絶望
初めて宮城へ入ったガクはもの珍しげにあたりを見回していた。門から城内までがえらく遠い。案内されたのもだだっ広い部屋だった。そこで一人で待っていると、鈴の音が鳴り、王が入ってきた。
ガクは慌てて平伏し、王の顔を見ないようにする。不敬だと言われてはいけないからだ。こちらに近付いてくる足音が聞こえ、ガクの前で立ち止まった。
「ガクと申したな。顔を上げよ」
「はいっ」
恐る恐る顔を上げると、端正な顔をした銀髪の青年がそこにいた。
(こりゃあ、噂通り本当に美男子だなあ。リンファと並んだらさぞお似合いだろう)
呆けた顔をして王を見つめるガク。
「ガク、少々尋ねたいことがある。リンファのことだ」
「はい、王様。リンファがどうかしたのでしょうか」
「リンファは、自分は拾われた子だと言っていた。お前は、どこでリンファを拾ったのか」
ガクは答えに詰まった。王の森で拾ったと言ったら罰せられるのではないかと思ったのだ。
「正直に話してくれ。もしや、森で拾ったのではないか」
「は、はい。実はその通りです。あれは五年前になりますか、ちょっと所用で森に入りましたらあの子が倒れていたんです」
(五年前……あの日と同じ)
タイランはかすかに震える声でさらに尋ねた。
「その横に誰かいなかったか。側に死体はなかったか」
「いえ、誰も。ただ、新しい土が盛り上がっていましたので、誰か埋められたのだな、と思いました。あの子自身に怪我はありませんでしたが、顔が血で汚れていたのです」
「名前は? 名前は何と言っていた」
「それが、何も覚えていなかったのですよ。私が見つけた時は気を失っていましたし、家に連れ帰って目を覚ました時には、名前も住んでる場所も何ひとつわからない状態で。だからリンファと名付けて、うちで育てることにしたんです」
(やはりリンファは少年の妹に違いない……あの時の衝撃で記憶をなくし、そのまま後宮に来たのか。そして、昨日の血を見てそれが蘇った……)
「あの……王様? リンファは大丈夫なのですか」
顔が真っ青になってしまった王を不審に思い、ガクが質問した。
「あ、ああ。昨日から熱が下がらない。襲撃犯を切り捨てた場面を見てしまい、気を失ってしまったのだ。命に別状はないと思うが」
「そうですか……。命が大丈夫ならば安心しました」
タイランはリンファについて何か思い出したことがあれば申し出るように約束させ、ガクを帰した。
誰もいなくなった広間でひとり、タイランは呆然と立ち尽くしている。
(――つまり、リンファにとって私は兄を殺した憎い人物なのだ……)
あの時のことは長年の心のしこりだった。罪を犯した自分は生きている価値がない、消えてしまいたいと思っていた、そんな私を温かく包み、赦しを与えてくれたリンファ。兄を殺した相手だと知らぬままに。
『近付かないで』と叫んでいた声が耳から離れない。もしかしたらもう、リンファは私を愛さないかもしれない――タイランは黒い絶望が我が身を取り囲んでくるのを感じていた。




