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小さな世界の話

 あれから何日……いや、何週間経ったのかな。

 霙さんがオジサンを……『殺して』……から。


「ルナ様? 少しよろしいでしょうか?」


 あの後、隠れ家に帰るなり私はリビングに勇者様を置いて部屋に逃げた。何もかも忘れて逃げ出した。どうしようもない現実から……私の常識(理想)と、世間(霙さん)の常識の差から私は逃げ出したかった。


「…………」


 ベッドに逃げて、毛布を被る。

 勇者の体はどうやら空腹による飢餓にも強いみたいだ。おかげで私はずっとこうして部屋に引きこもれている。その間、霙さんは毎日私に話しかけてきた。

 私は何も答えない。霙さんも、それ以上は何も言わなかった。


 ただ、今日だけは違った。


「【開け】」


 ガチャ、と扉が開く音がする。それでも私は動かない。

 動く気力すらない私は、ベッドの上で毛布を被って寝ているフリをする。


「……どこまで話していいものでしょうかね、ルナ様。ひとまず、今回はワタクシの大切なローブを託しておきます」


 毛布越しに、もう一つ布がかけられるのが分かる。


「ではルナ様、また次の機会に……」


「……え?」


 そう言った霙さんの足音が遠のき、扉の閉まる音と同時に私はガバッと起きた。

 もっと怒られるはずだ。もっと失望されて、もっと色々言われるはずだ。そんな風に考えていた私のことごとくを裏切って、霙さんは去っていった。


 見捨てられた?

 そうなっても仕方がない。


「そうですよね。私なんて、」


 カーテンを閉めているこの部屋は暗い。まるで私の心みたいで、一生このまま。暗いまま。

 落ち込む心と一緒に私自身の意識も落ちていき……そのまま眠る。霙さんの香りがするローブと共に。




『ダイジョウブ?』


「誰?」


 夢の中。ルナは誰かに話しかけられていた。


『ドウシテ? アナタハモットスゴイデショ?』


 まるでルナのことを知っているかのような口調に、秘めていた怒りが口から溢れる。


「そんなことない! 分かったようなこと言わないで! 私はバカなルナでいいの! もうこれ以上、誰かの期待を裏切るなんて……できないよ!」


 自分の嫌な過去が溢れてくる。激情に頭が冴える。意識が現実世界へと浮上し始める。


『マタネ』




「……ハッ!?」


 気がつくと、やけに外がうるさい。ついでに部屋が明るかった。


『おいバカ勇者! 我とのリンクが復活したのなら早く我を取って戦え!』


 違う。

 明るいのは、壁に空いた穴から日光が入っているから。

 うるさいのは、外での戦闘の音だ。


 そう気づいたルナは急いで起き上がり、霙から渡されたローブを持って部屋を出る。


「うわっ!?」


 部屋を出た直後、足元のぬかるみに足を取られて転倒した。

 その勢いでリビングまで滑ったルナは起き上がると同時に振り返り、転倒の原因を見る。


 そこにあったもの。部屋の前にあったぬかるみの正体は血だまりだった。


「え、何この量……」


 その血が誰のかは明白だった。この隠れ家にいる人間は二人、その一人であるルナ自身に傷や怪我はないのだから、あの血は必然的に霙の物だと言える。


『急げルナ! この家もそろそろ崩れるぞ!』


 ルナは状況を飲み込めないまま、剣に言われた通りに行動した。

 剣を持って外に出る。その直後に隠れ家は崩壊し、その一部がキラキラとした魔力へと還っていく。


「どうしてこんな……」


 混乱する頭に答えが欲しい。だが、外の状況がそれを許さない。

 隠れ家の周りには大量の兵器と兵士。そこに描かれている国旗はルナのよく知るものだった。


「アポリア王国の国旗!? どうして? ここは霙さんの魔法で隠されてるんじゃないんですか!?」


『そうだ……』


「じゃあなんで……ぁ」


 気づいた。気づいてしまった。


『そうだ。隠匿の魔法も、隠れ家も霙の魔力があってこそ手足のように操れる。つまりこの状況は……』


「霙さんが……死んだ?」


『…………、』


 握ったローブから香る霙の匂いだけが、この世界に残る最後の霙。そう思うと途端に涙が溢れてくる。

 あの時、確かに霙はルナに「また次の機会に」と言った。それなのに……


「悪いなルナ。これもお前のためなんだ」


「……その声、ナラーシャ?」


 戦車と兵士の奥から見知った相手が現れた。

 それは死んだと聞かされた村の人間で、ルナの友人で。


 今は息絶えた霙の髪を掴みながらルナへと近づいてくる死神だった。


「なんで? どうして? 私、もう何も分かんないの!」


「あぁ、それでいい。お前は何も知らなかった、そうだろう? そのまま何も知らずにいろ、後のことは俺がなんとかするから」


 至近距離まで近づいたナラーシャの手が泣き崩れるルナの頭に触れる。

 優しく撫でる彼の行動に、思わず顔をあげるルナ。


 直後、反対の手に握られた霙だったモノと目が合ってしまう。

 いつも虚ろな霙の瞳が、更にその闇深さと空虚さを増してルナを見つめる。ルナを責め立てるように、まるで「なんのために戦うと誓った? 勇者としてお前は何をやっている?」とでも言いたげに。


「さ、俺にその剣を渡せ」


「……ヤダ」


「頼むよ、俺だって『勇者』としての役目がある。このままじゃお前まで殺されるんだぞ」


 そこまで言われてなお、ルナは抱きしめる剣を手放そうとはしない。

 そんなルナの様子を見かねたナラーシャは力ずくで剣を取り上げようと手を伸ばし、何かに指を弾かれる。


「なっ!?」


「【もういいよ】」


 ルナの言葉に魔力がこもる。ルナの髪が白くなっていく。

 瞬間、ナラーシャの体が弾かれるようにして大きく後方へと飛ばされた。


「あぁ霙さん、こんなになるまで……私なんかのために……」


 ナラーシャの手から離れた霙をルナは抱き寄せ、その体に託されていたローブをかける。


『ルナ様? もし聞こえているならワタクシを主様のように受け入れてください』


「霙さん!?」


 直後に行われたアポリア軍の一斉射撃が数分にわたってルナを襲うのだった。

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