すれ違いの価値観
「無事だったんだな、ルナ」
そこには親戚の集まりで何度か見たことのあるオジサンが立っていた。
「…………」
決意も覚悟も、何もかも無くなった気がする。
覚悟を決めたのに。それなのに。頼んでもいないのに、わざわざ私の代わりに小銃で殺したオジサン。たいして記憶にも残らなかったオジサン。
私の心に嬉しさと恨めしさが溢れてくる。
「……ん? その剣はどうしたん……だッ!?」
オジサンの視線が私の顔から腰の剣へと移る。
驚いた様子のオジサンはそのまま、手にした銃を私に向けてきた。それはそれは真剣な眼差しで。
私の覚悟と決意を簡単に奪ったその銃で、今度は私の命を奪おうというのか。
「え?」
「すまないルナ……」
私の意識がオジサンの銃に集中すると同時に肉体の緊張が緩む。
頭の中は今すぐ逃げなきゃだとかそういう警報が鳴り響いているのに、左手の魔道具を落としてしまう程度には呆然としている。
パラパラとした感覚が左手に残るが、それを見る余裕なんてない。
「報告を聞いた時、もしやとは思ったが……まさかお前が…………すまない」
何故? だとか。私が何をしたの? だとか。
そんなことを聞く前に、オジサンの方からパンッと乾いた音が鳴り響いた。
(まぁ……またこうやって死ぬんだ…………また?)
私が状況を理解する前に、現実が私の夢を侵食していく。
この状況も、この結果も、どこかで見たことがあるみたいな感覚。
そしてこのご都合主義な結果に、私は怒りすら感じていた。
「愚かな人間種が……」
バタリ。そんな音と共に頭部を失ったオジサンが倒れる。
「お怪我はありませんか!? ルナ様!」
ぼそりと呟いた霙さんの言葉。その混濁から一転、今度は私を心配するような発言。
呆然と立ち尽くす私は、ただただ私を抱きしめる霙さんに困惑する。
「どう……して?」
「何か?」
「どうしてオジサンを殺したんですか!」
そうやって怒りを表現しても、結局霙さんの目は虚ろなまま。何一つ変わることはない。
「敵だからです」
即答。
むしろどうして私が怒っているのか理解できないといった雰囲気すら感じる。
確かに、はたから見れば危険な状況だった。
強靭な勇者の肉体でも、さすがに銃による攻撃は防ぎきれたか怪しい。だが、霙さんほどの魔法使いであれば他に手段もあったはずだ。こんな短絡的な方法じゃなくて……もっといい方法が……。
『お前こそ、なぜあの状況で剣を抜かなかった? 我を使って銃弾を弾く手もあっただろう?』
「それは……」
勇者様にそう言われ、私の沸騰した脳が一気に冷める。
結局私はガーゴイルも銃を向けてきたオジサンに対しても自分では手を下せず、責任を他の誰かに押し付けただけ。自分では何もしていない。何かするまでに時間がかかりすぎて、誰かの邪魔をしているだけだ。
「ルナ様? 確認なのですが、ワタクシがお渡しした魔道具はどうされたのですか?」
「え? あれっ!?」
咄嗟に左手を見つめるも、そこには渡された魔道具の破片がパラパラとあるだけ。
本体は下。勇者の握力で潰されてひび割れた懐中時計が落ちていた。
「……なるほど。ワタクシの勘違いだったようですね」
そう言うと霙さんは地面に座り、最大の謝罪体勢をとる。
「申し訳ありません。ルナ様のご親戚をこのような形で殺めてしまったこと、深く反省しております」
土下座。最大の謝罪。
「そんないきなり……理由を教えて下さい、よ。霙さん」
「……ワタクシは魔道具が破壊された時に発動される魔法を受信し、もしやルナ様に何かあったのではないのかと思い、急いでここまで……。すると男がルナ様に銃を向けているのを見つけ、早急に排除せねばと。相手はワタクシの魔道具を破壊できる程の力を持っていると思い……」
つまりは、そういうことだった。
私が魔道具を壊したから、霙さんは私に危険が迫っている勘違いした。私がオジサンに銃を向けられていたから、実際に危険な目に遭っていたから霙さんはオジサンを殺した。
霙さんの側からすれば何も間違っていない。
弱い私を助けるために。圧倒的な強者で、殺さずに捕らえることもできる霙さんに……私という弱者の存在が彼女に『殺人』という手段しか選ばせなかった。
「なら悪いのは私ですね……」
ボソッと呟いたルナ。
その暗い表情を見て、霙は心配そうにルナの顔を覗き込む。
「ルナ様?」
「戻りましょうか。あまり気分もよくないですし」
私は……弱い。
何度も、痛いほど理解していたつもりだった。
でも結局。私の弱さは私だけじゃなくて、他の人も傷つけるほどに……弱いんだ。