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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

吸血鬼向けレストラン

作者: 天地×

街灯が立ち並び、多くの人が行きかう大通り。そこから2本外れた脇道に一人の男が佇んでいる。仄かな明かりに照らされた一軒の店に入るかどうか逡巡しているようであった。


「吸血鬼向けレストラン、ブラッディ・ディッシュか」


男は目の前の看板に書かれた内容を読み上げる。どこか薄気味悪ささえ感じさせる薄暗さも相まってホラー映画に出てくる洋館を思わせるが、看板を信じるならばレストランであるらしい。

”皆様をご歓迎します”という客を招く言葉が記されていることからもそれが分る。


「どうしたものかなぁ……。ここって所謂コンセプトレストランだよな」


味は大したことないうえに値段は高いんだよな……などと喧嘩を売るようなことをぼやきながら男は悩む。腹は減っているがまずいものを食べたくはない。しかし、そんな葛藤も腹の音によって終わりを告げた。


「たまにはこういう店もいいか」


自身を納得させるかのように呟いてから彼は店を開いた。チリン、という音ともに青白い光とかすかな鉄に似た香りが彼を迎える。


(これは、血の匂い?本格的だな)


そんなことを考えつつまず目につくのは店主と思われる男で、青白い光に照らされながらグラスを吹いている。


「いらっしゃい」


店主と目が合うと短く歓迎の言葉を投げかけられた。少なくとも歓迎されていることに安堵し、男は店主のいる厨房にほど近い4人掛けの席に腰を下ろす。そうしてメニューを探して店内を見渡す。


「っ!!」


その瞬間、男は目を奪われた。漆黒のドレス風の装いの女性が男の斜向かいに座っている。病的なほどに白い肌であるが、それを補って余りある美貌。むしろその美貌を支えるためにはこれほど白い肌でなければいけなかったのだろうと納得してしまう。そんな妖艶な美しさをもった存在に男の目は釘付けにされていた。


「あら」


鈴が転がるような声が店内に響く。視線に気が付いた女性が怪しく微笑みながら声を発したのだと男は気が付き、慌てて目をそらすが手遅れだった。


「どうしたのかしら坊や。私が気になるの?」


「い、いえ、申し訳ない。メニューを探していて」


我ながら見え透いた言い訳だと思いつつも男は弁明した。女性はそんな男の様子をおかしそうに見つめる。


「遅くなって申し訳ない。こちらがメニューです」


男の居心地が悪くなってきたところで天の助けならぬ店主の助けが入った。凝った装丁が施されたメニュー表であり、まるで古い本のようである。


「ああ、ありがとうございます」


助かったと思いながら男はメニューに目を落とす。が、その直後に目を見開く。


(ブルートヴルスト、ミキュロッカ、ブラックプティング。どれも血を使った料理じゃないか。コンセプトレストランにしても凝りすぎじゃないか?もしかして、いや、まさか…)


男は頭を振って一瞬よぎった考えを追い出す。きっとこの店の店主はものすごい凝り性なのだろうと決めつけ、メニューに集中する。


(どうせなら食べたことないのがいいな。お、これとかよさそう)


「すいません、このティエット・カンっていうのをお願いします」


「ティエット・カンですね。こちらアルコールと合わせるのがおすすめなのですが、何か飲まれますか?」


「アルコールか……。うーん」


メニューをパラパラとめくりつつも、やはり赤ワインかと男は考える。一方でそれではつまらないだろうという想いもあるようでなかなか決められない。


「おすすめありますか?」


結局、遊び心が勝ったのかおすすめを訪ねる男。そんな男に対して、店主は少し悩むそぶりをして答えた。


「そうですね。せっかくですからブラッディ・シーザーなどはいかがでしょうか?」


「えっ」


「フフッ」


店主の回答に男は思わず驚いた。そしてそんな男の反応をみて女性を小さく笑い声を上げた。男があわてて女性に目をやると、女性はごめんなさいねと謝る。


「マスターお得意のジョークが出たものだから。ここのマスターは顔に見合わずユーモアがあってね。大丈夫よ、私も試したけれど意外とおいしいから」


赤ワインの入ったグラスをゆったりと揺らしながら女性は男に勧める。静かな声であるものの有無を言わさないような妖しい気迫のようなものがあり、男はあり得るはずもない体の震えを感じた。


「そ、そうですか。それじゃあ、それでお願いします」


「承知しました」


女性の気迫に呑まれて店主の勧めるがままに注文すると、店主は一度うなずいて厨房へ戻った。男はその後も女性の視線が自身から外れていないことを感じ取り、できる限り女性の方を見ないようにテーブルへ目を落とす。そうして注文したものを待つが頭の中はある考えでいっぱいであった。


(やっぱりどう考えても本物の……。しかしそんなことあるわけ……。)


最終的にはやはり気のせいだろうと結論付けて気を引き締めるために顔を上げる。が、その瞬間女性と目が合ってしまう。


「緊張してるのかしら?」


クスリと笑いながらの女性の問いかけに男はひるむ。もし本物だとすれば緊張どころの騒ぎではないのだが……。

ここで真実を明かそう。残念ながら導き出された結論は誤りである。この店には現在、一人の人間と二人?の吸血鬼が存在している。しかしその事実を知る者は今はいない。


「そう緊張しなくても大丈夫よ。ここの料理もお酒もおいしいわ。私も満足しているもの」


そう囁いて優雅に微笑を浮かべる女性。とても美しく絵画にでもなりそうな姿であるが、男はゴクリと喉を鳴らすことしかできない。そんな男の様子を見てさらに笑みを深くする女性。第3者が見れば蛇に睨まれた蛙という言葉が脳裏をよぎるようなそんな状況がしばらく続いた。


「お待たせしました。こちらがティエット・カンとブラッディ・シーザーとなります」


そんな静寂と女性の視線を遮るかのように店主は食事と酒を男の前に置いた。思わずホッと息をつく男と優しいわねぇとつぶやく女性。運ばれてきたばかりの真っ赤な血のスープ料理とトマトジュースで作られたカクテルが男にとっては天の助けそのものだった。


「それではごゆっくり」


店主がそう言い残して去った後、男はスプーンを手に取る。スプーンでスープをすくうと、プルンとしたゼリーような触感が返ってくる。


「おおっ」


とろりとしたスープを想像していた男はその触感に驚きの声を上げ、その開いた口へスープを流し込む。その瞬間、塩味がかすかに効いた酸味のある濃厚なスープの味と鉄のかおりが口の中いっぱいに広がった。


(これは、うまい!)


久しく食べていなかったおいしい食事に先ほどまでの緊張を忘れて没頭する。スープ単体もおいしいが、一緒に乗っているレア風に焼かれた肉がさらに食欲を掻き立てる。スプーンを持つ手が止まらない。


「おいしいでしょう?本当にこのお店の料理は素晴らしいわ」


女性の言葉に男は内心うなずいた。これほどおいしい料理は人生で食べたことがなかったかもしれないと真剣に考えていた。


「そう言ってもらえると嬉しいですね。お客さんにも気に入ってもらえたようでよかったです」


女性の言葉と男の食べっぷりから店主が安心したように声を出す。それに対して女性はうなずきつつもわずかに不満げな顔をのぞかせた。


「ええ、本当においしいわ。このお店に対する不満は一つだけよ、マスター。この世で最もおいしい生き物の血が置いてないことね」


女性のその言葉に一心不乱に料理を口に運んでいた男の動きがピタリと止まる。そして様子をうかがうかのように女性と店主のやり取りに耳を澄ませる。


「そう言われましても……」


「ええ、分かっているわ。人間たちは排他的なうえに最近は武力まで持っているものね。昔はよかったのに、今じゃなかなか飲めないもの。魔女狩りが活発化したあたりから風当たりが強くなってきたのよね…」


困ったものだわ…とつぶやく女性に対して戦慄する男。


(やはり、やはり本物か!!)


衝撃を受けつつも心の中で”だが"とつぶやく。


(これほどおいしければ本物が来ていても納得だな)


男は伝説上の存在を目にしてもなお、納得できるほどの感動を料理に覚えていた。味付けも火入れも絶妙であり素材の味を100%以上に引き出している。これほどの料理があっては本物が来ない方がおかしいと。


「今では同族たちも人間社会に紛れて生活する日々。なかなか血も飲めないから弱っていく一方だわ。だからこそ」


女性はグラスを置き店主をじっと見つめて微笑む。同じ微笑でも男に対してのどこか揶揄いの混ざったものではなく、傍で見ているだけの男が思わず見惚れてしまうほどの微笑を。


「マスターのような剛毅な吸血鬼がいてくれて助かったわ。人間にギリギリ誤魔化しがきく範囲で血を提供するなんて考えたこともなかった」


「それほどのことでもありませんよ」


そんな魅力的な笑顔を受け流すかのように店主は淡々と答えた。その答えに女性はわずかに不満げな顔をしつつも”あなたらしいわ”と零した。


(自分は今とんでもなくレアな光景を見ているのでは……?)


「あら、何かしら?」


「な、なんでもありません」


失礼なことを考えてしまった男はなぜ目の前の女性が伝説上の存在であるかをたった一言で思い知らされることになった。

そこからは大急ぎで(ただし堪能しつつ)食事を終え、「またのご来店をお待ちしております」という店主の言葉を背に、男は店を出た。


「吸血鬼向けレストラン、ブラッディ・ディッシュか」


扉が閉まってから振り返り、入店時と同様に看板を読み上げる。しかし入店時と違い今度は迷いはない。怖い思いは確かにした。それでもあの味を楽しめるならもう一度来よう。そう決意して店に背を向ける。


(しかしコンセプトレストランかと思ったら、本当に吸血鬼向けの店だったとは……。しかも()()()()()()がいらっしゃるなんて)


男の服の下で隠れている背中の羽(吸血鬼の証)がうずく。近年産まれた吸血鬼にとっては伝説ともいえる存在を思い出して、いまさらながら興奮しているのだろう。あの圧倒的なオーラに恐怖を覚えたとしても、それでも敬愛してしまうのが吸血鬼の性なのだ。


(おっと、まずい。人間社会に戻るんだから落ち着かなければ)


羽を落ち着かせて心地より暗がりから大通りへと向かう。また来るためにしっかりと人間社会に溶け込んで金を稼ごうと決意しながら。そうやって一歩踏み出してふと店主のことが脳裏によぎる。


(しかし吸血鬼にトマト味の飲み物を勧めるとは。剛毅というかなんというか。きっとあの店主も名のある吸血鬼なんだろうな。今度訪れた際にはぜひお話を聞かせていただきたいものだ)


************


見かけないお客様と見慣れた厄介なお客様が退店した店内で店主はテーブルに突っ伏していた。


「ふー、今日も無事に終わった。あのお嬢さん(吸血鬼)が男性のお客さんに興味を示したときは生きた心地がしなかったけど、無事に帰ってくれてよかった。あの男性も吸血鬼の話とかを聞き流してくれて助かった。コンセプトの一環だと思ってくれたのかな?」


ほとんど日課となった1日が無事に終わったことへの感謝を込めた独り言を吐き出す。()()()()()()()()()()として始めた自身の店に本物の吸血鬼が現れたとき、店主は心底仰天したものだ。まさか本当に存在していたのかと。運よく自身のことを吸血鬼と勘違いしてくれたと気が付いた時、店主は柄にもなく神に感謝した。そして心に決めたのだ。必ず人間とばれずに営業を続けようと。


ここはブラッディ・ディッシュ。凝り性の店主が流行に乗っかり本格的なコンセプトレストランとして開店した吸血鬼のたまり場だ。


男性客が真祖のお嬢様だと気が付くまでの間違った認識

男性客→自分一人が吸血鬼で他二人は人間

真祖のお嬢様→三人全員が吸血鬼

店主→自分と男性客の二人が人間、お嬢さんが吸血鬼


後日店主だけが真実(人間一人、吸血鬼二人)にたどり着くことになります。

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