政変
時は流れ、タイランは十七歳になり成人の儀を迎えた。成人すればもう摂政は必要ない。
「コウカクよ。大儀であった。これより摂政の任を解く」
「ははっ。ではわたくしはこれより宰相としてまた新たに王をお助けいたしますぞ」
「いや、コウカク。宰相はケイカにする」
「なんですと?」
タイランの前にひざまづいていたコウカクは顔を上げ、タイランを睨みつけた。
「ではわたくしは?」
ケイカが立ち上がり、よく響く声で言い渡す。
「お前は、処刑だ」
「な、なにっ!」
コウカクは立ち上がり、大声を出した。
「先代亡き後のこの国の安定した統治はすべてワシのおかげ。最大の功労者たるワシを、なぜそのような!」
ケイカは前に進み出て堂々たる態度で書状を読み上げた。
「被告人、コウカクは長年にわたり王に収めるべき税金を掠め取り、また役人から賄賂を得、貿易も一手に引き受けて巨額の富を築いてきた。それらはすべて本来なら国庫に入るべきもの。その罪は大きい。ここに証拠の帳簿もある」
若い役人が進み出て証拠を提示した。
「また、皇太后と通じるという不敬を働いた。これは王に対する最大の侮辱である。よって、二度と甦ることのないよう斬首刑に処す。また皇太后は流刑地送りとする」
「なっ……皇太后にまで罪を着せるとは! おのれケイカ、ワシの軍隊が黙ってはおらんぞ!」
「確かにコウカク殿、あなたの私軍は数も多く強い。しかし、私腹を肥やすのはあなたばかりで待遇は最悪だったと聞きます。給料を倍払うと言ったらすんなり寝返りましたよ」
後ろで大勢が立ち上がる音がした。振り返ると、昨日まで我が派閥だった者たちがみな、こちらに剣や槍を向けているではないか。
青ざめたコウカクは膝をつき、項垂れた。
「すぐに処刑せよ」
ケイカの声が響き、コウカクは両腕を抱えて連れ出されて行った。
「王よ。処刑をご覧になりますか?」
「いやいい。任せる」
「皇太后には今からお会いいたしますか?」
「皇太后を流刑地に送るのは……三日後か」
ケイカは頷く。本当はすぐにでも送りたかったが、タイランが少しだけ待ってくれと言ったのだ。だがいまだに会うかどうかの決断はついていないようだ。
(最後まで拒否されるのが怖いのだろう。母への思慕がそれほどに強い)
タイランは俯いていた顔を上げ、ケイカを見つめた。
「やはり、かまわぬ……すぐに送ってくれ」
「承知いたしました」
ケイカは深々と礼をするとコウカクの処刑場へ向かった。
何も言えぬようさるぐつわをされたコウカクは、処刑人によって首を落とされた。長年宮廷を牛耳ってきた男の、あまりにあっけない最期だった。
(そのためにこの五年、辛苦を舐めながら証拠を集め派閥工作をしてきたのだ。あの男に対する不満が渦巻いていたのも一因ではあったが、すべて思い通りになった。これからは我らが国を作っていくのだ)
その後ケイカはもう一つの負の遺産、皇太后のもとへ向かった。
「皇太后様。これより流刑地に出発していただきます。持って行けるお荷物は長持一つ分です。侍女はお一人まで。すぐにご準備を」
大きな扇を顔の前でかざしていた皇太后は、ふと扇を胸の前に下ろした。初めてその顔を見たケイカは、あまりの美しさに息をのんだ。タイランの顔は実は皇太后にもよく似ているのではないか。
「お前が、新しいコウカクとなるのですね」
凛とした冷たい声で言う皇太后。
「タイランに伝えなさい。母を無実の罪で流刑地に送るような王を、天は決して認めないと」
そしてまた扇で顔を隠してしまった。
「承知いたしました。では、お支度を」
一時間後、皇太后と年老いた侍女の乗った輿が宮城を出発した。荷物はほとんど持って行かなかったという。厳しい気候の流刑地で、高貴な女人が生きていけるはずもない。恐らく、楽に死ねる薬だけを持って行ったのだろう。
(息子に何一つ愛情を注がなかったくせに、恨み言を言うとはな。タイラン様には言わぬ。お前は臣下と不義を働いた愚かな女として名を残せばいい)
さて、とケイカは本殿へ向かった。新しい国を作るための会議だ。理想に燃える彼の計画の中に、タイランの出る幕は無かった。