四ノ宮の第二妃
空が白み始めた頃、タイランは宮城に戻るために身支度を始めたが、リンファにはそのまま寝ているように言った。
妃とはそういうものらしい。
「いえ、わたくしのような身分の者がそんな失礼なことは出来ません。身支度のお手伝いをさせてくださいませ。それに、鈴も鳴らさなくては」
タイランは少し難しい顔をした。
「それらは女官の役目なのだがな。まあいい。では鳴らしてもらおうか」
リンファは王のための鈴を手に持ち、振ってみた。初めてで上手く音を出せなかったのでもう一度、力を込めて振る。すると遠くで鈴の音がした。正門の番人が返事を送っているのだ。やがて門が開く音が聞こえてきた。
「ではリンファ。明日……いや、もう今日だな。また来る。待っていてくれるか」
「はい、タイラン様……お待ちしております」
タイランはリンファに口づけをし、名残惜しそうにもう一度抱きしめてから部屋を出て行った。
タイランが去ったあと、リンファはそっと唇に手を触れた。タイランの口づけを、そして昨夜のタイランの顔や声、温もりを思い出していると、なぜだか涙があふれてきた。
(幸せなのに涙が出ることもあるのね)
しばらくはうっとりと物思いに浸っていたリンファだが、いつもの朝仕事の時間になってしまうことに気が付いた。
(たいへん。急いで制服に着替えなくては)
昨日まで着ていた薄い色の襦裙を大部屋まで取りに行こうと扉に近寄った時、外からビンスイの声が聞こえた。
「失礼いたします。リンファ様、入ってもよろしいですか」
「は、はいっ、ビンスイ様。おはようございます」
リンファは扉を開け、いつものように頭を下げて挨拶をした。ビンスイは女官だから身分が上なのである。
「リンファ様、頭をお上げください。今日よりリンファ様付きの女官となりましたビンスイです。よろしくお願いいたします」
ビンスイのほうが深く頭を下げ拝礼した。まるでリンファのほうが身分が高いかのように。
「えっ……。ビンスイ様、どういうことですか?」
「私がご説明いたします」
ビンスイの後ろからチンリンが現れ、同じようにリンファに拝礼した。
「リンファ様、この度は王の妃となられたこと、まことにおめでとうございます。これからリンファ様は四ノ宮の第二妃となります。我ら四ノ宮の女官は今後はシャオリン様と同様、リンファ様にもお仕えいたします。何なりとお申し付けくださいませ」
「え……で、では、朝の仕事は」
「もう下女の仕事をなさる必要はございません。王の妃でいること、それがあなた様のお仕事ですから」
下女だった時はあんなに明るく話してくれていたチンリンが、今は丁寧過ぎて冷たく感じる。やはりチンリンも自分に反感を持っているとリンファは思った。それだけシャオリンへの思いが強いのだろう。
実のところ、チンリン含め四ノ宮の女官たちは皆、リンファが一晩で下女から妃へと成り上がったことを苦々しく思っていた。
「庶民のくせに、シャオリン様の気持ちも考えずにしゃしゃり出て」
「世話なんかしたくないわ。無視してやりましょう」
「下女なんだから食事も裁縫も自分ですればいいのよ」
そんな風に話していたのだが、朝、王が帰り際にチンリンに告げた言葉で風向きが変わった。
「万が一リンファに害をなす者があれば、その者は王に楯突いたと見なす。今日は初日だから鈴を鳴らす女官すら置いていなかったことも目を瞑る。だが次までに改善されていなかったらその時は……わかっているな」
王の鋭い目にチンリンは彼の本気を見た。もしリンファを軽く扱えば責任者である自分の首はないだろう。
そういうわけでチンリンはすべての女官にリンファを妃として丁重に扱うよう言い渡した。そして細々とした世話をするための専用の女官としてビンスイを任命したのである。
「ではまず、妃用の襦裙を新調するためにお身体を測らせてください」
尚服を担当する女官たちが入室し、リンファの手足や腰回りを測り始めた。リンファは抵抗するすべはなく、されるがままだ。
尚寝の女官たちは昨夜の王との初夜の証が付いた布団を新しいものに取り替えていく。
(これは……恥ずかし過ぎる……高貴な方々は皆こんなことをされているの?)
羞恥に耐えられずうつむいているとチンリンが言った。
「リンファ様。本来なら衣服や調度品はご実家から送られてくるものです。しかしリンファ様のご実家には難しいでしょうから、とりあえずシャオリン様がお持ちの布を使うことになりました。これから急いで一枚目を仕立てさせますが、二枚目・三枚目の衣服は今後支給される給金でご購入いただくことになるでしょう」
「はい、わかりました……」
妃となると今までのように同じ服を着続けることはできないのだろう。高い給金をもらったとしても、その分出て行くお金も多くなるかもしれない。
(これから、私、ちゃんとやっていけるのかしら……)
何もかもが未知の世界。タイランの愛だけを頼りに進むしかない、そう思うリンファだった。




