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親父殿の棺桶にタバコ入れたらボヤになりかけた話

 親父殿の凶報は突然だった。


 朝、いつものように会社に行こうとすると実家から電話が入った。

 平日の朝に電話なんて珍しいと思いながら電話に出ると、母からの親父殿の急逝を知らせるものだった。

 一度、心臓を悪くしていたので長くないと聞いていたので、ある程度覚悟はしていたが、やはりショックはショックだった。


 慌てて俺は実家に帰省し、その日のうちにあわただしく通夜がとりおこなわれた。


 うちの地元は田舎なので、通夜ぶるまいで宴席がもうけられる。


 母はもちろん、姉も参列者への挨拶や配膳やらで忙しい。


 俺も息子として、酒の席で親戚のおっちゃん達に酒をついでまわったりしていたが、いい歳して独身の俺は、やれ早く身を固めろだの、お袋さんを安心させてやれだの散々言われて、辟易していた。


 こういう親戚の集まりでいたたまれない時は、以前は甥っ子姪っ子と一緒に遊んでやり過ごしたりしていたが、甥も姪ももう小学生で、持参したゲームに夢中なので、叔父さんをかまってなんてくれない。


 静かな場所を求めると、奇しくも親父が眠る仏間にたどり着く。

 焼香の番をするという名目で、棺に収まった親父殿の隣に腰を下ろす。


 親父殿と二人きりなんて久しぶりだが、これが最後の機会と思うと感慨深い。


 ふと、この状況にまるで既視感のようなものを覚えた。

 親の葬式なんて初めてなのだから既視感なんてあるわけないのだが、ひとつの記憶に思い当たる。



――【回想はじめ】―――――――――――――――――――――――



 あれは、俺が小学生になる前の時、俺の父方の祖父、つまりは親父殿の父親の葬式の時だ。


 未就学児にとって、葬式というのは長く退屈なものだ。

 寺の坊さんがお経をあげるのが終わった後にも、なにやら大人たちは準備で忙しそうで、こちらに構ってなどくれない。


 俺はその辺をウロチョロしていて、祖父が安置された仏間に来ていた。


 他に誰もいないかと思ったが、親父殿がいた。

 俺はなんとなく、親父殿には声をかけずに、柱の陰からのぞきこんでいた。



 「けほけほっ。親父殿、最後までこんなキツイ煙草吸ってたのかよ」


 親父殿は仏間でタバコを吸ってむせっていた。

 どうやら、仏壇前に供えられた煙草を拝借していたようだ。


 『親父殿』というのは、祖父のことだろうか?

  俺の前だと『おじいちゃん』と呼んでいたが


 「孫がランドセル背負う頃までは生きてて欲しかったんだがな。酒に煙草に好き勝手しすぎだ」


 祖父の亡骸に向けて親父殿は、返答が返ってくるはずもない会話をしている。


 「戦争も生き残れたし、その後の人生も自由に生きたんだ、孫が抱けただけで万々歳だって自分で言ってたから悔いは無いのかもしれないけどな…………」


 親父殿は煙草をくゆらせ、フゥーっと口から煙を吐き出す。

 ポウッと煙草の先が赤く火が灯る。


 「じゃあな、親父殿。俺にとっては、かっこいい親父だったよ。たばこ一本ごちそうさん」


 そう言って灰皿に吸っていた煙草をこすりつけると、親父殿は祖父の棺桶に残りの煙草を入れた。




――【回想おわり】―――――――――――――――――――――――



 か、かっこいい!!!


 なんだあのハードボイルドな親父殿は!?

 いつもと全然違うぞ!!


 何で、あの記憶を今の今まで忘れていたんだ俺!!


 しかし、まさに親父殿の亡くなった日に思い出したというのは、まさしく天啓と言えよう。


 こうしちゃいられない。俺も是非とも、親父殿と同じことがしたい!!


 俺は何よりも重要なアイテム、煙草がないか仏間を見渡したが、お供え物には煙草なんて一つもなかった。


 愛煙家には、周りの目も経済的にも厳しい昨今。

 親父殿もずいぶん前に禁煙に成功していたので、供える人もいなかったのだろう。


 俺はこっそり玄関から抜け出し、近くのコンビニに走った。

 

 俺も煙草は一切吸わないので、何にすれば良いか分からなかったが、昔、親父が吸っていたと思しき銘柄の名残があるパッケージのものをチョイスした。


 仏間に戻り、準備は万端だ。

 しかし、ここで問題が起きた。


 喫煙者ではない俺はライターを持っていない!!

 先ほどのコンビニで煙草と一緒に買えばよかった!!


 しかし、ここは仏間

 幸いにも蝋燭や線香に火をつけるためのチャッカマンがある。


 たばこを口にくわえてチャッカマンで火をつける様は、ハードボイルドには程遠い姿であったが、まだセーフのはずだ。


 俺はよりハードボイルドさを演出すべく、喪服のネクタイを緩める。


 なんかヨレっとしてた方がハードボイルドっぽいだろ?

 こんなことならアゴに無精ひげも生やしておけばよかった。


 さぁ、俺と親父殿。二人だけのハードボイルド劇場の開演だぜ!!


 俺は「すぅ~」っと火のついた煙草から煙を吸い込んだ。




 「ういぃぃっ!!!!げっっほげっほ!!!!!」




 俺は盛大にむせった。


 何だこれ!?煙草ってこんななの!?


 涙が出てきた。無理無理!!こんなの無理!!

 ファンタグレープ飲みたい!!


 しかし、回想での親父殿もたしか、煙草がキツ目だとか言ってむせっていた。


 オーケイ、オーケイ。

 まだハードボイルドのシナリオからは外れてはいない。


 父と息子のハードボイルド劇場は続行だ!!



 「孫が成人する位までは生きてて欲しかったんだけどな」



 なお、孫といっても独身の俺に子などいないので、甥っ子姪っ子のことだ。

 親父殿からしたらまごうことなき孫なんだから、別に俺の子じゃなくてもセーフだろ。


 ようやく、さきほど一吸いした時のダメージが和らいできたが、まだ涙目である。


 ここらでもう一吸いするのが絵的にはベストなのだが、もう吸いたくない……


 いや、なにを怖気づいているんだ俺!!


 人生でこんな機会は二度とない。

 そして、この父と息子のハードボイルド劇場を演じられるのは、世界で親父殿と息子の俺だけなんだ。


 俺の中に謎の使命感が芽生え、煙草を勢いよく吸う。


 よく考えたら、吹かす程度でも絵的にはOKなのに、謎の使命感からごまかしなしの一発テイクを狙って、しっかりと吸ってしまう。




 「げーーーっほ!!けっほ!!けっほ!!!!」



 またもや、盛大にむせる俺。

 あまりの苦しさに、畳の上に膝をついてうずくまる。


 これでは、もはやハードボイルド劇場なんぞ続行不可能だ。



 「こんなの好き好んで吸ってた親父殿の気が知れないな」



 心が折れた俺は、ハードボイルド劇場を終演させることを決意する。

 さて、後は残った煙草を親父殿の棺桶に供えるだけだ。



 「孫のためって言って禁煙してたもんな。一箱くらいならバレないだろ。母さんには内緒な」



 そう言って、俺は親父殿の眠る棺桶の中に煙草を供える。


 ふぅ。これで終わりか。

 途中はしょったりしたが、なんとか終演まで持ってこれた。


 そもそも祖父の時の戦争を生き抜いて云々のところは、親父殿には当てはまらないんだから、省略しても問題ないだろ、うん。


 俺はやり遂げた謎の充実感にひたっていた。




 その時、ふと焦げ臭いにおいがした。


 あれ?


 そういえば、さっきまで吸ってた煙草どうしたっけ?


 灰皿なんて無いし…………



 「 のわああぁぁぁぁ!!! 」



 なんと俺がさっきまで吸っていた煙草は、俺の喪服の上着のポケットの中に落ちていて、ブスブスと燃えて煙を上げていた。



 「 ぬおおぉぉぉぉお!!火葬の前に火事とかシャレにならん!!」



 俺は慌てて上着を脱いで、近くにあった座布団で叩いて火を消した。

 幸いにも、ポケットの中のハンカチが燃えただけで済んだ。


 あぶねぇ。

 いい歳こいて、火遊びして説教をくらうところだった。


 甥っ子、姪っ子の前で叱られる叔父さんとか、信用が地に落ちきるぞ。


 俺は汗を拭う。

 まだ心臓がドキドキしている。


 ちょうど通夜ぶるまいの宴席も終わったようだ。

 母と妹が後片付けをしている声と物音がする。


 明日は葬儀だし、後片付けをしてさっさと寝よう。

 明日こそ本当に最後のお別れなのだから。


 さっきはテンション上がってやっちゃったけど、なんだよハードボイルド劇場って?

 バカバカしい。

 明日の葬儀は真摯に父の死を受け止めて、この先の人生を歩んでいくんだ。


 そして、もう俺は煙草は一生吸わないぞと心に決めて、俺は仏間を後にした。


 なお、ちょうど親父の棺桶に煙草を供える場面までを、目を輝かせながら柱の陰から覗いていた甥っ子がいたことに、俺は最後まで気がつかなかった。


(終わり)

なお8割がた作者の実話の模様


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― 新着の感想 ―
[一言] 本作を読んだ後に叔父の出棺の際、最後のお別れで従兄が眼鏡を棺桶の隙間に落としてしまた際「叔父さんにあげるは」と言っていた事を思い出しました・・・納骨の際にフレームは回収してました。
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