愛と憎しみ
「では王の命令ではなかったと……⁉︎」
スイランの問いにジンファンは頷く。
「でなければ、タイランがこんな書簡を寄越したりするまい。大方、修道院行きを当日聞かされて、急いで私に事情を伝え託そうとしたのだろう。修道院に行かせることを拒否すればケイカにスイランを殺されてしまうかもしれんしのう」
「そんな……」
「このリーシャもそうじゃ。コウカクと通じていたなどと不名誉な罪を着せられたが、それを受け入れねば殺される。タイランはそう思い、密かに流刑地行きの馬車にこちらへ向かうよう指示を出していたのだ」
リーシャは穏やかな顔をしている。タイランから聞いていた彼の母は、常に冷たく怒った顔をしていたという。だが今はそんな雰囲気はまったくない。
「流刑地に送られると思っていた私はタイランを恨みに思っていました。ところが着いた場所はこの修道院。ジンファン様に、タイランがそのように手配したのだと聞かされて……あの子の私を思う心を知りました。もう二度と会えない今になって、やっと」
「あの子は母思いの良い子じゃ。もうわかっておろう」
「はい、ジンファン様。こうなったのも、すべて私の責任です」
リーシャはそう言うと顔を上げスイランを見つめた。
「スイラン。私は先王に見初められ無理矢理結婚させられた。それを恨みに思い、ずっと心の中に怒りの炎を燃やし続けていたのです。そのせいで我が子を可愛いとも思えず、ずっと乳母に育てさせて抱くこともしなかった」
夫のことも子供のこともまったく好きになれず、すべてが鉛色の生活だったという。
「あの子が私を求めてきても、いつもはねつけていた。あの子に罪はないというのに、王に似ている、ただそれだけで」
リーシャは少し遠い目をした。そしてまた話を続けた。
「先王が亡くなった時、私は一滴の涙も流さなかった。そしてあの子が若くして王になったというのに放置して、支えることをしなかった。それが間違いだったのでしょう。コウカクが摂政となり政を自分のいいようにし始めたのです」
ジンファンが言葉を挟む。
「コウカクはウンランが病気で弱った頃に台頭してきた男でな。ウンランが死んだ折にタイランの摂政の地位を無理矢理にもぎ取り、それからは幼いタイランを隠れ蓑に好き放題じゃ」
「……それでも私はタイランを拒否し続けた。薬草を摘んできた時のことも覚えています。そう、あの時も私はあの子の顔すら見ようとしなかった――」
そこまで言うとリーシャはスイランの側へ来て手を握った。
「リ、リーシャ様……」
「許しておくれ、スイラン。あの子の蛮行は私のせいです。あの子をそこまで追い詰めたこの母の。あの子を許せとは言えないけれど、憎む心を和らげてはもらえないでしょうか」
スイランは戸惑い、何も言えなかった。
「スイラン。憎み続けることはそなたにとっても辛く苦しいことじゃ。このリーシャも、そうして苦しみ続けていた。私の甥、ウンランのせいでの。ここへ来た時もまだ、その苦しみに苛まれていた」
「愛する人を殺された悲しみと苦しみは耐えがたいものです。だからスイラン、あなたの気持ちはよくわかる。でもここへ来てジンファン様とお話しするうちに、物事には違う面があることに気づかされました」
「違う面、ですか?」
リーシャは頷く。
「先王が私を手に入れるために恋人を殺した、そう思っていました。本当は、私が王から望まれていることを知った恋人が絶望から自害していたのだとジンファン様に教えられたのです。そして王は私にそのことを言わなかった。私が後を追うことを恐れて。自分が殺したと思われてもいい、憎むことで生き続けていてくれたらとそう思っていたのだそうです」
「……ウンランのしたことは非道であった。愛し合う恋人を引き裂くなどとはのう。だがそれでも抑えられぬ恋心というものもある。ウンランは決してリーシャに愛されることはなかったが、側に置いておくという望みだけは叶えることが出来た――愚かな甥よの」
リーシャは涙を一筋こぼした。
「今でも先王を愛する気持ちはありません。ただ、哀しい恋をしていた人なのだと理解することができて……もう、許そうと思えるようになりました。そして私の心は憎しみから解放されたのです。けれど、私の長年の憎しみがタイランに絡みつき、今こうして新たな怒りや憎しみを生んでいると思うと……」
スイランの手を握るリーシャは震えている。
「すぐにとは言えません。でもいつかあなたも苦しみから解放されるように、私も自分の罪を悔い改め、祈り続けます」
いつの間にかスイランの瞳からも涙がこぼれていた。
「リーシャ様、ジンファン様……ありがとうございます。私は自分で自分の心がわからず辛くなっていました。でもこうしてお二人の話を聞いてタイランの思いを知り、少し救われた気がします」
「そうじゃ、スイラン。怒りに囚われて振り回されるな。ここでは幸い落ち着いた環境で祈りを捧げることができる。その中で自分の心をゆっくりと見つめていくとよい」
そうして、スイランは庵で生活を始めた。スイランは庵の洗濯と掃除を担当し、食事は主屋にいる女性たちが交代で届けてくれる。朝に夕に祈りを捧げ花や野菜を育て語り合う、穏やかな日々が続いていった。
そして――チュンレイと再会したのだ。




