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地獄のRBC

「えー、本日はお忙しい中、皆様お集まり頂きましてありがとう存じます」


 ガリオン王国首都ルテティアにある王城の一角。登城した者が取り次ぎを待つための応接室のひとつに、数人の男女が集まっていた。


 公爵家令嬢ブランディーヌ。

 男爵家令嬢コリンヌ。

 第二王子シャルル。

 シャルルの側近候補で宰相の三男のエドモン。

 同じくシャルルの側近候補で騎士団長の次男のベルナール。

 同じく、筆頭宮廷魔術師の長男のオーギュスト。


 ブランディーヌ、シャルル、コリンヌ以外の三人は「コリンヌの付き添い」である。「コリンヌ応援隊」とも言う。彼らもまたシャルルと同じようにコリンヌを見初めて、常にその側に寄り添っている高位貴族の子息たちだ。

 この場をセッティングしたエドモンが挨拶から始めようとしたのが、冒頭のセリフである。

 ちなみにコリンヌは自分が何をやらされるのか分かってなくて、不安げにシャルルの腕に縋りついている。


 今日この場に彼らが集まったのは他でもない。コリンヌの王子妃教育1日無料体験の実施のためである。


「えー、本日はお日柄もよく、」

「前置きはいい。さっさと始めるぞ」


 エドモンの挨拶が長くなりそうなのをシャルルがバッサリと斬り落とす。彼は頭がよく知恵も回るが話が無駄に冗長すぎるのが欠点だ。


「えー、では早速。

コホン。


みんなーっ!王子妃になりたいk」

「始めろと言っておろうが!」


 いつものことだと分かってはいるものの、つい声を荒らげるシャルルである。こういうよく分からないジョークをちょいちょい挟もうとするのもエドモンの欠点なので、シャルルも声を荒らげるもののそれ以上叱責しようとはしない。


「ちぇっ。ちょっとくらい良いじゃないですか殿下。今日これセッティングするのにどれだけ苦労したと思ってるんですか」

「知らん」


 卒業記念パーティーのあの日、ブランディーヌの問いかけに「ハッ。コリンヌの王子妃としての資質を問うつもりなら無駄だ。彼女の覚悟のほど、しかと見定めるがいい」と言ってコリンヌ本人の意向も確かめずにエドモンにセッティングを指示したのはシャルルなのだが、シャルル本人は指示しただけであとは丸投げだった。

 それからおよそ7日。関係各所に調整を入れて講師陣を手配したのは全部エドモンなのだが、シャルルにとってはそれは当たり前(・・・・)のこと(・・・)なのでいちいちねぎらうこともない。


「というか、王子妃になりたいのはコリンヌ嬢だけだろう?」

「分かりきった事を聞くなベルナール」


 腕を組み、片眉を上げて確認するベルナールに、それにいちいちツッコミを入れるオーギュスト。大雑把で直情的なのがベルナールの欠点で、細かいツッコミと訂正を挟みたがるのがオーギュストの欠点である。


「………えーと。では今回の王子妃1日無料体験を受けて頂くに当たって、筆頭教官のロッチンマイヤー女史からコリンヌ嬢へお話があります」

「まだ挨拶続くのかよ」

「だから黙って聞いてろ」

「だって殿下だって苦虫を噛み潰してんじゃねぇか」


 シャルルが今度は文句を言わないのは、彼自身がこれまでの王子教育でロッチンマイヤー女史に嫌というほど絞られたせいである。下手なことを言えば今後の王子教育でどんな罰、もとい宿題を出されるか分かったものではない。

 というかお試し体験なのにわざわざロッチンマイヤー女史まで押さえてあるとは。エドモンめ余計な手際を見せおって。


 ドアが開き、応接室に背の高い痩身の中年女性が入ってくる。上品で質の良い、だが飾り気の少ないロングドレスを身に纏った、逆三角眼鏡の気の強そうな御婦人だ。

 この国で長年、王子教育と王子妃教育を担当するロッチンマイヤー女史である。


「皆さん。本日はようこそ我が『ロッチンマイヤー・ブートキャンプ』へいらっしゃいました。すでに受講済みの方もいらっしゃるようですが、本日は皆さんに王子教育、王子妃教育の何たるかを改めて学んで頂こうと思います」


「えっ!?」

「俺たちもか!?」

「いやいやロッチンマイヤー先生!受けるのはコリンヌだけでしょう!?」

「ていうか『ロッチンマイヤー・ブートキャンプ』って何!?」


「黙らっしゃい!」


 女史の言葉に面食らう男子陣(シャルル含む)。

 対してブランディーヌは平然と済まし顔。

 コリンヌはこのあと何が起こるか分かってないのか、ぽやっとしている。


 そして全員が女史に一喝されて黙り込む。

 まあブランディーヌだけは平然としているが。


「そんなに慌てなくても別に問題ないでしょう。本日はお試しとのことですから、用意したカリキュラムは10歳時のものですし、ここにいる皆さんならば出来て(・・・)当たり前(・・・・)の簡単なものです」


 そう言われてあからさまに安堵する男子陣。女史の言葉が本当なら、受講済みの面々にとっては単なる復習でしかないし、未講習のコリンヌにもそこまで難しくはないだろう。

 だが、それでコリンヌがこなせてしまったら、そもそもこの1日体験を提案したブランディーヌにメリットがあるようには思えない。なのにその彼女は澄まし顔のまま何も反応を見せない。

 これはセッティングしたエドモンが彼女の意向を捻じ曲げて簡単なカリキュラムを組ませたのかとも思えたが、それならそれでブランディーヌから抗議があって然るべきだが。


「なぁんだ。王子妃教育っていうからどんなお勉強させられるかと思ったら、10歳の子供に受けさせるような簡単なやつ(・・・・・)なのね。ビックリして損しちゃった〜」


 コリンヌがようやく理解したといった感じで、安堵の息を漏らす。パッと花開いたように笑顔になって、男子陣が揃ってだらしない笑みを浮かべる。

 コリンヌも男子陣も気付かない。感情を曝け出した彼らを見るロッチンマイヤー女史の目がわずかにスッと細まったことに。


「ではまず、こちらに目を通して下さい」


 ロッチンマイヤー女史は表向きは何も言わずに6人に一枚ずつ紙を配った。


「………時間割か?」

「時間割ですね」

「だが今日の分しか書いてないぞ」

「1日だけのお試し体験なんだから当たり前だろベルナール」

「え〜なにこれ〜」


 紙には上から順に、


朝三『マナー講習』

朝四『世界史講習』

『休憩』

朝五『語学講習』

朝六『ダンスレッスン』

『昼餐』

昼一『武術講習』

昼二『王族講習』

昼三『茶会講習』

昼四『政治学講習(国内)』

昼五『政治学講習(国際)』

昼六『魔術講習』

昼七『毒物講習』

夜『夜会講習』

『試験』


 とある。時間はいずれの講習もおよそ特大一(1時間)ほど取ってあるようだ。

 ちなみに特大一とは、この世界で時計の役割を果たす“砂振り子”という魔道具のことで、五種類ある中のもっとも大きなものが特大砂振り子だ。ひっくり返してから中の砂が落ちきるまでおよそ1時間かかる。

 最初のマナー講習は朝三からとなっていて、この場の集合時間が朝三だったからこのあとすぐ始まる計算になる。


 ちなみに陽神(太陽)が地平線から顔を出して“朝鳴鳥”が泣いた瞬間から1時間が「朝一」で、以後1時間ごとに朝二、朝三と数える。朝三はおおむね朝8時からの1時間を指す。

 季節にもよるが朝六から朝七を数えたあたりで陽神が中天にさしかかり、そこからは昼一、昼二と続く。昼七から昼八のあたりで日没を迎えて、それから先は「夜」である。夜は1日には含まれないため、通常は計時は行われない。


「え、待って。これ1日でやるの?」


 時間割に書かれた内容がやっと理解できたようで、コリンヌがドン引きした声を出す。


「もちろんやって頂きます。本日は『お試し』ですから、基礎カリキュラムを一通り取り入れました」


 ロッチンマイヤー女史がさも当然と言わんばかりに頷いて、コリンヌの顔が軽く絶望を帯びる。


「い、いやいや!無理でしょこんなの!」

「無理なものですか。確かに通常の王子妃教育は通常は昼からですので多少詰め込んだ形にはなっていますが、真っ当な(・・・・)貴族子女(・・・・)ならこの程度こなせて当然」

「当然じゃないわよ!無理だっつってんでしょ!」

「さて、最初のマナー講習はわたくしロッチンマイヤーが担当致します」

「聞けよ!!」

「さ、全員お立ちなさい。窓際に一列に並ぶのです」


 女史はもうコリンヌを相手にせずに、有無を言わさず6人に指示を出す。すでに『マナー講習』が始まっていると理解しているシャルル以下5人はそれに従いそそくさと並ぶ。

 コリンヌはなおも女史に食ってかかろうとしていたが、いつの間にか女史の手に握られていた乗馬鞭を見て小さく悲鳴を漏らし、シャルルに窘められたこともあり渋々列に並んだ。


「そう心配するなコリンヌ。そなたはれっきとした淑女なのだから、しっかりした所を見せてやれば女史もきっと絶賛してくださるであろう」

「ですが殿下……」

「そこ!私語は慎みなさい!」


 第二王子であっても一切容赦しないロッチンマイヤー女史である。


「申し訳ありません先生」

「…っ、す、すみません……」


 サッと謝るシャルルとコリンヌだが、そのコリンヌの右肩に乗馬鞭が飛んできて、思わず彼女は悲鳴を上げた。


「いったぁ!?なんで叩くんですか!?」

「黙らっしゃい!」

「ヒッ!?」


「貴女、お幾つにおなりになるのかしら?」


 女史の冷ややかな目がコリンヌを貫く。


「え………15歳ですけど」


 コリンヌが答えると、あからさまに落胆された。


「それで成人済み(15歳)とは情けない。一体今までどのような教育を受けてきたのやら。

貴女、ブランディーヌ嬢のお手本をよく見ておきなさい」


 唐突に名指しされたブランディーヌは、だが慌てることもなく一歩前に進み出る。

 踵を揃え真っ直ぐ背を伸ばし、肘を軽く曲げて骨盤の前で軽く両手を重ね、彼女はスッと腰を折り背を伸ばしたまま頭を下げた。だがそれでいて頭は下げすぎず、頭部で胸元を上手く相手の視線から隠しつつ、なおかつ頭頂部も見せない絶妙な角度の美しいお辞儀である。

 その動作に一切の淀み無く、立ち位置も姿勢も腰を折る角度も何もかも完璧な動作に、女史も満足げに頷く。

 そしてブランディーヌは一言だけ発する。「大変、申し訳ございませんでした」と。


「これが、淑女の謝罪というものです。だというのに何ですか先程の貴女の態度は。所作も言葉遣いも表情も、何ひとつ出来ていないではありませんか」

「そ、そんな事言ったって──」

「口答えしない!」

「コリンヌ、今のブランディーヌの所作を見ただろう?其方もきちんとやればあの程度造作もないはずだ」


「えっ………?」


 隣に立っているシャルルにまでそう言われて、コリンヌの目が不安げに泳ぐ。


「淑女たるもの、感情をみだりに(おもて)に出さない!」

ビシッ!

「痛ったぁ!」

「痛くない!」

バシッ!

「ぎゃあ!」


(なるほど、これはブートキャンプだ)


 エドモンは心の底から納得していた。

 これはまさしく、できるまで身体に(・・・)覚えさせる(・・・・・)、軍隊式新人教練である。


(騎士団のシゴキ(・・・)よりもヤベェな)


 ベルナールが内心で冷や汗をかく。

 ガリオンの騎士団は新人の最初の訓練は甘やかす所から入る。初っ端から厳しくして逃げられては堪らないからだ。


(反抗しても怒られるだけなんだから、コリンヌ嬢もさっさと所作を整えて合格を貰えばいいのに。何をやっているんだ)


 鞭で何度も叩かれて早くも涙目になっているコリンヌを見て、ちょっと呆れるオーギュスト。


「殿下ぁ〜!助けて下さいよぉ〜!」

「大丈夫だ、君ならできる!」

「えっ、そ、そんなぁ〜!」

「つべこべ言わずさっさとなさい!」

ピシッ!

「痛っ!もうやだぁ〜!」


 地獄の()ッチンマイヤー・()ート()ャンプはまだ始まったばかりだ。だが早くもメイン受講生が脱落しそうな雰囲気である。


(ですからわたくし、事前に『受けてみますか?』と確認致しましたのに)


 そしてそれをブランディーヌが冷ややかに見ていた。




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