変わらない想いと意外な縁(えにし)
私とラルフ様は彼の言葉通りに婚約を進めることになった。
私は平民の罪人で、彼は伯爵家の次男。ゆくゆくは家門の持ち株のひとつの男爵位を継ぐ予定ということで、当然彼の一族から猛反対されるだろうと思っていたのだけれど、なぜか諸手を挙げて歓迎された。
解せぬ。
いやまあ私ももう彼なしでは到底頑張れないし、断られたら絶望しかないんだけど。
あ、越冬祭はラルフ様とふたりで回りました。どこ回って何を見たのか、全然憶えてないけど。
憶えてるのは大きく温かい掌と分厚い胸板と穏やかな声と………ってやば。ラルフ様のことばっかりだ。
「貴女のことは、実は家族全員よく知っておるのです」
そんな訝しむ私に、彼は不思議なことを言った。
「えっ?」
「実は私も実家に戻った際に初めて知ったことなのだが」
そう言って話し始めた彼の言葉に、私はまた泣かされることになる。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
彼のお父様、アルトマイヤー伯爵は地方騎士団のひとつ、北方騎士団の副団長を務められているのだそうだ。そのお父様が、私のことをよく知っておられたのだ。
北方騎士団。
そこに、ベルナール様が中央騎士団から転属されていたのだ。
転属は彼自身の希望だったという。父親のいる中央騎士団ではなく、わざわざブロイス方面の防衛線を担当する北方騎士団行きを希望したというのが、いかにもベルナール様らしい。
ラルフ様のお父様は転属してきたベルナール様を一から鍛え直したらしい。その過程でよく話をするようになり、お互い飲みに誘うほど親密な師弟関係になったのだという。
そのベルナール様が、私のことをよく話すのだそうだ。
曰く、彼女はとても明るく、真っ直ぐな人だ。
曰く、彼女は周りを気遣うことのできる淑女だ。
曰く、自分は言葉が真っ直ぐすぎて周囲とよく衝突していたが、そんな自分にも彼女は厭わず寄り添ってくれた。そのことで学園内ではずいぶん助けられた。彼女がいなければ自分は孤立して中退していたかも知れない。
だから自分は彼女が好きだ。親に決められて顔を合わすだけだった伯爵家令嬢よりも、優しく微笑いかけてくれる彼女がよほど好ましい。
だから、こんな事にはなったが後悔していない。ケジメとして必要なことだった。3年経てば中央に戻れるから、その時彼女がまだ誰とも婚約も結婚もしていなければ自分が彼女を迎えに行く。もしもすでに相手がいて彼女が幸せになっていれば、その時は全力で彼女を応援したい。
まさかベルナール様に泣かされるなんて思いもよらなかった。私のいない所で何やってるのあの人。
そして、ベルナール様がべた褒めするものだからアルトマイヤー伯爵も私のことを調べたのだそうだ。私が何をやったのかも、今どうしているのかも、私の抱えた状況も、何もかも。
そんな折にラルフ様が私を詰って謹慎を食らい家に戻ってきた。そして私が彼の復職を口添えしたとお嬢様から聞かされて、伯爵はそれら全部ラルフ様に伝えた上で公爵家に戻したのだそうだ。
そう言えばベルナール様のお父様は中央騎士団の副団長に降格になって、地方騎士団統括の任に当たられているんだっけ。つまりラルフ様のお父様の直属の上司ということになる。ラルフ様と私と、そんな風に縁付いていたなんてちっとも知らなかった。
ていうかめっちゃ恥ずかしい。ラルフ様全部知ってたんや。だから戻って早々あんなに申し訳なさそうに詫びてきたのか。そしてそのあとずっと私を気にかけていたのもそれが原因か。
うわあマジで穴があったら入りたい。けど絶対入る前に彼の腕に閉じ込められる。詰んだ。
まあいいけど。でもこんな事になって以降ずっと甘い言葉と声と顔と掌で蕩かしてくるのマジでやめて欲しい。嬉しいけど恥ずかしい。お嬢様もオーレリア先輩もめっちゃイジってくるし、アルメル様までキラキラした目で見てくるし。
嬉しいけどホントに恥ずかしい。もうお嬢様のことイジれないじゃん!
泣かされたと言えば、お嬢様にも泣かされた。
私があのゴロツキどもに拉致られて、怪我をして意識を失ったまま公爵家に運び込まれた際、実はお嬢様が見たこともないほど狼狽してパニックになっていたと、オーレリア先輩に聞かされたのだ。
もちろんオーレリア先輩もアルメル様も奥様も他の侍女の方々も騒然としていたらしいのだけれど、お嬢様の慌てぶりはそんな比ではなかったそうで。「しっかりなさい!」「勝手に死ぬなんて許さないから!」と泣き叫んで動揺して、だから[治癒]をかけた時も手元が狂いまくりで、上手く治癒できてなかったのはそれが原因らしい。
そんなに動揺していたのなら青の術師を待てばよかったのに、出血量を見て一刻を争うと思い込んだのだそうで、それで周りが止めるのも聞かずに必死で[治癒]をかけ続けてくださったのだとか。
うわあ。お嬢様が案外見栄っ張りなのは知ってたけど、そこまでか。私には澄ました顔して「冷静に対処できた」なんて言ってたくせに。全然冷静じゃないじゃん!
でも、そこまで心配して焦ってくださったと聞けて本当に嬉しかった。嬉しくて申し訳なくて、喜びのあまり涙して、やっぱりお嬢様には生涯仕えていこうと心に決めた。
だけどこの話を聞いたことはお嬢様には絶対秘密にしよう。バラしたオーレリア先輩をクビにされても困るし。
ちなみに、お嬢様の王子妃教育で魔術の講義を担当したのは当時の筆頭宮廷魔術師だったギレム伯爵。
そう、オーギュスト様のお父様だ。
つまりお嬢様が[治癒]を使えるのは、オーギュスト様のお父様に習ったからなのだ。
オーギュスト様ご自身はあのお試し教育のあと自領の伯爵家本邸で蟄居なさったままだけど、私のことは手紙でギレム伯爵に頻繁に伝えてあったそうで、伯爵は私が怪我をした時も真っ先に駆けつけてくださったのだそうだ。
ギレム伯爵とは直接会ったことも話をしたこともないから、オーギュスト様が私をなんと言ってたのか分からないけれど、なんかベルナール様と大差ない気がする。うん、ギレム伯爵には絶対会えない。まあ会う機会も多分ないけど。
この時の私は、年明けの婚約式でギレム伯爵にばったりお会いして全部聞かされて悶え死ぬことになるなんて、ちっとも気付いていなかった。
世の中、知らなくていいことってあるんだなあ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
季節はどんどん深まって、寒さは厳しくなる一方なのに、なんでか私はめっちゃ温かい。
いや原因なんて分かってる。この分厚い胸板のせいだ。
嬉しいし幸せだからいいんだけどさ。
もうちょっと人目ってものも気にして欲しいと思わなくもない。公私混同、よくない!
まあそんな私たちは今、婚約式の手続きを進めるためにお邸の談話室を借りてるんだけどさ。でも、膝に乗っけて後ろ抱きにする必要、なくない?
まあ幸せに包まれる感覚嫌いじゃないけど。
思えば私がこの人のことを苦手だと思ってたのって、自分の芯を折られそうで怖かったからなんだなあって、今なら分かる。折られた先にこんな幸せが待ってるなんて、気付きもしなかったよね。
「それでだな。招待客はこの一覧を全員呼ぼうと思っている」
「いや人数多くないですか?」
親類縁者や公爵家の方々はともかくとして、なんでベルナール様のお家とかオーギュスト様のお家まで入ってるの?しかも殿下とか王太子ご夫妻にレティシア様まで!?
「式には必ず呼べと仰せられてな」
「いや婚姻式でもないのに!?」
言いそう。殿下も王太子妃殿下もすごく言いそう。そして言われたからには拒否なんてできるわけがない。
「貴女が嫌ならご遠慮申し上げようか?」
「嫌だなんてとんでもない!」
言えるわけないよ!恥ずかしいだけだよ!
ていうか年明けまでまだ1ヶ月以上あるのに、その間ずっとこの恥ずかしさに悶えなきゃなんないって、一体なんの罰なんですか〜!?
「継ぐ爵位は男爵位だが、この爵位は我が国の創建時から続く由緒ある家名でな。それで王家の覚えもめでたいし、婚約式と同時に爵位の継承式も併せて執り行う事になっているから、多少派手になるのも仕方ない。
だが、貴女は大丈夫か?」
「大丈夫じゃない!聞いてないわそんな話!」
「今初めて言ったからな」
だからなんでそんな楽しそうなの!?
「会場はリュクサンブール宮殿の小ホールをお借りすることになっていて━━」
「待って!?嘘でしょ!?」
「費用の大半もレティシア様のご厚意でご用意頂けると━━」
「ぎゃあ━━━!!」
「レティシア様たってのご希望だと伺っている。『お友達のために、このくらいしかできないけれど』と有難くも仰られて━━」
そりゃ『お友達になりたい』と仰られてたけど!
お友達らしいことなんにもできてないのに!
「この婚約式と継承式が終われば、私は正式にウェルジー男爵家を継ぐことになり、名もラルフ・ド・ウェルジーと改まる。婚約者であり男爵夫人となる貴女も正式に貴族に復帰して、コリンヌ・ド・ウェルジーと名乗ることになる」
「ウェルジー!?待って!?」
国史教育で出てきたしその家名!ガリオン創建前からある貴族家じゃん!てか歴史上は伯爵家だよその家名!
「ウェルジー家は4代前がイヴェリアスと内通して内乱を起こしてな。降格の上取り潰しになったんだ。家名だけは残されて、それ以来男爵位として我がアルトマイヤー家が賜って保持している」
「アルトマイヤー伯爵家ってそんなに偉いの!?」
「元はブロイス貴族だ。6代前のご先祖がブロイスとガリオンの戦争でガリオン側に与してな、それを嘉され領地と爵位を頂いている」
「だよね!?なんか響きがブロイスっぽいと思ってたんだ!」
家名だけじゃなくてラルフ様のお名前もブロイス系だし!
ていうか国史教育の教科書に出てくる話ばっかじゃん!私もしかして歴史の1ページになっちゃうの!?
「うわあ………ラルフ様のお家がそんな凄い家だとか知らなかったわー……」
「何を言っている?貴女の生家のリュシオ家だってなかなかのものだぞ?」
「えっ?」
「イヴェリアスに内通した当時のウェルジー伯を討ち取った武門の家系がリュシオ男爵家じゃないか」
「マジで!?」
まさかの繋がり!?
うわあ、うちの家の歴史なんて興味なかったから全っ然知らなかった!でも確かにお父様は南方騎士団にお勤めだったわ!
………あ!もしかしてそういう歴史があるから忠義に篤い家系だって陛下もご存知でいらしたとか!?
「そうだ、そう言えば、リュシオ男爵位は貴女が保持しているはずだぞ?」
「ウッソぉ!?」
「念のために調べたから間違いないはずだ。お父上の爵位返上と貴女の離籍が同時だったからな、処理上貴女は『リュシオ男爵家からの離籍』になっていて、お上のご沙汰次第で籍を戻すことが可能だ」
そんな、まさか。
私次第で我が家の家名が復活できる…?
そうすればお父様の名誉も回復できて、今の苦しい生活からも解放される………?
「今のところはウェルジーの名を継ぐ予定になっているが、貴女が望むなら『リュシオ家の継承』ということにしても構わないが?」
手続きがひとつ増えるだけだから問題ない………って問題ない!?なんか許可される前提で話してないラルフ様!?
「いや、いいです………お父様にもご相談しないといけなくなるし」
「なら、リュシオ男爵家は私たちが結婚して息子が生まれたら、次男以降が継ぐことになるだろうな」
「男の子ふたり以上産むこと前提なの私!?」
「頑張らないとな」
ううう…!いーい笑顔で気安く言いやがってコノヤロウ!子供産むどころか、私たちまだ手も繋いでないのにぃ〜!
って、そ、想像したら………か、顔が……!
あっ、あっつぅ〜〜〜!?
正確に読んで欲しくてタイトルにルビ振ろうとしたらやっぱりできませんでしたorz




