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そして彼女は理解する

 はぁ…。やっとお昼食べられるわ…。


 ということでやって来たのは客人用の小食事室(サラマンジェ)。普段は地方から王城に派遣される使者や、国々を渡り歩く行商人など、さほど身分の高くない客人のために昼食をもてなす部屋だということだけど。

 何でも、ここを国賓をもてなす大晩餐室だと思え、とのこと。

 あ、言ったのはもちろん逆三眼鏡オバサン。あいつホントいちいちウルサイわ〜。


 部屋に入るとすでに食卓(ターブル)に用意がしてあって、輝く銀の食器(クーテレリー)を見るだけでテンションが上がる。あたしまだ成人したばっかりだから正式な御披露目(デビュタンテ)もまだだし、こういうちゃんとした(・・・・・・)食事の(・・・)()にお呼ばれしたことないんだよねえ。

 とはいえ、今はまだ食器が並んでるだけで料理も飲み物も来ていない。それはこれから給仕たちが運んでくるのよね♪


「殿下殿下!早く座りましょう!」

「おっ、おいコリンヌ」


 上がったテンションそのままに殿下の手を取って食卓に駆け寄り、手近な所に座る。もちろんあたしは殿下の隣!


「はしたない!」

ピシャリ!

「ぁ痛あっ!?」


 なっ!?テーブルクロス(ナップ・ド・ターブル)の下から膝叩かれた!?

 唖然としていると食卓の下から這い出て来たのは…………アンタかーい逆三眼鏡!!なんでそんなとこに隠れてんのよ!?アンタの方が全然はしたないじゃないの!


「全く、席次はおろか着席の作法さえ守れないとは。まさかこれほど駄目(・・)だとは」

「とか何とか大仰な言い方して!アンタも結局あたしを虐めたいだけなんでしょ!」


 もうなんか色々我慢ならなくなって、とうとう大声で叫んでしまった。


「非を改めるどころかそのように大声で。淑女の何たるかも解らないのですか?」

「殿下ぁ〜!このオバサン首にして下さい〜!見てたでしょう今の!この人絶対あたしのこと嫌いなんですよぉ〜!」


 なんかブツブツ文句言ってるけど、構わず殿下に泣きつく。こうやって泣いて見せれば殿下は何でも言うこと聞いてくれるから、もうこれでこのオバサンもおしまいよ!


「……………いや、あのなコリンヌ」


「えっ?」


「今のはそなたが悪い」


「…………え?」


 え、今もしかして殿下に怒られてる?


「時間割を見ただろう、コリンヌ。そこにこの時間、なんと書いてあった?」

「え…………えーと……」

「今確認してみろ。『昼餐(ちゅうさん)』と書いてあるはずだ」


 言われて慌てて時間割を探すけど、ない。

 あー応接室に置きっぱなだ!


「殿下の仰る通り。『昼餐』になっておりますわね」


 そこへ嫌味ったらしく完璧令嬢が時間割をヒラヒラさせてくる。ひったくって見たら確かにそう書いてある、けど要は昼食のことでしょう?


「いいかコリンヌ。『昼餐』とは来賓を招いて催す正式な食事会のことだ。昼食なら『昼餐』、晩食なら『晩餐』という。正式な食事会(・・・・・・)、の意味は………分かるな?」


「まさか…………これも“王子妃教育”ってことですか………?」


「当然です。むしろ何故ただの昼食だと思えるのですか貴女は。王子妃となるからには当然、昼餐会や晩餐会のホスト役として来賓を(もてな)さなくてはならないというのに」


 殿下だけでなく、後ろから完璧令嬢にまで言われてしまって、もうどう返していいか分からない。

 知らないわよそんなの!これから覚えるんでしょう!?


「その通り。これから始まる“王子妃教育”のカリキュラムの一環だからこそ、本日の“無料体験”に組み込みました」


 逆三眼鏡オバサンまで冷たく言い放ってくる。

 ということは、つまり。


「席次の確認、着席する順番、出される料理の内容と順番が饗す来賓に合っているかどうか、料理そのものに来賓に対する敬意と配慮がきちんとなされているかどうか。

さらには守るべき作法がきちんと守られているか、給仕や同席者に来賓に対する失礼な振る舞いがないか、適切な話題を選んで来賓を楽しませる事ができるか。

そうしたことを見極めるのが本日のこの『昼餐』の授業(・・)でしたが…………さすがに始める前から不合格だとは思いませんでした」


 もしやと思ってテーブルの下に控えていて正解でしたわ、とか何とかオバサンが言ってるけど、もう耳に入らない。

 それくらい今の一言がショックで。


「ふ、不合格………?」

「ええ、不合格ですわね。というより貴女、今までの授業でひとつも合格しておりませんわよ」


 えっ、待って?

 呆然として周囲を見渡す。


 半ば呆れたようなオーギュスト様。

 困ったように苦笑するエドモン様。

 ベルナール様は………あ、これ雰囲気に合わせて渋い顔してるだけだわ。

 そして殿下は。


「コリンヌ。そろそろふざけるのは止めた方がいいぞ?ロッチンマイヤー女史は我が国で長年王子教育、王子妃教育を担当されていて、それだけでなく王族の側近たちの教育も統括しておられる御婦人だ。この方に合格を頂けないと、そなたは王子妃として認められないんだ」

「えっ?」


 それはつまり、ここにいる(・・・・・)あたし(・・・)以外の(・・・)全員が(・・・)このオバサンの“生徒”ってこと?

 そして、あたし以外は全員(・・)この授業に(・・・・・)合格してる(・・・・・)ってことなの!?


 ………そっか。

 みんなしてあたしをバカにしてるんだ。


 こんな事もできないのか、って。

 田舎者にはどうせ無理だろう、って。


「………………どうせ、」


「ん?」


 殿下が怪訝な顔してるけど、もういいわ。


「どうせみんなして、あたしのこと田舎者だってバカにしてるんでしょ?」

「……コリンヌ?」

「田舎者だから分からないって思って、子供でもできる簡単なやつだとか言って、本当は難しいやつばっかり選んでやらせてるんでしょ?」


「いや、それは違…」

「もういいわよ!」


 我慢できなくなって大声を上げたら、呆気に取られたように誰も何も言わなくなる。遮られないのをいいことに、激情のままに言葉を重ねた。


「どーせあたしは田舎者ですよーだ!こーんな難しい都会のマナーなんて、どーせ分かりっこないですよーだ!

でもねえ、せめて言ったことくらい守りなさいよね!10歳に受けさせる内容をやらせるってんなら、こんな難しいの(・・・・)じゃなくて10歳時の教育(それ相応の)を受けさせなさいよ!!」


 殿下はエドモン様たちと困ったように顔を見合わせあう。

 完璧令嬢サマは一瞬だけ驚いたみたいだけど、すぐに扇で顔を隠した。


「あら、よろしいのですか?」


 そんな中、最初に反応したのは逆三眼鏡オバサン。

 ちょっと意外そうな顔をして、それから「ふむ、なかなか根性だけはありそうですね」とか何とか言いながら小食事室を出ていった。

 だけどすぐに戻ってきたと思ったら、その手にはなぜか乗馬鞭ではなくて打鞭(だべん)が。


 えっ待ってそれ武器(・・)じゃない!?



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 コリンヌは知らなかった。

 下位貴族と上位貴族とで細かい作法がまるで異なるということに。

 そして、それが上位貴族と王族とでもまた異なるものだということも知らなかった。


 知らなかったこと自体は罪ではないし、彼女が学んでいなくても仕方のないことだ。

 問題は、彼女がそれを知らないままに王子妃を目指したことにある。


 そして、シャルルたちもまた知らなかった。

 王族と上位貴族との間に厳然たる隔たりがあるのは承知していたが、上位貴族と下位貴族との差がその比ではない(・・・・・・・)ということを、知らなかったのだ。

 だから、シャルルは当然コリンヌも上位貴族並み(・・・・・・)の教育(・・・)を受けて育ってきていると思っていた。


 だが実態はそうではない。

 コリンヌがこれまでに受けてきた教育と言えば庶民に毛が生えた程度の最低限の教育(・・・・・・)でしかなく、家庭教師を付けてまで頑張ったのも学園に入る(・・・・・)ための(・・・)受験勉強(・・・・)でしかない。

 受験勉強はあくまでも合格することが目標であって、余力があれば入学してからも勉強についていけるだけの予習を含めたりもするが、当然それは上位貴族の子弟が幼い頃から受けているような高度な教育には程遠いのだ。



 そしてコリンヌは勘違いをしていた。

 彼女が今日これまでに受けていた講義は、確かに10歳時の王子妃教育ではない。

 正しくは、7歳時の(・・・・)王子妃教育(・・・・・)である。


 ガリオン王国では王子の婚約者は、まず王子が生まれて数年間で国内の上位貴族の同年代の令嬢がリストアップされる。そこから書類審査と素行調査、面接などを経て5〜6歳頃までに数人が候補者となる。

 婚約者候補となればその時点で王子妃教育が暫定的にスタートする。6歳といえばこの西方世界では初等教育が始まる年齢で、つまり婚約者候補たちは最初から(・・・・)一般の教育を(・・・・・・)外れて(・・・)王子妃教育に(・・・・・・)特化する(・・・・)のだ。

 そうして、王子妃教育を進めて成績優秀な候補者だけを残してゆき、最終的に10歳ごろに婚約者候補をひとりかふたりに絞って内定を出す。その時点ですでにひとりに絞られていればそのまま婚約発表だ。そしてその後は王子妃教育が二段階目に(・・・・・)進む(・・)


 つまり『10歳時の王子妃教育』とは、この二段階目の初年度を指す。すでに基礎を完璧に習得済みと見做してより高度な、そしてより厳しい段階に進むのだ。



 今回、お試しの王子妃教育を提案したのはブランディーヌだ。彼女は上位貴族と下位貴族の教育の格差もきちんと理解していて、だからロッチンマイヤー女史に7歳時の内容での講義を依頼したのも彼女である。なぜ7歳時のそれかと言えば、コリンヌが高度な教育を受けていないと見越した上で基礎的な内容でなければついて行けないと考えたからである。

 それを10歳時の教育内容だと偽ったのは、曲がりなりにも成人の儀を終えているコリンヌのプライドを慮ったものだったが、コリンヌは彼女の想像以上に出来なかった(・・・・・・)挙げ句、本当はもっと上の年齢に受けさせる厳しい講義を課されていると思い込んで暴走してしまったのだ。


 ちなみに7歳時教育に用いられる乗馬鞭は先端が板状になっていて、軽く叩いても痛い代わりに痣や腫れにはなりにくく、子供でも叩かれた恐怖が尾を引かない。しかしコリンヌが10歳時の教育を要求したことでロッチンマイヤー女史が用意した打鞭は叩けば痣になり、下手すると骨折さえするが、通常はそこまでの4年間の教育で概ね基礎が身についているため、打鞭は見せつけられるだけで実際にそれで叩かれることは滅多にない。

 なのだが、お試しで1日、いやまだ半日しか受けておらずほぼ出来ていないコリンヌに対しては、見せるだけでなくおそらく実際に(・・・)叩く(・・)ことになる(・・・・・)だろう。


 コリンヌが受けているのが7歳時の王子妃教育だと彼女以外の全員が理解していて、彼女だけがもっと厳しいそれを課されていると勘違いしていた。それこそが彼女にとっては悲劇だったと言えようか。

 だが何も知らなかったとはいえ、6歳から王子妃教育を完璧にこなしてすでに10年目になるブランディーヌを追い落とそうとしたのはコリンヌ自身である。それも冤罪まで仕立てて、シャルルの口から婚約破棄まで言わせたのだから、誰に文句の言いようもない。


 つまりは、自業自得というやつだ。



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



「えっそれ武器じゃない!?」

「大丈夫だコリンヌ、あれで叩かれることは滅多にない」

「殿下、それは6歳時から(・・・・・)きちんと基礎を(・・・・・・・)習得して(・・・・)いればの話(・・・・・)ですわ」


「えっ?」

「えっ?」

「……何か?」

「い、いや、王子妃教育って6歳からやるの!?」

「もちろんですわよ。婚約者は王子がお生まれになると同時に同年代の候補者のリストアップを始め、審査し厳選して6歳頃までに候補者を絞り、王子妃教育をスタートさせます。10歳時に成績優秀な者のみ残して婚約者を決定、あるいは内定し、そこからはさらに段階を上げた教育が始まりますわ」

「ブランディーヌは10歳で私と婚約して、今は王子妃教育10年目だったな」

「はい。わたくしは今年から王子妃教育を修了して“王太子妃教育”に入っておりますわ」

「10年目!?王太子妃教育!?」


 次々に明かされる王子妃教育の実情。聞けば聞くほど、コリンヌには想像もつかない世界が垣間見える。

 ちなみに現在の王太子はシャルルの兄で第一王子のレオナール20歳である。英邁の誉れ高くすでに妃を迎えていて、ガリオンの次代は安泰だともっぱらの評判だ。

 だがそんな王太子に不測の事態があった時に備えて、ガリオンでは第二王子にも王太子教育が施される。当然その婚約者にも王太子妃教育が課されることになる。ちなみにシャルルはまだ王子教育の途中で王太子教育までは進んでいない。



「コリンヌ様は男爵家のご令嬢。地方の下位貴族が首都に住まう我らのような高度な教育を受けているとも思えません。ですからわたくし、ロッチンマイヤー女史に『7歳時の王子妃教育』を施していただくようお願いしておりましたの。

ですがそれを正確にお伝えすれば、さすがにコリンヌ様の矜持を傷つけると考えて、それで敢えて『10歳時の教育』だとお伝えするようお願いしていたのですが……」


「……………………は?」


 今さら明かされる真実に、コリンヌが目を丸くする。


「ま、待って!?今までのこれって7歳の子供が(・・・・・・)受け(・・)るような基礎(・・・・・・)なの!?」


「うん、まあ、そのくらいの基礎教育だったのは解っているが………」

「そういう意味では、ベルナールは基礎からやり直しだな。情けない」

「いやお前も間違えてただろオーギュスト」


 ベルナールとオーギュストがレベルの低い争いをしているが、もはやコリンヌの耳には入っていない。


「ですがコリンヌ嬢は伝えた言葉通りに10歳時の教育を所望なさいましたので、ここからは遠慮なく(・・・・)行かせて(・・・・)頂きます(・・・・)


「ヒッ!?」


 ロッチンマイヤー女史が右手に持った打鞭を軽く振って左手で受ける。受けたのは先端ではなく中程の部分だが、それでもバシ、と重く鈍い音がして、聞くだけで破壊力が半端ないと分かる。

 それにコリンヌは恐怖した。

 冗談じゃない、あんなので叩かれたらあたし死んじゃう!


「ああああたし、ちょっとこの後用事を思い出したから、今日のところはこれで……」

「何を言っているんだコリンヌ嬢」


 一気に及び腰になったコリンヌの言葉を遮ったのはエドモンである。


「今日この日のために1日予定を(・・・・・)空けておくように(・・・・・・・・)と伝えてあったはずだろう?」


 真顔でコリンヌの顔を見ながら、彼はそんな事を言ってくる。


「まあ、君にはこの先の教育は少し辛いかも知れないが………、なに、大丈夫だ!私たちがついている!」


 爽やかな笑顔でシャルルが言う。王子としてではなく、先輩として友人としての言葉なのは分かるが、コリンヌには気休めにも感じられないどころか『逃さないぞ』と言っているようにしか聞こえない。


「あああの、ご、ごめんなさいっ!」


 堪らずにコリンヌは深々と頭を下げた。


「身の程も弁えずにシャルル様のお妃なんて目指してすいませんでしたーっ!」





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