継承式、そして婚約式
あっという間に男爵位の継承式の当日がやってきた。
あっいやもちろん、それまではラルフ様と打ち合わせたりレティシア様にお礼に伺ったり、アルトマイヤー伯爵つまりお義父様にご挨拶したり、ラルフ様の妹君にご挨拶したりと、息つく間もない忙しさだったけど。
おかげでお嬢様の侍女の仕事が休みがちになってしまい、お詫びするハメになった。
「いいのよ、爵位の新規継承式典なんて忙しいに決まっているんだから、終わるまではそちらに集中なさい」
いつものように澄ました顔でお嬢様は仰った。それでも婚約式が延期になっただけまだ楽になった方だと思うわ、とも仰られて、なるほどそれもそうかと納得してしまった。
婚約発表は1年先延ばしされた。亡くなられたのがお義兄様なので、服喪期間もけっこう長いのだ。
まあでも、これがお義父様やお義母様だと3年になるので、そうではなくて良かったと思うようにしよう。
あとぶっちゃけてしまえば、公式発表が延期されただけなので、事実上私はすでにラルフ様の婚約者と認定されている。アルトマイヤー伯爵家だけでなく、社交界全体がそういう認識なのだそうだ。
ただ、ラルフ様は正式にウェルジー男爵になるわけだけれど、私を婚約者として夜会に連れ出すことはない。お義母様の私への“後継者教育”が始まっていることを分かってらっしゃるので、本当に必要な場面以外は誘ってくださらない。教育の一環で夜会に出る必要がある際にはお義母様からご指示があるので、それまでは待機だ。
あと、ラルフ様も私も公爵家の奉公は続けている。私は賠償があるから当然だし、ラルフ様は寄子として、次期アルトマイヤー伯爵として立場をはっきりさせるためにも辞めるわけにはいかない。
会場として提供されたリュクサンブール宮殿は規模こそ小さいが壮麗にして豪奢、リュクサンブール大公家の栄耀栄華が詰まっていると万人に思わせる離宮だ。実際にお借りしたのは小ホールだが、当たり前のようにアクイタニア公爵家の夜会用の大広間よりも広くて豪華だった。小でこれなら大ホールってどんなんや。
「ご機嫌よう、コリンヌさま」
式典の前、控室にレティシア様がご挨拶に来てくださった。
ろくに交流もできてないのに、本当にこの方にはお世話になりっぱなしで、頭が上がらない。というかむしろ、なんで?って気持ちの方が強い。
「このたびは本当に、ありがとうございましたレティシア様。この御恩は、必ずどこかでお返ししますから」
「いいのよ、お気になさらないで」
そう言ってころころと微笑うレティシア様は相変わらず女神様みたい。本当に私とひとつ違いなのかこの方。
「ふふ。わたくしがなぜこうも貴女に執心しているか、実は少しだけ疑ってらっしゃるのではないかしら?」
「えっ、ええと………」
やっべ、また顔に出てたかな?
「貴女はね、わたくしと“対”になる方なの」
内心で焦っていると、女神様がなんかヘンなことを言い出した。
「対、とは………?」
「貴女のその白銀の瞳。珍しいって言われるでしょう?」
「ええ、まあ」
確かに、私以外で見たことがないくらい、この瞳は珍しい。けれど私は白加護だし、瞳もどちらかと言えば明るい灰色と言ったほうが正しいと思う。
ちょっと輝きを含んだだけの、白灰の、瞳。
「貴女はね、“銀の加護”をお持ちなの」
「えっ?なんです、それ?」
銀の加護とか聞いたことない。加護と言えば黒、青、赤、黄、白の五色のはず。
「そしてわたくしは“金の加護”なのよ」
確かにレティシア様の瞳は眩しいくらいキラッキラの金色で、これもまた見たこともないほどだけど。
でもそれって、リュクサンブール家の血統とかそういうもんだと思ってたのだけど。
「金の加護は陽神、銀の加護は陰神の力を得ているの」
「えっ、陽神って黄加護の神様じゃ?そして陰神は白加護の神様ですよね?」
「世間ではそう言われているわよね。でも本当は独立した加護なの」
じゃあ加護って本当は七色あるってこと?
「世間では知られていないことよ。知られたらきっと大騒ぎね」
ただ残念なことに、どちらの加護もほとんど持つ人間がいないのだと、残念そうに仰るレティシア様。比較的金加護の多いリュクサンブール大公家でもレティシア様ほど強い金加護はおられないのだそう。
「でもわたくしは、白加護だと言われて自分でもずっとそう信じていたのですが…」
「そうね、貴女は白加護が強くて、銀加護は少しだけね」
「えっ、じゃあ“二重加護”なんですか私!?」
二重加護なんて蒼薔薇騎士団の法術師ミカエラ様くらいしか知られてないと思うけど!?
「ふふ。実は多くの人は何かしらの二重加護なの。三重の方もいらっしゃるわ。世間ではほとんど知られていないし、どちらかに偏っていると強い方のみで判定されることも多いのだけれど」
あ。それで私、白加護だって言われるのか。
「加護の研究はまだ明らかになっていないことも多くって、学者たちも発表できない話が多いそうなの。だから今の話も、わたくしと貴女の秘密にしてね」
「はっ、はい…」
うわーそんなキラッキラの笑顔で言われたら逆らえないよう!
「でもとにかく、こんな身近に銀の加護を見つけられてわたくしとっても嬉しかったの!だからこれからも、仲良くしてくだされば嬉しいわ!」
「は、はあ。わたくしで良ければ…」
「それにね、わたくしは金の加護が強すぎて、他の加護を持っていなくて。世間では“加護なし”だって思われているの。ですから二色お持ちのコリンヌさまが羨ましくって!」
「えっ、そ、そうですか?」
そんなこと言われても。
銀加護になんの力があるかさえ分からないのに。
「しばらくはお互い忙しいと思うけれど、そのうち私たちで加護の研究がしてみたいと思って。どうかしら?」
「い、いやあ、わたくし程度がお役に立てますかどうか…」
レティシア様は〈賢者の学院〉の“知識の塔”首席ですから色々お知りでしょうけど、私なんて淑女教育もまだまだ途中ですからね…。
「ふふ。あくまでもまだまだ先の話だから、今は覚えていてくださるだけでいいわ。とにかく、そういうことですから!」
うわあ、もしかして私、メンドクサイお嬢様に捕まっちゃったんじゃ…?
そう言って手を振って離れて行ったレティシア様は、すぐに冗談みたいな巨人の騎士様に駆け寄って、そのままおふたりで去っていかれた。いやあの騎士様?めっちゃ強面で超デカくて怖かったんだけど。あんな人?について行って大丈夫なのあの方!?
「ああ、さっきのは西方騎士団にその人ありと謳われる“大巨人アンドレ”だな」
「えっ何ですかそれ!?」
後ろからラルフ様にお声をかけられ、ビックリして振り返りざまに聞き返してしまった。
お願いですから内心を後ろから読むのやめてください!
「聞いて驚け、レティシア様の婚約者だそうだ」
「ウッソぉ!?」
「本当だ。レティシア様が5歳の頃に一目惚れされたそうでな、その頃から一途に想いを寄せられて、最近ようやく口説き落とされたともっぱらの噂だ」
「マジなんだ………」
ていうか足かけ………12年!?
一途にも程があるでしょそれ!!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「えー、本日はお日柄もよく、」
式典が始まってからまたまた驚いた。
司会席に立っているのがエドモン様だったのだ。
だから!なんで!皆様私に関わろうとするの!?私は皆様の将来を奪った悪女なのに!
「それにしてもこのリュクサンブール宮殿の壮麗なこと。本日この場で継承式をお迎えになるウェルジー男爵はガリオン一の果報者と言っても過言ではなく━━」
いやだから、話長いってエドモン様。
式典もつつがなく終了し、ラルフ様はアンリ41世陛下から男爵勲章を直々に授与されて、正式にラルフ・ド・ウェルジー男爵になった。私はまだ正式に婚約者ではないから、少し離れた縁者席で見守らせてもらった。
これ、予定通り婚約式までセットだったら私もあの場で陛下にお目もじしてたんだと思うと、ちょっとだけお義兄様に感謝の気持ちが湧いた。
この後は招待客の皆様を晩餐会でお饗しして、引き続き夜会という流れ。貴婦人がたも何度もお色直しがあるので、招待客皆様それぞれに控室も貸し出されている。
晩餐はホスト側なのかと最初思ってて、例のお試し教育での“悪夢の昼餐”が蘇ったりもしたけれど、普通にリュクサンブール家の使用人たちが全部仕切ってくださって、私たちはむしろ饗される側だった。うーん、至れり尽くせりだなあ。
夜会ではラルフ様と初めて踊った。超緊張したけど、淑女教育である程度ダンスも練習してたし彼のリードがとても的確で、「私に任せて」と仰るものだからつい甘えてしまったけど、そのおかげで大きなボロは出なくてひと安心。お義父様になるアルトマイヤー伯爵もお義母様も満足そうに頷いてらっしゃったから、多分合格は頂けた…と思う。
それにしてもラルフ様、ダンス出来たのね。まあ伯爵家のご子息だしお母様があの方だから、幼い頃から教育はバッチリだったってことなんだろうな。
多くの方にご挨拶頂いて、名刺の交換に淑女礼の交換、それから談笑。主役なんだから仕方ないけれど、さすがにちょっと疲れたなあ。
ていうか、よく考えたらこれ私の御披露目になるんじゃないの!?うわやっばー!全っ然そんなつもりで居なかったんだけど!?
「今回のこれは数に入れなくてよろしい。貴女がまだ御披露目前だというのも招待状に記しておきましたし、正式な御披露目は婚約式で改めて、ということになっていますから安心なさい」
相変わらずニコリとも笑わずにお義母様は仰った。ていうことは、婚約式までの1年間でみっちりしごかれるって事ですね。安心できる要素ひとつもありませんよお義母様ぁ!
夜会ではエドモン様とも少しお話した。「コリンヌ嬢の門出に僕が関わらないなんて有り得ないよ。婚約式でも司会するからね、よろしく!」っていーい笑顔で仰るけれど、私なんにも返せないよう!
ギレム伯爵、つまりオーギュスト様のお父様にはオーギュスト様がどれだけ褒めちぎってたか事細かに教えられて悶絶したし、そこにお義父様のアルトマイヤー伯爵と、なぜか殿下と王太子殿下に王太子妃殿下まで加わって褒め殺しに遭って。もういっそ誰か殺してぇ〜!
ってそこ!お嬢様と奥様と旦那様!ニヤニヤ眺めてないで助けてくださいよう!ラルフ様はラルフ様で嬉しそうに尻尾ブンブン振ってるだけだし!もう幻視じゃなくて絶対生えてるでしょそれ!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
それからは本当に忙しい日々が続いた。
お義母様の元での淑女教育は最初の週に2回から4回、5回と増えていき、私はいつしかアルトマイヤー伯爵家の首都公邸からアクイタニア公爵家の首都公邸に通ってお仕事するようになっていた。当然、講義内容もどんどん多くなり、淑女教育だけでなく事実上の“王子妃教育”を受けているに等しい状態になっているのが嫌でも分かる。
胡散臭いオッサンだと思ってた歴史担当のクレマン先生とも、チャラい兄ちゃんと思ってた語学担当のルメール先生とも再会して、案の定みっちりしごかれた。ただ、それまでの1年間である程度基礎を学べていたこともあって、鞭で叩かれることはほとんどなかった。私も少しは成長してるってことよね?そう思っておこう、うん。
マナー教育担当のデュボワ先生もクビにならずに引き続き教えて頂いている。今はダンスと、夜会やお茶会、餐会でのホストとしての振る舞いを学ばせてもらっている。
お義母様は個別の講義はそれぞれの先生にお任せになって、伯爵夫人としての振る舞いや邸の女主人としての仕事などを教えてくださっている。相変わらず厳しいけれど、そこには確かに愛があると今なら解る。
動かない表情の下にもちゃんと感情が見えてくるようにもなって、私はすっかりお義母様のことが大好きだ。
そして1年後。つまり私の17歳の誕生日である花季下月の中週の5日に、ついに私とラルフ様の婚約式が執り行われた。“どこにもない楽園”にいらっしゃるお義兄様もきっと喜んでくださっている、と思う。
ようやく正式に婚約者になれたラルフ様は人目も憚らず泣きはらして、お義母様に怒られていた。でも私は泣くほど喜んでくださったことが嬉しくて、そっと彼を抱きしめてキスをした。女からキスするのははしたないのだけれど、晴れて婚約者になったから、もう我慢しなくてもいいんだ。
長かったよ、ホントにね?
【補足】
加護の色は瞳の色に表れる。原色など単色系なら単色の加護、二色が混ざる中間色(赤と青で紫、青と黄で緑、赤と白でピンク、など)なら二重加護。色の比率がそのまま加護の偏りをも表す。稀に三色(赤青白で菫色、など)の場合もある。
理論上は四色、五色もあり得るが現状確認されていない。
加護は主に魔術の習得と行使に関わる能力。そのほか人や動物などとの相性に影響する。
金加護、銀加護については一部の学者が提唱しているだけで現状未確認。銀加護についてはエルフの都、森都シルウァステラの女王シルレシルラワレイファスただひとりが知られている(三色。銀6黒3青1)。金加護はいないとされていたが、レティシアの誕生で初めて確認された(金単色)。
コリンヌは二色で、白9銀1の輝きを含んだ白銀(白灰)の瞳。ただし彼女は“魔力なし”で、銀の加護は事実上宝の持ち腐れ状態。




