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魔女の隠れ家

 昔々、伝説の勇者『アタラクシア・ラインハルト』は魔王を倒して世界の滅亡を止めました。

 しかし傷を負った勇者はとある丘の上に自身の伝説の剣を突き刺し、そこで力尽きましたとさ。


「だからこの村は『勇者村』って呼ばれているんだよね! お母さん!」


「そうよ、ルナ」


「私も……私もいつか勇者様みたいになれるかな!?」


 ───そうか。これは夢だ。

 あぁ、この先を私は知っている。


「何を言っているの? ルナ。アナタなんかが、無理に決まっているでしょう?」


 そうだ。最初からそうだった。

 母親は最初から私に期待なんてしてなかった。どうせ私に魔術は無理だと言って、それでも魔術適性を調べて……「あぁ、やっぱり無理なのね。この子は」って。


「何もできなくとも、お前は【境界】の人間だ。だから、お前は俺に従ってればいい」


 村でナラーシャに言われたな。

 どうして【歴史】のラインハルト家の人はそういうんだろう……。


「ルナちゃんは凄いよ! 私よりも運動が得意だし! 私よりも明るいもん!」


 そんなことは無い。

 そんなことは最初だけだったんだよ、ラギー。


『お前ならできる。だってお前は───』


 勇者様の声?


「「「グゥエエエエ!!!」」」


 空を舞うガーゴイルの群れ。

 燃える村と、焼け(ただ)れた村の人達。


『───我に選ばれた伝説の勇者なんだから』


 空から襲い掛かる魔物と、地を割って現れた黒い魔の手。


 きっとこれが『魔王』なんだ。

 私の胸に突き刺さってるこの手が、魔王の手で……。


「お前なんか産むんじゃ無かった! この無能! この村の最底辺に落ちるなんて!」


 魔王の手はお母さんの───母親の手に似てる。

 今の私には恐ろしくて怖い存在。ただ、それだけ。


 そう、いつだって私は震えるだけ。どうせ何もできなくて。それを覆す勇気なんて……最初から無い。


「【境界】のスリート家始まって以来の事よ! こんなの!」


 そこで私は目覚めた。


「───ッは!?」


 生きている。

 確かにガーゴイルの群れが村を襲って……。


「ハァ……ハァ……ハァ……」


 あまりにも現実的な悪夢に飛び起きたルナの頭は、まだ現実を正しく理解できないでいた。

 それでも周囲を見て、ゆっくりと現実を理解していく。


「この剣……やっぱりアレも現実だよね。誰かに助けられたのかな?」


 知らない家のベッドの上。右にある窓から差し込む太陽の光。


 光に誘われ右に首を向けて気づく。

 私の右隣で添い寝しているソレ。それは、あの時に抜いた伝説の剣───もとい伝説の勇者様。


『ようやく起きたか。新たなる勇者』


 相変わらず勇者様の低い声は脳に響いて落ち着く。

 まるで直接頭に声を送っているみたい。


「勇者様、私は───」


 選ばれるべき人間ではない。

 そう言うつもりだったけど、その言葉は別の誰かの言葉に遮られて。


「お目覚めになりましたか勇者様」


 扉から入ってきたその人の言葉に遮られた私の言葉が(のど)に引っかかる。


 黒いローブに身を包んだその人。

 彼女がローブのフードを取った瞬間。私の喉に引っかかっていた言葉は消えた。


「……綺麗」


 長い黒髪。白い肌。

 中性的で優しい顔に反して、ふとした瞬間に見える物憂げな無表情。


「どうかなさいましたか?」


 ジッと見ていたのがバレた。

 無表情のはずなのに、彼女の無表情には多くのナニカを感じる。


「だっ、大丈夫です!?」


 私を覗き込むようにして観察する彼女の顔。


 すごく近い。そして、近いからこそ気づけた。

 その視線。その瞳の焦点が合っていない気がする。


「そうですか。お元気そうで何よりです」


 微笑みにすら満たない彼女の極小な笑み。

 その瞳は人生の苦痛を知り尽くした末のモノなのだろうか。どこまでも見据えていて、この世界を達観する虚ろな瞳。


「勇者様にとっては突然のことで、何一つ現状をご理解できていないと存じます」


 この時、彼女に対する私の印象は『不思議』と『神秘的』───ミステリアス。


「まずは自己紹介から。ワタクシは先代勇者様と共に魔王封印に同行した()()使()()の子孫───」


 そう言いながら彼女はローブの両端をつまんで華麗にお辞儀した。


「───十三代目『終滅ノ魔女』の神無月 霙(かんなづき みぞれ)と申します」


「はわぁ……えッ!? 勇者様の仲間!? 魔法使い!? はわわあッー!?」


(二つ名!? しかも『終滅(しゅうめつ)』だなんてカッコイイ!! それに『魔術師』じゃなくて『魔法使い』の子孫だなんてスゴイ! 凄過ぎる!!)


 ルナが驚くのも無理はない。

 何故なら、ただただ自然に存在する魔力に意味を持たせて法則に従わせる魔術と違い。魔法は魔力そのものを操る行いだ。


 分かり易く人形作りで例えよう。

 自然に存在する魔力を水とするならば、魔術はその水を吸った粘土で人形を作る。対して魔法は手で掴めぬ水をそのまま操り人形にする。


「あのぉ~、もしかして霙さんも魔法使いだったり~……」


 自由度に対し、あまりにも高い難易度。

 科学兵器が主流となった現代で、魔力操作は生まれ持った才能に大きく左右される。


 そのうえで科学とも相性の良い魔術ではなく魔法を選ぶ。それだけで彼女の能力が分かるというもの。


「はい。そうですが?」


(ひィイイイ!! 今の時代に魔法使いだなんてヤバイ! ヤバ過ぎちゃうぅううう!?!?)


 霙の言葉に興奮しっぱなしのルナ。

 さっきまで悪夢と現実に起きたガーゴイルの群れや村。それに友人の事で頭が不安でいっぱいだったというのに。


『───霙、聞こえるか?』


「主様!」


 私が興奮し、呆然としている時に聞こえてきた勇者様の声。

 勇者様の声が聞こえた途端、霙さんの無表情が崩れた。


『すまない。久しぶりの魔法で、すぐに調整できなかった』


「そんなことありません! こうして再び主様と話せただけで……ワタクシは幸せです」


 二人の関係が親密であったのは、最底辺の私でも理解できた。

 だからこそ。だからこそ、(うと)ましく羨ましく思ってしまう。


「お二人は前からのお知り合いなんですか?」


 そして邪魔をする私。

 誰よりも私が最底辺だって分かってるのに。他人を邪魔して……。


『あ、あぁ……』


「主様には昔。まだワタクシが幼かった頃に森で亜人や獣に襲われていたところを助けて頂いたのです」


「そうだったんですね」


 そうか。今と違って昔は亜人達とも戦ったりしてたんだ……。


 そこでルナは思い出す。最も大切な質問を。


「そういえば村は!? 勇者村はどうなったんですか!?」


「勇者村?」


 首を傾げる霙さん。

 さっきまであんなに楽しそうな顔だったのに。それが一瞬で元の無表情に戻っていった。


『霙、あそこの連中はあの場所を勇者村と呼んでいたんだ』


「なるほど」


「───ッ! 私が気絶してからどうなったんですか!!」


 ベッドから降りて霙に歩み寄るルナ。

 ルナの身長が低く、霙の身長が高いせいで。それこそ母親と、母親を説得しようと一生懸命な子供のように見えてしまうが本人は真剣だ。


「……結論から申し上げますが、恐らくあの村の住民で助かったのは今代の勇者様。貴方だけです」


「え、」


 私のせいだ。私が何もかも悪い。そうに決まってる。

 だってあの時気絶せずに戦っていれば……あの時すぐに剣を抜いていれば……そもそも剣なんて抜かずに村の皆にしらせたり……そもそも…………そもそも………………そもそも。


 最初から私が───


「───勇者様!」


 肩を掴まれ揺さぶられ。

 そこでようやく我に返るルナ。


「…………?」


「最初から完璧など不可能です」


 あぁ、結局この人も───私には無理だって。

 そう言うに決まって……。


「いいですか? 今この世界を救えるのは、勇者様だけなのですよ?」


「……怒らないんですか?」


「どうしてワタクシが勇者様を怒るのですか? むしろ勇者様は争いがお嫌いだというのに、勇敢にガーゴイルと戦ったではないですか!」


 その言葉を聞いて。

 なんでか救われた気がして。


 温かい気持ちになって、気づいたら泣いていた。


「勇者様はご自分を責めすぎです。真に責めるべき相手は、ワタクシなのですよ?」


『霙! お前が責任を感じる必要は───』


 勇者様の言葉を、霙さんは手を前に出して制する。

 私は涙を袖で拭いて霙さんの顔を見る。どこか遠くを見ている霙さんの無表情に、何か(きり)(もや)に似たものを感じた。


「この家は村の近くの森の中にあります。ワタクシの役目はここで隠れながら、来たるべき時に備えていたのです」


 霙さんの瞳が私の瞳を見つめる。


「それなのに、勇者様の村はおろか。勇者様のご家族やご友人を……助けられず……」


『あれだけの数を単独で殲滅したんだ。それで十分だろ』


 言い聞かせるような勇者様の声。

 それでも霙さんは納得いかないように感じた。


「あの数を、一人で……」


「えぇ。しかしながら、実際に救えたのは勇者様だけです……」


 私は霙さんの考えを『高望み』だと思った。

 だってそうでしょう。それだけの才能があって、空を埋め尽くさんばかりの数のガーゴイル達をたった一人で倒せるのに……それで満足できずに落ち込むなんて。


「……ですから、勇者様も最初から高望みなどせずに魔王の再封印に臨みましょう!」


「え?」


「勇者様はご自身が世の中の最底辺だとお考えで、故にどうして勇者に選ばれたのかを不思議に思っていますね?」


「……はい」


 なんだろう。

 この人……分からないし、掴めない。心を読む魔法でもあるのだろうか。


「ご心配には及びません、最初は誰でも初心者です。それに勇者様には先代勇者様がいますし、ワタクシも魔法や魔術、戦闘であれば指導できます」


 そうか。この人は私を勇者として本気で向かい合ってくれているんだ。

 最底辺のルナ・スリートではなく、一人の人間。新たなる勇者として。


「が……頑張ります! まだまだ弱いけど、選ばれし勇者として頑張ります!!」


『よく言った勇者』


「励みましょう」


 こうやって誰かに求められたり一緒に目標に向かって努力するのは、いつぶりだろう。

 なんだかすごく久しぶりの楽しさ、嬉しさ、喜びな気がする。


『それよりも……あれだ。呼び名を決めなくてはな』


「そういえば()()()のお名前をまだ伺っておりませんね」


「……その勇者様って言うのは剣の中にいる勇者様ですよね?」


「いえ、貴方様のことですが?」


「ふぇ?」


 その瞬間、剣が自身(刀身)と同じように鋭く話題に切り込む。


『よし、我のことはこれから先代様と呼べ。分かったな?』


「分かりました」


「では今度こそ教えて下さい。今代の勇者様のお名前を」


 任せて下さいとは言えない。

 頭が現実に追いついていないからか、まだナラーシャやラギー達に対する悲しみは来ないけど。

 それでも不安でいっぱいだ。最底辺の私が勇者に選ばれた理由だとか、どうやって魔王を封印するのかも分からない。


 それでも。


「私は……」


 前に進むと決めた。

 待ち続け、夢にまで見た奇跡は訪れた。


 これ以上逃げたら最底辺(ゼロ)からマイナスになる。私はそこまで愚かじゃない。


「私の名前はルナ・スリートです! 先代様に選ばれた勇者として頑張ります!」


「では勇者様……いえルナ様とお呼びした方がよろしいですか?」


「そうですね。ちょっと勇者様は恥ずかしいです」


「それではルナ様、明日から共に励みましょう」


「はい!」

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