公爵家侍女と“三大淑女”
仕事に復帰したあとは、しばらく忙しい日々が続いた。
お嬢様に随伴して王宮へも行ったし、お嬢様に侍ってお話のお相手も務めたし、お嬢様のお茶係に任命されて淹れる度に「まだまだね」とダメ出しされては練習を重ねたし、お茶の相伴を命じられて拘束されたし、そんな合間合間にローラン様にお嬢様のご予定を流し続けたし。
そう、王宮へ誰も随伴しようとしなかったお嬢様が、私だけは連れて行ったのだ。
そりゃまあ、王妃様や王太子妃殿下から連れてくるよう言われてるのは聞いてるけどさ。いいのかなあ、私罪人なんだけど?
「だからこそ、よ」
「えっ?」
「だって監視しないと、でしょう?」
えー。
まあそう言われると言い返せない。
でもまあ、それはいいとして。
「なぜラルフ様まで?」
「私は護衛ですから」
いや、お嬢様って護衛も普段連れ歩かないのに。
そもそも王家から影をつけてもらってるのよお嬢様は?
「………言っても聞かないから、仕方ないのよ」
「えっ?」
「何でもないわ」
なんかお嬢様が呆れてる気がする。
なんで?
「それより、お身体の具合はいかがですか?」
「えっ私ですか?」
いやいかがも何も。あれから何日経ったと思ってるんですか?もう寒季になろうかって時季ですけど?
「ずいぶん寒くなってきましたし、傷に響くといけません。念のために上着を羽織っておいて下さい」
「いえ、私などよりまずお嬢様を気遣うべきでしょう!?」
ホントなんなの?なんかあれ以来、やけにラルフ様が世話焼こうとしてくるんだけど!
「………やっぱり過保護だわ」
「何か仰いましたかお嬢様?」
「いいえ、何でもないわ」
話してる間に馬車が王宮に着いたみたい。そう、今日も私はお嬢様に連れられて王宮にお邪魔することになっているのです。
馬車が停まると同時にラルフ様が扉を開けて外に出て、王宮のお迎えの護衛が寄ってくる前にお嬢様をエスコートして馬車から降ろす。
「さあ、お手をどうぞ」
いやだから、なんで私にまでエスコートしようとしてるのよ!?
「必要ありません」
わざと手を取らずにひとりで降りる。
なんかちょっと、気持ち悪い。
って、ああもう!叱られた大型犬みたいにシュンとするのやめなさいよ!
「ラルフ様、もう散々聞いてらっしゃるでしょう?私は罪人、監視対象なんです。貴族のご令嬢を相手にするみたいになさらなくていいんですよ?」
「しかし、貴女は淑女だ」
「………はい?」
「私は日頃から、貴女がどれほど努力しているか知っています。貴女はお嬢様の侍女として日々スキルを磨きつつ、ご自身の勉学と淑女教育も疎かにしていない」
えっ?
「男爵家のご出身でありながらご自身のせいでご実家を没落させ、自ら離籍しながらも、今でもご実家に援助を行っているのも知っています。ご自身も賠償の支払いで苦しんでいながら、貴女は自分自身よりも常に周囲を優先しようとなさる」
いやいや待って待って?
こんな王宮入口で何言い出してるのこの人!?
「不埒者どもに拉致された際にも、貴女は公爵家侍女としての矜持を忘れずに毅然とした態度を取り続けた。自らを罪人と卑しめながらも、その実貴女は立派なひとりの淑女だ」
「いえ、その………そんな」
ちょっともう貶されてるのか褒められてるのか分かんない。
なにこれ?なんの罰なの!?
「どうか貴女には、その矜持に相応しい態度を取って頂きたい。誰が何と言おうと、貴女は━━」
「ラルフ、そのくらいになさい。そして貴方の仕事はここまでよ。あとは控室で待っていなさい」
「………は、申し訳ありません。お帰りをお待ち致しております」
お嬢様に止められて、それでようやくラルフ様は頭を下げて護衛騎士の控室へと下がっていった。
ホントもう、なんなのよ。
「あの人一体なんなんですか………」
「分からない?」
疲れ果てて呟いた言葉に、お嬢様が目ざとく反応なさる。
「分からない、って何がですか?」
「彼の気持ちよ」
彼の気持ち?
あっ、そうか。まだ私のことを公爵家に仕えるべきでないと思っておられるのね。
だからこんな公衆の面前で辱めようと。
うわ、最低。
もしかして褒められてるのかと思ってちょっとドキドキして損した!
「………その顔は、分かってないわね……」
呆れたようなため息とともにこぼれた、お嬢様の呟き。
聞き返す間もなくお嬢様が“淑女の歩法”で進みだしたので、私も慌てて追随する。それとともにそれ以上聞けなくなった。
だって移動中は私語厳禁だから。淑女ははしたなくお喋りなどしないのです!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「それで?最近どうなの?」
王宮のお茶室ではなぜか王太子妃殿下とお嬢様と私とでテーブルを囲んでお茶会になっていた。
いやなんで!?
「それがこの子ったら、かつてあれだけ浮名を流したというのに、向けられる感情にすっかり疎くなってしまっておりまして」
「まあ、そうなの?」
いやなんの話ですか?
「ほら、ご覧くださいなこのキョトンとした表情」
「あら、まあ。ふふふ」
「もうそろそろ自分を許してもいい頃合いだと思うのですけれど………」
「それで?ご執心なのはどちら?」
「我が家の護衛騎士です。伯爵家の次男なのですが」
「あら。それじゃあ子爵位でも用意した方がいいかしら?」
「いえ、実家の持ち株を継げるようなので心配ありませんわ」
えっ、護衛騎士?
伯爵家のご次男?
それって………?
「あの、どなたのことをお話しなのですか?」
「これですのよ、全く」
「あらあら。困ったわねえ」
いや困ってるのは私です。
なんでそんな可哀想な子を見る目をされなきゃならないんですか!?
「あの。というか、なぜ私はこの場でご相伴にあずかっているのでしょう?」
「そんなの、わたくしが聞きたかったからに決まっているわ」
いえ、ですから王太子妃殿下。
何を聞きたかったのか教えて頂きたいのですが。
「本当は王妃様もご同席なさる気満々だったのだけれど。直前でご公務が入られて」
ヒェッ。
「あら、まあ。そうでしたか」
「だから、後で全部報告するようにと」
「それでは、わたくしからもお話し申し上げた方がよろしいでしょうか」
「ええ、そうしてくださるときっとお喜びになるわ」
怖い怖い怖い怖い!
私また何かしちゃったの!?
ていうか席がひとつ空いてるのって、そういう事だったのね!?
「それにしても、怪我の具合はもうずいぶん良さそうね?」
「はい、もうすっかり回復いたしまして。ねえ?」
「えっ?あ、はい!」
「あらあら。ふふ、そんなに怯えなくたって、取って食べたりしないわよ」
そんなこと言われたって!
怖いものは怖いもん!
「あら、すっかり遅れてしまったようで」
その時、知らない声がした。
まるで鈴を鳴らすかのような可憐な美しい声。思わずそちらに顔を向けると、そこには美しく鮮やかな金糸雀色の長い髪と輝きを湛えた金色の瞳のひとりのご令嬢が、優雅に淑女礼を披露するところだった。
そのあまりの美しさに、私は思わず息も忘れて魅入ってしまう。お嬢様よりもやや華奢で小柄なその方は、神の造形とでも言わんばかりの神々しい美しさに溢れていた。お嬢様も王太子妃殿下もそりゃあお美しい方だけれど、忌憚無く言わせて貰えればこの方はそんな比じゃない。見たことないけど、美男美女揃いと言われるエルフにだってこんな超絶美人は絶対いないと断言していい。
「皆様ご機嫌よう。ノルマンド公爵家が娘レティシア、お召しにより罷り越しましてございます」
あっ、この方がレティシア公女さま。
お嬢様が『まだまだ及ばない』と仰る、真の淑女。
「まあまあ、お待ちしてましたのよレティシア様。さあ、お座りになって」
王太子妃殿下にそう勧められて、公女様はスッとテーブルに歩み寄り、侍女が引いた椅子にふんわりとお座りになられた。
お座りになったところで、控えていた王宮侍女の方がサッとカップを用意し紅茶を注いで、音もなく公女様のお席に供する。うわ凄い。さすがは王宮侍女、所作から何からめっちゃ洗練されてる!
てか公女様顔ちっちゃ!肩ほっっそ!肌しっっろ!
まつ毛なっっっが!しかもまつ毛まで金糸雀色!?
豪奢なドレスのスカートに隠れて見えないけれど、この分だと絶対脚も綺麗でなっっっがいわ!
ていうか何このいい匂い!?香水!?体臭!?嘘でしょ何なの!?マジで人間なの!?美の女神様が転生してるって言われたって信じられるんだけど!?
「それで?こちらが例の方?」
「はい、公女さま。今はわたくしの元で侍女をしておりますの」
「まあ。ブランディーヌ様も“公女”でいらっしゃるのに。ふふ」
……………………ハッ。
その時私は唐突に気付いた。
レティシア様はノルマンド公爵家のご令嬢、つまり公女さま。
お嬢様はアクイタニア公爵家のご令嬢で、やはり公女さま。
そして王太子妃殿下は我がガリオン王家、つまりロベール家のお妃で、お生まれはアルヴァイオン大公家のご令嬢、すなわち公女さま。
ついでに言えば、たしかレティシア様はお母上がリュクサンブール大公家のご令嬢、要するに公女さまだったはず。
いやいやいや!
おかしい!絶対有り得ない!
私ひとりだけ場違い過ぎるでしょー!?なんで我が国の“三大淑女”とお茶してるのよ私━━━!!??
「ああ、そんなに畏まらないで。王妃様からも『この場は無礼講で良い』とお言葉を頂いているのよ」
思わず涙目でガタガタ震えだす私にそう仰ったのは王太子妃殿下。
いやそんなこと言われたって!むしろ余計に畏れ多いです!
「そうよ、もっと気楽になさいな。あの時の“昼餐”ではないのだし」
お嬢様!?私の黒歴史をここで抉らないで!?
「わたくし、同年代のお友達があまりおりませんの。ですからお友達になってくださると嬉しいわ」
公女さま!?そんな畏れ多いですぅ〜!!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
結局、そのあとどんな会話をしたのかほとんど覚えていない。気がつけば公爵家の馬車に乗せられて帰る途中で、何故かラルフ様に手を握られていた。
いやなにこの状況!?
「もう、気楽にしていいと言ったのに」
やや不満そうな、ちょっとむくれたお嬢様。
「い、いや無理ですって!我が国の三大淑女に囲まれるとかなんの拷問なんですか!?」
「でも、目指すべき理想点は見えたでしょう?」
そう言われてハッとする。
確かに言われてみれば王太子妃殿下も公女様も、会話から手指の動きまで全てが洗練されていて、淑女とはかく有るべし、というのを全身で表現なさっていた………ように思う。
まあほとんど憶えてないけれど!
「しかしそんな事より、貴女は貴女らしく在るべきだ、と私は思います」
ラルフ様が急にそんなことを仰って、それで思わず首を傾げてしまう。
「ラルフ。その言は淑女を目指す全ての娘への冒涜とも取れますよ?」
冷ややかなお声でお嬢様が言葉を放つ。
その声でラルフ様は慌てて、馬車の車内にも関わらず床に跪く。
「申し訳ございませんお嬢様。そのような意図ではありませんが、誤解を招いたならばお詫び申し上げます」
ですが、とそれでもなおラルフ様は続ける。
「私はコリンヌ嬢には、もっと彼女の長所を活かすべきであろうと存じます。誰しもがお嬢様や王太子妃殿下のごとき“完璧”は目指せませぬゆえに」
ちなみに、この間も彼は私の手を握ったままだ。
いい加減離して欲しい。
そのラルフ様の言葉に思うところがあったのか、お嬢様はそれ以上彼を叱らなかった。そして許されたと思ったのかラルフ様は、私の隣に座り直して手も握り直してくる。なぜだ。
「ラルフ様。いい加減手を離してください。そしてお向かいのお席にお戻りください」
「いいえ、貴女が落ち着くまではこうさせて下さい」
ですから!逆に落ち着かないんですけど!?
ていうかブンブン振られる尻尾が幻視できちゃうんですけど!?
そんな私とラルフ様を、横目でチラチラ見ながら笑いを堪えているの、見えてますからねお嬢様?そして笑うくらいなら助けてくださいよ!
そんな私たちを乗せて公爵家の馬車はルテティアの街中をゆったりと走る。きっと帰り着いたらお邸の侍女仲間に根掘り葉掘り聞き出されるんだろうし、もうこのあと仕事にならないなぁ。
はぁ、なんだかすごく疲れた。もう寝てしまいたいわ…。
「淑女」の立ち居振る舞いを表現するのって難しい………。
ちなみに王太子妃18歳、ブランディーヌとレティシアがともに16歳、侍女ちゃんが15歳です。
みんな今まさに思春期で、成長期。国の次世代を担う淑女たち。




