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コリンヌの受難

 コリンヌは男爵家のひとり娘である。

 男爵とは五等級ある爵位の最下位で、いわゆる下位貴族にあたる。


 ガリオン王国では男爵は領地を与えられない。その代わり出仕して何らかの役職を国から与えられ、その俸禄を貰って家族を養い生活している。法衣貴族というやつだ。

 コリンヌの父であるリュシオ男爵はひなびた地方都市でその地の財務官僚を務めている。首都ルテティアからは遠すぎず近すぎず、だから首都まで行って日帰りで遊ぶためには朝早く出立し夜更けに戻るなどして、少し頑張らねばならない。余裕を持たせたいなら首都で一泊するのが望ましい。

 だが男爵家の財政にそんな余裕などない。そのためコリンヌも首都にはほとんど行った記憶がなく、彼女にとってルテティアは憧れの大都会であった。


 だから、彼女は勉強を頑張った。

 だって頑張って首都にあるルテティア国立学園に合格できれば、憧れの首都での寮生活が待っているのだ。

 首都にはお洒落な喫茶店(サロン・ド・テ)も、美味しいと評判の料亭(リストランテ)も、流行の菓子(スイーツ)が話題の菓子工房(パティスリー)も、それどころか煌びやかなドレスの並ぶ服飾店(ブティック)も、最先端の美術品が鑑賞できる美術館(ミュゼェ)も、新作の歌劇が楽しめる劇場(テアトル)も、なんだってあるのだ。

 年頃の女子として、憧れずにおれようか。

 そんなものの何ひとつない、野暮ったくて田舎臭い地元など、彼女は1日も早く出て行きたかった。


 そのために彼女は父男爵に無理を言って家庭教師を付けてもらい、中等教育学校を卒業してからの一年間で必死に学力を高め、晴れてルテティア国立学園への入学を勝ち取ったのだ。



 だが、そうして憧れのルテティアに出てきた彼女の心を鷲掴みにしたのは、喫茶店でも料亭でも菓子工房でもなく、ましてや服飾店でも美術館でも劇場でもなかった。

 彼女が夢中になったのは、高位貴族のキラキラしい美丈夫(イケメン)たちとの“恋愛”である。


 侯爵家の三男で理知的なイケメンのエドモン。

 伯爵家の次男で鍛え上げた肉体が魅力のベルナール。

 同じく伯爵家の長男で、魔術の秀才オーギュスト。

 いずれもひとつ上の先輩で、ひと目姿を見られるだけでも尊死してしまいそうな破壊力満点のイケメンたち。


 しかも知り合えたのはそれだけではない。

 彼らと同じ、ひとつ上の学年には第二王子シャルルがいたのだ。彼のキラキラしさといったらもう。初めてその姿を見かけた時には本気で目が潰れるかと思ったくらいだ。


 何を大袈裟な、と思うかも知れない。

 でも嘘偽りのない、コリンヌの本心である。



 シャルルをはじめ彼らは全員、すでに決まった婚約者を持っていた。高位貴族ともなれば政略で伴侶を決めるのが当然で、それは小さな頃から家同士の談合で、本人たちの頭ごなしに決められるものだ。

 そんな事はコリンヌにだって分かっている。貴族に生まれて、学園の入学年齢(13歳)にもなって婚約者のひとりもいないコリンヌのほうが珍しい(・・・)のだ。


 そんなコリンヌは、入学してすぐ大人気になった。少し暗めの飴色の髪に珍しい白銀の瞳の彼女は、自分では全く自覚していなかったが、首都ルテティアにおいてもそれなりに人目を引く程度には整った容貌をしていた。それに目を付けたクラスメイトの子爵家の令嬢が行きつけの美容室(サロン・ド・ブーテ)を彼女に紹介し、彼女の髪はゆるふわカールの見違えるような愛らしさを手に入れた。

 それ以外にも多くのクラスメイトから化粧(マキアージュ)のやり方や話術、話題、愛嬌のある仕草や立ち居振る舞いなどを仕込まれ、あっという間に彼女は男女問わず多くの学生たちを虜にしていった。その中には、コリンヌがひと目で恋に落ちた第二王子シャルルまでも含まれていた。


 都会に出てきて学生デビューを果たしただけの田舎娘が、それで舞い上がらないはずがない。チヤホヤしてくれる多くの学友たち、見違えるように可愛くなった自分。そして王子たちイケメンに囲まれて、すっかり彼女は有頂天になっていた。

 そう、周りに集う子息たちの大半が婚約者持ちだという事実にも気付かないほどに。


 彼女が男子生徒たちと仲良くなればなるほど、女子生徒の友人たちは少しずつ減っていった。美容室(サロン・ド・ブーテ)を紹介してくれた子爵家令嬢も、化粧(マキアージュ)のテクニックを授けてくれた男爵家令嬢も、男子に媚びる話術を鍛えてくれた男爵家令嬢も、いつの間にか離れて行った。彼女はそれに全く気付かなかった。

 気にしなかった、と言うべきかも知れない。だって彼女自身が同性よりも異性の友人たちと過ごすことを選んだのだから。


 少し長くなったが、要するにこういうことだ。


 コリンヌは、『お姫様扱い』に舞い上がったのだ。舞い上がって、あろうことか『本物のお姫様』を目指してしまったのだ。



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



「えー、古代ロマヌム帝国の末裔たる“八裔国”。どの国々かお分かりですね?」

「んーと、我がガリオンはもちろん入ってるとして、」

「違います」

ビシン!

「痛ったぁ!」

「我がガリオン王国は確かに古代ロマヌム帝国時代のユーグ大公家の系譜ですが、帝国滅亡から程なくして大公位を失って一度滅びています。その後ユーグ家の最後に残った姫がアルヴァイオン大公家とリュクサンブール大公家の後ろ盾を得て新たに興したのがガリオン王家の祖であり、故にガリオン王国は帝国の直接の末裔とは認められていません」

「し、知らないわよそんなこと!」


 ちょっともう何なのよ!なんであの逆三角眼鏡のオバサンだけじゃなくてこの歴史講師のオッサンまでムチ持ってるのよ!?帝国の滅亡が約千年前ですって?そんな昔のこと知るわけないじゃない!あたしの生まれる前の話なんて覚える意味ある!?


 コリンヌ(あたし)は叩かれた左肩をさする。もう体中何回叩かれたか分かんないわよ!

 なんなのもう!なんでいちいちそんなもので叩くのよ!


「さて、そろそろ時間ですから残念ですが終わりにしましょう。次は休憩(・・)を取ります。時間は中一(10分)です」


 オッサンはそう言って手早く教材をまとめると応接室を出て行った。その後ろ姿に顔をしかめてベロ出してやる。イーだ!


「コリンヌ、君も手洗いに行った方がいいぞ」


 シャルル殿下に言われて振り返ると、殿下だけでなく全員が立ち上がって出て行こうとしている。

 えっ、え?あたしまだ別に行きたくないんですけど?


「早くなさい。貴女は場所も行き方も知らないでしょう?」


 いけ好かない完璧令嬢サマが済ました顔でこちらを見ている。えー、アンタについてかないといけないの?


「あたしは別に行きたくないんで、いいですう」

「貴女ね。この時間も“王子妃教育”の一環なのだと解らないの?」


「………は?」

「いいからほら、立ちなさい」


 わけも分からず、手を引かれてあっという間に部屋を出された。


 って、早っ!

 完璧令嬢歩くの早っ!

 ちょっと待ちなさいよ!あたしを連れてってくれるんじゃなかったの!?


 ああもう!走ればいいんでしょ走れば!


「王宮内では走らない!」

バシン!

「ぎゃあ!」

「何ですかそのはしたない悲鳴は!」


 いきなり物陰から現れた逆三眼鏡オバサンにムチで叩かれた!しかも意地の悪いことに向う脛を叩かれたせいで転んじゃったじゃない!


「移動中は常に微笑で!背筋をしっかり伸ばし、上半身を動かしてはなりません!スカートの中の動きを悟られないように、あくまでも優雅に、廊下を滑るように移動するのです!」

「いや怖っわ!そんなの絶対人間の動きじゃないでしょ!?」

「口答えしない!」

ビシィッ!

「へぶっ!」


 ホントなんなの!?移動時のマナーとか知らんっつの!


 転んで脛さすってる間に完璧令嬢サマはとっとと行っちゃうし、オバサンはオバサンで「もういいです。応接室にお戻りなさい」とか言ってどっか行っちゃうし!もうマジむかつく!



 完璧令嬢も殿下たちも時間内にしっかり帰ってきて、何事もなかったかのように次の講師が入ってくる。えーと次は………何だっけ?


「ハイどーもー。次は楽しい“みんなの語学”の時間だよー」


 ゲッ何この胡散臭い兄ちゃんは。

 つーかなんでアンタまでムチ持ってるのよ!?


「さて、それじゃあ早速。今この西方世界で一般的に共通言語として使われる現代ロマーノ語だけど、その元になったのは古代ロマヌム語。そこまではオーケー?」

「「「「「はい」」」」」


 いやなんで全員当たり前のように返事してんの!?


「では唯一返事のなかったコリンヌ嬢。古代ロマヌム語と現代ロマーノ語で呼び名が違うのはなーんでだ?」


「…………は?」


 いや知らんし。言われてみたらなんかちょっと不思議だけど、別に興味ないし。


「はいダメー」

バシン!

「痛っだぁ!?」


 頭叩くか普通!?


「はいではエドモン殿」

「古代ロマヌム語と現代ロマーノ語では文法や動詞変化などはほぼ変わりませんが、発音と表記、それに文字の数が異なります。ロマーノとは古代帝国の首都であったフォロマーノを指しますが、古代帝国時代にはフォルマヌムと呼ばれていました。『フォルマヌム』の発音が変わることにより『フォロマーノ』になる、つまり『ロマヌム』と『ロマーノ』は同じ名詞であり、現代語には現代発音を、古代語には当時の発音を当てて読んでいるだけです」

「はい正解」


 いやなっっが!セリフなっっが!

 そんな長文よく噛まずに言えるわね!いつも思ってるけど、エドモン様無駄に頭良すぎない!?


「オーギュスト、エドモンの奴は今なんて言ってたか、分かるか?」

「分からんお前の方がおかしいんだが?」


 あ~よかった!他にもベルナール様(分かってない人)がいたわ!


「はいでは解ってないベルナール殿。現在の西方世界各地で公用語として用いられている言語を全て述べよ」

「えっ」


 ベルナール様はちょっと考えてから答え始めた。


「現代ロマーノ語、西部ガロマンス語、北部ゲール語、南部ラティン語………以上だ」

「はいダメー」

ベシン!

「ぐっ………何故だ!?」

「古代ロマヌム語の系譜でないイリシャ語とアナトリア語とフェノスカンディア語を忘れとるわバカ者」

「はいオーギュスト殿も不正解」

ビチン!

「くっ……しまった、ルーシ語があった………!」

「そうそれ」


 いやベルナール様はともかくオーギュスト様が間違うような問題、あたしに答えられる訳ないよ!?

 つうか間違ったら先輩たちも叩かれるんだ!?ちょっと厳しすぎない!?もしかして殿下が間違っても叩くわけ!?


「いやあ、さすがに地獄のRBCは一味違うな」


 殿下、お顔が引き攣ってますよ……?



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



「っと、もう終了ですかー。残念。

では次はダンスレッスンなので速やかにレッスン室へゴーして下さいねー」


 胡散臭い兄ちゃんはそう言ってそそくさと出て行く。

 あー、ダンスなら任せて!得意!



 全員で連れ立ってレッスン室へ移動するあたしたち。さっきみたいにオバサンに叩かれたらイヤだから、完璧令嬢のマネして走らないように、でも可能な限り早歩きで頑張って移動する。

 いやきっつ!マジ超きっつ!なんでそんな済まし顔で全員これ出来てるわけ!?


 それでも何とかレッスン室へたどり着き、用意されていた練習用ドレスとダンスシューズに着替える。そしてダンス講師が入ってきて………ってアンタかいっ逆三眼鏡!


「はい、ではまず基本のワルツの動きをブランディーヌ様と………そうですね、ではエドモン侯子にお願いしようかしら」

「「はい」」


 呼ばれたふたりが中央に進み出て、備え付けのピアノで逆三眼鏡が奏でるワルツの定番曲に合わせて踊り出す。

 ってオバサン楽器までできるわけ!?無駄に能力高くない!?


「はい結構。素晴らしい演技でした。では次、コリンヌ嬢とベルナール世子」

「了解した」

「えっ、え?」


 なんでベルナール様!?この人ダンスが壊滅的にダメだってめっちゃ噂だから踊った事ないのに!ウソでしょミスできないじゃん!


「コリンヌ嬢。スマンがリードは任せた」

「いや無理ですよう!あたし相手に合わせて踊った事しかないですぅ!」


 そんなこと、ダンス始まる寸前で言われたって、ムリぃ〜!




「もう結構です」


 ダンスは結局、曲も半ばで冷めきった声を上げたオバサンによって強制的に止められちゃったわ。まあそれまで散々ムチで叩かれて、これ以上まともに踊れやしないんだけど。

 ってかアンタなんでムチ持ってあたしたちに張り付いてんのよ!?ピアノは!?

 ………って思って見たら、いつの間に入ってきたのか演奏者の女の人がしれっとピアノ弾いてた。なんでよ!?あたしたちの時もアンタが演奏してれば良かったのに!


「ダンスにおいてもっとも重要なのは、互いに相手を信頼して委ねるということ。どちらか片方だけが良くても成立はしませんし、一方が他方に頼りきってもいけません。

なのに何ですか貴方がたは。どちらも相手に押しつけあって、協調性などまるでないではありませんか。先ほどのブランディーヌ様とエドモン侯子の何を見ていたのですか!?」


 なんかオバサンがキンキン言ってるけど、叩かれた背中や腰や手足が痛くってそれどころじゃないんだけど!


「ちなみにダンス中にわたくしが叩いたのは全て動作のミス(・・・・・)です。今はそれ以前の、心構えの話をしています。分かりますか?」


 分かんないわよ!ダンスなんて適当に踊って場を壊さなきゃそれでいいじゃん!っていうかそもそもあたし殿下としか踊りたくないし!


「………はあ。その様子では解っていませんね。全く、まだ殿下とオーギュスト世子のほうが見ていられます」


 と呆れたように呟かれて、見たら殿下とオーギュスト様が踊ってらした。

 いや男同士!?ってか止められてもピアノ鳴り止まないなあって思ってたら、あんたたち踊ってたのね!?


「……………なあオーギュスト」

「なんです?殿下」

「私たちは、何故踊っているのだろうね?」

「他に相手がいないからでしょう?残っているのは私たちだけですからね」


「どうせ踊るなら、ブランディーヌのほうがまだマシだったな………」

「私だって好きで女性パートを踊っているのではないのですがね!?」


 なんかふたりしてブツブツ言ってるけど、なんだかんだで息合ってるように見えるし意外と楽しそうにも見える。

 ぐぬぬ、ちゃんと踊れたら男同士でもある程度サマになるって言いたいのかしら?なんかちょっと、ムカつく!





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