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第30話 開幕、『エセカイ転生系』(上)

 アクセスがよい最寄駅から校門に入り、まっすぐ歩いた先に、正方高校の敷地内最大の建造物が見える。

 生徒全員を容易に収納できる大規模ホールである。


 新書を段々と積み上げた砦みたいな奇抜な作りをしており、天から見下ろすとスクエアー、つまりは五角形になっているらしい。


 情報源である墨守によると、なんでも国際的に有名なデザイナーと理事長が知り合いだそうで、そのコネだとかなんとか。まあ、そもそも学籍がない人間の通学を認めている時点でろくな理事長ではないのだろうけど。


 演劇部の連中はここで練習を行っており、見物にくる生徒も多いとか。

 公演時刻が近づくにつれて、ホール内部の熱気が強まっていく。普段はあまりはしゃがない連中もこの時ばかりはテンションが高めだ。


 ここ数年間、公演は好評である。それは昨年まで姉さんが、主導権を握っていたのもあるのだろう。まあ、今回の脚本を書いているのは『天拝山マツリ』、すなわち姉さんであるから、その影響は今年も変わらないのだけど。ともかく、生徒の注目度も高い。


 舞台袖から客席を眺めると、チクチクと肌を指すような気配が感じられた。

 ……本当にうまくいくだろうか。いざ公演を始めて見れば、これも含めてドッキリだったなんて言う結果が待ち受けているのではないか。そう考えると背筋が冷える。


「なに、気負う必要などない。リラックスすべきだ」


 格好良く僕をなだめる共書。

 しかし、その声は微かに震えていた。右手には、今回の台本を破けるんじゃないかと思うほどに握りしめている。普段から役を演じて生活をして、ラスボスである『青年魔王』を演じる彼ですら緊張するのか。


「この台本を貴様の姉が書いたものだ。失態は許されまい」


 手のひらに三回『人』と書いて必死に飲み込む共書。しかし、プレッシャーのせいか上手く嚥下できなかったようで、咳を繰り返していた。むせるものなのか、それ。


 共書は姉さんに指名されて部長になった。上級生の反対を押し切るかたちで。そうなれば姉さんに対して、複雑な感情があるのだろう。僕とは違った種類で。

 今回、僕に脚本を依頼したのも、その辺の政争の末らしいし。

 結局、姉さんにはコマの一つと思われているようだが。


「そんなに怯える必要はないわ。トモヤ君。公演は成功するわよ。絶対に」


 微笑を浮かべる彩香さん。

 プロのアイドルになる女はこういった緊張とは無縁なようで。

 ちょっとだけ羨ましい。僕らもそれぐらい堂々したいものだよ。


「多少のアクシデントがあっても大丈夫。きっとワタシがうまくフォローしてあげるわ。だからそんなに考え込まないで。おきゃくさんをガッカリさせたくはないでしょ。トモヤ君も」

「それはそうかもしれませんけど……」

「不安であることには変わりない」


 この世に絶対なんて、絶対にない。それは『エセ恋TV』が当初の予定とは全く違ったエンディングを迎えようとしているところからも察せられる。もし、脚本が絶対的な予言書であるならば、僕は番組の事情にはたどり着けずに、ただのピエロとなっている。


 つまり『エセカイ転生系』においても。台本通りには行かず、結末が変わってしまうのではないか。そう思うと、不安に飲まれる。ここままでいれば、それこそシュレディンガーの猫よろしく、成功も失敗も同じ確率なのではないか。そんなことばかり考えてしまう。


「二人とも意気地なしね。ほら、時間になるわよ」


 彩香さんは僕と共書を引っ張り、舞台裏へと運んだ。


「これでスタンバイ完了ね。後は始まるのを待つだけよ」

「逆に言えば、もうなにもできることはないってことですよね」

「そう悲観的にならないでよ、トモヤ君。録藤綴が書いたシナリオに加えて、ワタシがいるのよ。最終兵器と呼ばれたこの『西城彩香』が」

「そんな異名を持っていましたっけ、彩香さんは」

「あら、教えていなかったかしら。記憶違いをしていたわ」


 彩香さんは八重歯をのぞかせながら笑った。まるでなにかを誤魔化すように。

 今日の彩香さんはどこかおかしい。それは言動や行動に現れるほどのものではない。若干身長が高く見えたり、軽く口笛を吹く癖だったりと微妙なもの。


 しかし、どうにも気持ちが悪いのだ。

 まるで左足から浴槽に入ってしまったような感覚。

 それについて問おうと思った矢先、実行委員がやってきた。


「そろそろ時間ですけれど、準備のほうは大丈夫でしょうか?」


 担当者は掛け時計を見ながら言った。

 分針は開始時刻の一分前を指している。


「無論だとも。準備のほうを頼む」


 共書はそう言って、担当者に指示を出した。

 深紅の幕が上がった。袖から見えてくるのは、熱気を帯びた生徒たち。

 ストーリーを楽しみにしているもの。僕ら、演者に注目しているもの。ただ、雰囲気を楽しみにきただけのもの。そんな生徒たちの施栓がこちらに向けられる。テレビ番組に近いなと思った。それこそ、『エセ恋TV』みたいだ。ならば、やってやるさ。僕にできることを。お祭りといこうか。照明が落ちて、ホールが薄暗くなった。


「さあ、伝説をつくりましょ」


 彩香さんの呟きを合図に僕は舞台へと立った。


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