少年王タイラン
少女の悲鳴を聞いて森の奥から一人の男が駆け出して来た。ガッシリした体躯、大きな剣を腰に差した男はこの凄惨な現場に顔をしかめた。王の足元には貧しい身なりの少年が血塗れで、幼い少女と共に倒れていた。
「タイラン様! いったいこれはどういうことですか!」
「ああケイカ。何でもない。盗人を斬っただけだ」
「まだ子供ではないですか……! なぜこんなことを!」
少年王タイランは冷め切った顔で言った。
「気に食わなかった。ただそれだけだ」
クルリと踵を返して森から出て行くタイラン。ケイカは部下に死体の始末をするように言い、すぐにタイランの後を追った。
「ひでぇなあ。あの歳で平然と人を斬れるなんてよ」
「まったくだ。しかも自分と変わらぬ年頃の子供をなあ」
部下たちは穴を掘りながらヒソヒソと話をしていた。そして、死体を埋めようと持ち上げた時一人が叫んだ。
「お、おいっ。この娘っ子の方は生きてるぞ」
「気を失ってただけか。おい、どうする。一緒に埋めるか」
二人は顔を見合わせた。こんな年端もいかぬ少女を生きたまま土の中に埋めるだなんてどうにも気分が悪い。
「坊主だけ埋めて、こっちはほっとこうぜ。上手くいきゃ誰かに拾われるだろ」
「だけどこのまま夜になったら狼に食われちまうかも……」
「それは俺たちのせいじゃねえだろ。俺たちが殺したんじゃねぇ、狼のせいだ。とにかく、生き埋めなんてしたくねえよ」
この男には同じくらいの娘がいたのだ。
「そうだな。そうしよう」
二人はチュンレイだけを穴に埋めてしまうと、気を失ったままのスイランをその横に寝かせた。せめてもと、落ちていた枯れ葉を体にかけてやった。
「じゃあな。運が良ければ生き残るだろうよ」
二人の足音が遠ざかって行った頃、森にとある男が入って来た。
「今日は珍しいな。兵士が二人出て行ったぞ。用心して隠れておいて良かった」
商人のガクは森を出た兵士が外壁の門から中へと戻って行ったのを確かめてから森に入って行った。薬師に納める薬草が少し足りないのだ。
「ここにはいい薬草が生えてるからな。いつも助かってるぜ」
勝手知ったる森の奥の方へ向かう途中、妙な違和感を感じた。
「なんだ? 何かいつもの風景と違う……」
キョロキョロと辺りを見回すと、掘ったばかりらしき柔らかな土の山がこんもりと盛り上がっていた。そしてその横の枯れ葉の下に、白いものがチラリと見えた。人間の顔だ。
「死んでるのか?」
そっと近寄ると、血で汚れてはいるが可愛らしい女の子だった。かすかに息もしている。
「親に捨てられたか。このくらいの歳なら、森に捨てずとも使い道があるだろうに」
ガクは商人としては駆け出しだが、なかなかの目利きであった。その嗅覚で、この少女は高く売れると結論づけた。さっと少女をおぶって背中にくくりつけると、また薬草を求めて森の奥へと入って行った。
「お待ち下さい、タイラン様」
足早に宮城に戻ろうとするタイランに追いついたケイカは、タイランの前に出て進路を塞ぐようにひざまづいた。
「なんだ、ケイカ。城を抜け出した時は早く戻れといつもうるさく言っているくせに、今日は邪魔をするのか」
「おっしゃる通りですが、その姿のままでは騒ぎになってしまいます。お召し物に血が飛んでおりますゆえ」
ハッとタイランは自分の姿を見下ろした。変装のために被っていた薄絹には赤いシミが点々と付いている。血の匂いがする気がして、タイランは思わず顔をしかめた。
「こんな物、捨てればよかろう」
そう言うが早いかタイランは薄絹をむしり取り、襦裙も脱ぎ捨てた。下着など着ていない時代のこと、タイランは生まれたままの姿である。
「タイラン様っ」
ケイカは慌てて羽織っていた上衣を脱ぎ、頭から被せて体を包むと抱き上げた。
「失礼いたします」
王の体に触れるなど不敬なことであるが、そうも言ってはいられない。タイランを抱いたままケイカは城に向かって歩き始めた。
眉間に皺をよせて険しい顔のケイカ。その腕の中でタイランはポツリと呟いた。
「薬草など、母は喜ばぬ。愚かな子供よ」
ケイカはタイランの顔をそっと覗き見たが、タイランの目ははじっと遠くを見ていてケイカと視線を合わせることはなかった。