ガクたちとの別れ
「旦那様、奥様。長い間お世話になりました。本当にありがとうございました」
翌朝、リンファは二人に深々と頭を下げた。子供たちはこれが最後の別れとは思わず、
「早く帰ってきて遊ぼうねー、リンファ」
と、衣の裾にまとわりついていた。
「リンファ、元気で頑張るのよ。あなたなら大丈夫」
「ありがとうございます、奥様」
「リンファ。お前の器量ならもしかしたら王様のお手が付くかもしれない。その時は、わかってるな」
「はい、旦那様。心得ております」
昨夜、ガクとフォンファから閨での振る舞いは教えてもらった。とはいえ耳で聞いただけなので、どこまでできるかは定かではないが。
「娼館ならば実地で教えるのだけれどねえ。まさか王様より先に手を付けるわけにいかないものね」
「まあ後宮で女をよりどりみどりの王様だ。若い頃から経験豊富だろうしすべて任せておけばいいだろう」
「そうね。処女らしく振る舞っておくのがいいわ。じゃあリンファ、頑張ってね。元気で過ごしなさい」
「はい。それでは、行って参ります」
ガクとリンファは連れ立って役所に向かった。リンファと引き換えにガクは支度金を貰うのだ。
黙って歩くリンファに、ガクは少し申し訳ないような気持ちになっていた。
(家族同然に暮らして来たんだものな。こうして売られることを恨みに思ってないだろうか)
「なあ、リンファ」
「はい、旦那様」
話しかけると、いつものように微笑んで返事をするリンファ。
「もし、後宮でいじめられて死ぬほど辛かったら……その時は逃げて帰ってきてもいいぞ」
それは無理だというのは二人ともわかっている。後宮から逃げ出した者は処分されるのだ。
けれど、それでも敢えてそう言ってくれた気持ちが嬉しかった。もしリンファが本当の娘だったら……きっと、親というものはそう言ってくれるだろうから。
「ありがとうございます、旦那様。その言葉だけで嬉しいです。少しでも出世してたくさん仕送りできるように頑張りますね」
役所に着くと、役人がガクに袋に入れた支度金を手渡した。ズッシリと重いその袋に、思わずガクはにやけてしまう。だがすぐに顔を引き締め直し、リンファの肩を抱いて言った。
「じゃあな、リンファ。しっかりやれよ」
そして、逃げるように足早に去って行った。その隣ではメイユーの父親が涙ぐんで彼女の手を握り続けている。
「元気でな……元気でな、メイユー」
「大丈夫よ、父さん……お友達もいるんだから。頑張るから心配しないで」
いつまでも立ち去らない父親に痺れを切らした役人が咳払いをすると、ようやく彼は手を離し何度も振り返りながら立ち去って行った。
(やっぱり、これが本当の親なのかな)
リンファは寂しく思ったが、すぐに頭を切り替えた。今日からは後宮で下女として働くのだ。寂しさも恋心もすべて忘れて仕事に徹することを心に誓っていた。
「リンファ、お待たせしてごめんね。父さんったら急に寂しくなったみたいで……」
「いいのよ。優しいお父さんじゃない。メイユーのこと本当に愛してるのね」
「うーん、まあね……でも、お金目当てに売られたって事実は変わらないんだけどね」
リンファは、メイユーの冷静な言葉に驚いた。それは自分がガクに対して心の奥底で感じていたことだったから。
本当は、私を売らないで、と思っていた。自由を奪われる後宮での下働きなんかより、普通の人と結婚して子供を産んで、貧しくとも愛のある家庭を築きたかった。それが昨日のあの人とならどんなに幸せだったろう。
(諦めていたはずなのに、なんで今になってこんなに悲しいの……)
「あ、あれ? リンファ、大丈夫? しっかりして、私は側にいるから……」
メイユーが必死で慰めてくれている。リンファはこぼれそうになった涙をぐっと堪えて微笑んだ。
「ありがとう、メイユー。ちょっと寂しくなっちゃったみたい」
メイユーはリンファの頭をいい子いい子、と撫でてくれた。メイユーこそ、とってもいい子だとリンファは思った。
「二人揃っていますね。では後宮へ向かいます」
昨日の面接官がやって来て、ついてくるようにと促した。リンファとメイユーは小さい荷物一つを抱えて彼女のあとに続いた。




