年の大相撲夏場所は後楽園球場で。(国技館が風船爆弾の製造工場に成ったため。)
陸軍さんが大陸で連日の大勝利…。(大陸打通作戦開始)
一進一退だがさすが天下の帝国軍だ。
まだまだ日本は大丈夫だ。(ソースは大本営発表!)
新聞を読み進めると…。
電話が鳴ったので受話器を取る。
『交換課ですが東会飛行機のMM氏より外線が入っています。社長。お繋ぎしてもよろしいでしょうか?』
内線電話の交換令嬢だ。
「うーん、繋いでくれ。」
MM君からだと思わず身構えてしまう。
『衣ヶ原飛行場のMMです。』
「おお、MM君、何か在ったかい?」
理由は彼の言う”大丈夫”は”大問題”の場合が多い。
『海軍さん向けのヘリコプターの初納品日が早く成りました。』
驚く。
早速だ。
「ええ!なんだって又。」
花と横断幕は用意させいるが間に合うのか?
『もう海軍の搭乗員の人が来て飛行訓練に入ってますよね?』
「それは聞いてる。」
『その人の話で、言っちゃあダメらしいんですが。乗せる空母への訓練時間が必要なんだそうです。出航日に間に合う様に。』
そりゃあ、そうだろ。
出撃出航日なんて軍機の基本だ。
「そうかね…。僕も(海軍への初納品)立会いたかったんだけど…。」
あきらめが声に混じる。
向こうが言っちゃあダメなら此方が何て言っても覆ら無い。
『そうなんです…。兵装は向こうで付けるそうなので…。今、飛行試験と訓練してる機体、6機を先に納品してほしいそうです。残りは期日通で。』
「そりゃあ…。」
『その日には向こうのお偉いさんも来るそうです。先行して今、飛ぶ機体を納品してほしいそうです。と言うか訓練終わり次第、そのまま飛んで行く気ですね。』
「随分と乱暴だね。」
『はい…。向こうも解っている様子です、。』
官公庁に初納品の時は式典をやるのが普通だ…。
「よかった。初納品の準備は進めておくよ。」
『申し訳ございません社長。』
「いいよ、いいよ。一応、工場の皆で帽子振って送り出してね。あと写真撮って後で見せて。」
『はい、わかりました。』
電話を置く…。
陸軍さんも海軍さんも我が社のヘリコプターの性能を買って貰っている。
ソレは嬉しい事だ…。
だけど、何故?
「衣ヶ原飛行場に変わった飛行機がある、乗りこなせ。」
陸上で機種変更の命令を受け…。
いや、乗艦が損傷して陸に上がった我々艦上機乗りは修理完了まで妙なことばかりだ。
腕がなまるのを心配してくれるのは解る。
急な飛行機の輸送任務だったと思えば。
飛行場で初めて見る機体を見せて”乗ってみろ。”と言われたり。
更に、乗艦が海上護衛艦隊司令部付きに変わってから変な命令は多かった。
命令を受けた時の印象は”変わった飛行機”より”聞いた事がない名前の飛行場だな”の方が記憶に残った。
飛行機乗り10数名が汽車に乗り向かった先は珍しい民間の飛行場だった。
畑と河原の境目も判らない端に数百m程度の小型機専用飛行場だ。
そりゃ記憶にもない。
案内された格納庫で受領した新型機は…。
いや、初めて機体を見た我々は…。
”回転翼機とはこんな形なのか…。”と、感慨深い思いだった。(間違い)
初期教育で教本の挿絵だけで見た機体だ、飛ぶ理由は判っている心算だが。
今までの我々が知る飛行機とは全く違うものだった。
会社の方や陸軍の少年飛行兵達に混じっての習熟訓練だ。
先方の技官の方は良く解っている方で。
質問や飛行特性のクセに付いて技術的に答えてくれた。
なるほど…。聞いていた、判っていたが固定翼機との操縦法が全然違う。
聞けば陸軍の少年飛行兵達は初めての飛行機がヘリコプターらしい。
確かに飛行機乗りでは難しいだろう。
特に”飛行中に発動機は操作しない。”と言うのが慣れない。
停止するのが基本で前進するのに機首が下を向く。
下方視界が非常に良いので本当に飛んでいるような錯覚を覚える。
空中停止中に足で機首方向変換が出来るのは気に入った。
着陸は難しい。
いや、機体を安定化させるのが難しい。
同僚は何度やっても出来ない。
時々機体が急降下する。
コレは肝を冷やす。
離陸する為の手順が多い。
原因は不明だ、だが…。
こんな物だと思うように熟す。
それでも危なげに離着陸ができるようになると…。
近くの河川に浮かべた艀に着陸訓練を行った。(明治用水旧堰堤)
これは怖かった。
上空から見ると本当に小さな艀だ。
三回ほどやり直したが…。
初めて艀に着艦した時はシャツの背中が汗で張り付いていた。
「いやー流石、海軍さん本当に出来るとは思いませんでした。」
吊り下げられた座席で笑顔の技官に苦笑で返して。
その場では言葉を返す事ができなかった。
コレは怖い。
その後、数回着艦して判ったのが。
「船の水平が良く解らんので計器があてに成らん。」
乗艦の空母は小さい。
もっと揺れるはずだ。
「なるほど…。」
技官は直ぐに艀に竹竿を付けた。
”簪”と皆は言ったが物干し竿だ。
赤と白の布が広げてある。
着陸場の水平が視覚的に判るので着艦が途端に楽になった。
フロート付きヘリコプターの試験も行った。
着水、離水は非常に簡単だ。
陸上では風が無いからの話で、潮風の強い海では着水できないだろう。
発動機が機体下に在る為に塩水が掛かる構造なので多分使えない。
技官も作ってみた程度の試作品なのだろう。
だが、エンジンストップの不時着訓練を之でやった。
飛行中に発動機不調を想定して、クラッチを切り、動力無しの自由降下で池の上に着水する。
技官殿が常々言う「ヘリコプターは墜落しない。」と言うのは本当だった。
但し機体バランスを動力無しで維持するのと一回しかチャンスが無いのは困った。
僚機がコマのように旋回しながら着水するのを見た。
墜落の様子だが乗員のケガは大したことがなく。
機体の破損は軽微で技官が直ぐに修理してしまった。
漏れた油の処理で近隣の農家から苦情が来て不時着訓練はできなくなってしまった。(農業用ため池立った為)
なるほど、ヘリコプターは墜落しないのだ…。
(´・ω・`)…。(します。)