母への思い
ケイカはタイランを抱いて宮城へと急ぎながら、森へ向かう前のことを思い出していた。
昨日から体調を崩していたという皇太后。その話を耳にしたタイランは今朝早く王の森へ向かい、母のために薬草を摘んでいた。そして少しはにかみながらケイカに話しかける。
「ケイカ、ここの薬草ならば母も受け取ってくれるのではないだろうか。私が王になって半年が経つが、地方からの貢ぎ物も外国の珍しい品も、私からは何一つ受け取ってはくれぬ。だが薬草ならばきっと……」
「そうですね、タイラン様。王が自らお摘みになった薬草、断る理由はございませんでしょう」
だがその考えが甘かったことをタイランもケイカも思い知ることになる。
その後、皇太后の住む宮を訪れたタイラン。花と薬草で満たした籠を自ら届けたのだ。ほんの少しの期待に頬を染めて。
だが皇太后は扇を大きく広げ顔を隠したままで対面し、冷たい声で言った。
「いりません。お前の顔など見たくないと、いつも言っているでしょう。ここへは来ないでちょうだい」
その言葉を聞いたタイランは一瞬だけ顔を歪め泣きそうな表情になった。しかし黙って一礼し皇太后の御前を下がると、そのまま城を抜け出し森へ向かった。
ケイカが後を追うと、朝微笑みながら薬草を摘んでいた辺りで剣を振り回し、めちゃくちゃに斬り裂いていた。
「なぜだ……! なぜ母は私を愛さない! 私は父とは違うのに! 顔が似ているからと、私を見ようともしない……!」
剣を振り回すのに疲れハアハアと荒い息遣いのタイランは、ケイカに言った。
「ケイカ。少し一人にしてくれ。しばらく向こうに行っていてくれ」
タイランの目には涙が光っていた。王たる者、涙を他人には見せたくないのだろう。
「はい、タイラン様。私はここに控えております」
タイランはふらふらと木々の中へ分け入って歩いて行った。森の出入り口には部下を配置してある。しばらく彼を一人にしても差し支えないだろうと思っていた。
まさかその間にタイランが子供を斬りつけてしまうとは。
(タイラン様は武芸の鍛錬をしておられるが、人を斬ったことはない。残虐な王と噂されているのは摂政に実権を握られているからだ。タイラン様を隠れ蓑に、抵抗勢力を次々に処刑する摂政コウカクのせいだ。その噂に心を痛めていたタイラン様なのに……皇太后様に拒絶された心の傷が、その子供に向かってしまったのか)
あの子供には気の毒であった。恐らく薬草を摘みに入って来ただけなのだ。しかも母のために。
(母親に愛されている子供が憎かったのか……)
初めて生きている人間を斬った感触は恐ろしいものだろう。ケイカの腕の中のタイランは微かに震えている。
(タイラン様はもう皇太后の愛など求める必要はない。今日のこともすべて乗り越えて強い王になっていただく。そのためにこのケイカ、全身全霊でお仕えしよう。コウカクから実権を取り戻し、タイラン様を諸国の王にしていくのだ)
先代の王ウンランからタイランの側近を命じられ、幼き頃からずっと側にいたケイカ。彼自身にも野望があった。この国をもっと大きくし、タイランの右腕として国を動かしていくこと。そのためにも邪魔なコウカクには消えてもらわねばならない。
(老害には去ってもらう。コウカクにも、皇太后にも)