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火のメガネ 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 つぶらやくんは、「火の玉小僧」の言い回しは知っているかな?

 火の玉は人魂の一種と考えられ、その熱をまといながら浮かび、いかなるところにも入っていく。その様子から、無鉄砲なことをやらかす男の人を、火の玉小僧と呼ぶようになったといわれている。

 しかし、どうして「火の玉」と「小僧」がくっついたのだろう。考えてみたことはあるかい? 私が以前に調べたところによると、特に有力とされているのが、沖縄を含めた南西諸島に伝わる木の妖精「キジムナー」を指すといわれる。


 多くの民話によると、キジムナーは人と縁を持つと、ぴったり寄り添うかのように付き合いを持ってくるそうだ。人間側の生活などお構いなしといったところで、対象とされた人間の中に、どんどん悪感情が生まれてくる。

 やがて人間の方から縁を切り出すんだが、その方法にはいくつかあり、もっとも代表的なのが、キジムナーの住処に火をつけて燃やしてしまうことらしい。そうしてキジムナーと無理やり距離をとった人間は、いずれも火に関連する事故や、キジムナー自身の加害により、不幸な目に遭うんだ。

 更にキジムナー自身、木の精霊でありながら火を出す存在だ。本州での盆と重なる8月の15日ごろ、「妖火ようか」と呼ばれる火が墓や旧集落など、不吉なところに浮かび、人との境の中へ入り込んでくるのだという。


 と、火をめぐる不思議は本州にもいろいろ存在していてね。このキジムナーの亜種といえるかもしれない話も伝わっている。

 どうだい、聞いてみないかい?



 その火の玉が現れたのは、古屋敷に住む老人が亡くなった、翌日のことだという。

 かの老人は、実に100年近くを古屋敷で過ごしていたと伝わっている。しかも、その100年前から、亡くなる前とほぼ変わらない老人の姿をしていたのだとも。実際、同じ村に暮らしている若者の、親や祖父も、その姿を確認したと話している。


 100年の時、いやひょっとすればそれ以上生きている存在。

 もはや彼の昔のいきさつを語れる者はおらず、村人たちは彼を気味悪く思う者と、その長寿の秘密を探ろうと接触をはかる者。純粋な興味から、知り合いになろうとする子供まで、大いに分かれたそうだ。

 前の二つに関して、老人は姿を見せることさえしなかった。たとえ表面をどれだけ取り繕うとも、その内面を見透かしたかのように、屋敷を留守にしていた。

 そして、純粋な興味を持った子供たちだけが、不思議と老人に会うことができたのだとか。我が子の心配をする親たちは、なんとかその様子を観察しようと後をつけるも、やはりそれも嗅ぎ取られるのか、老人の姿を見ることもできなかった。



 仕方なく、家へ戻ってきた子供たちに尋ねてみると、彼らは一様に「火のメガネをかけさせてもらった」と語ってくれたらしい。

 どのようなものか、聞かせてもらってもいまひとつ要領を得ない。

 かの老人が目の前で、横に長い数字の「8」を描くように指を動かすと、やがてその指先にだいだい色の炎が灯る。それでも怖じずに指を見続けるように言われるそうなんだ。

 その通りにしていると、やがて視界から老人の姿が消える。それだけでなく、その背後に見えていた屋敷や庭、他の子どもたちの姿さえ失せて、代わりに黒いとばりが覆う。そしてその中に、針先で開けたような白い光点がちらちらと……。


 子供たちの多くは、それを夜空とその星々だと感じたらしい。

 そして見せてもらう景色を、ほどなく真っ赤な光が斜めに横切り、落ちていく。その様に息を呑むたび、老人の落胆を交えたため息が聞こえたという。

 ほどなく視界が戻り、子供たちの目の中へ、また老人と景色が帰ってきた。

 老人は語る。あの一瞬見えたであろう星は、自分の宿星であると。つまりあの星が姿を消すとき、自分も去らねばいけない時だと。


「わしは、長くここに居すぎた。そして、いろいろなものを見すぎたわ。確かに疲れてはいるが……かなうなら、まだここで見届けたい気持ちもある。

 みな、できるならわしのところに、これからも来てくれぬか? いたずら、よこしま、いっさい無用。ただこのメガネをのぞいてもらえればよい」


 そう告げる老人の目は、どこか遠くを見ながらうるんでいたという。



 そして子供たちが訪れるようになって数カ月後。

 かの古屋敷で火事が起こった。燃え移るのを心配し、様子を見に来た村人たちだが、奇妙なことに炎が勢いよく燃えていたのは、屋敷の東南の角だけ。天を衝かんばかりの勢いで柱を上らせながら、他の壁や瓦をかすかに汚すことすらしない。

 屋敷の中へ入れてもらった子供たちいわく、あそこは老人の寝室がある場所なのだとか。

 火は日付が変わるまで燃え盛ったかと思うと、ふと上から押さえつけられたかのように、その柱がみるみる縮んで、屋根の高さにまで引っ込んでしまう。

 ややあって、その屋根の上からぽんと、鞠でも転がり落ちるかのように火の玉がこぼれた。その玉は地面につく手前、三尺ほどの高さへ浮いたかと思うと、ふらふらと庭の真ん中へ。そして大きく8の字を描いて回り始めたんだ。

 今度は大人たちが見ている前でも、確認できた。夜明けまでたっぷり動いた火の玉か消えると、やがて庭には真っ黒い8の字の焦げ目だけが残される。その8の字の二つの大きな空白の中心には、火の玉のものとは違う、紅色の点が残されていた。

 踏んでも、クワで掘り起こしても、点はそこにあり続けた。人々はこれが、地面についたものではなく、もっと高く。空に存在するものが、陽の光が注ぐようにここへ届いているのだと、気が付いたのだとか。



 紅色の点は、日増しに大きくなっていく。

 子供たちから話を聞いていた大人たちは、それぞれの親戚を頼り、いったん村から避難したらしい。

 それからいくばくもしないうちに、村のある一帯を大きく揺るがす地震があったんだ。収まってから恐る恐る戻った人々が見たのは、無事な建物が一つもないほどに、荒れ果てた自らの村。そして古屋敷のあった庭を大きくうがつ、巨大な穴だったというんだ。




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