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始まりはいつも村

 周囲を森に囲まれ、世間と隔絶された小さな村。

 外の世界に繋がる道は一つ。小国でありながら大戦を勝ち残ったアポリア王国へと繋がる道のみ。


「……ハァ~、やっぱりカッコイイな~」


 夕暮れが近づくその村の東側にある小高い丘。

 その頂上に突き刺さっている()()()()()()を座り込んで眺め、恍惚の表情でため息をこぼす少女がいた。


「私もいつか伝説の勇者様みたいに───」


 それが私。

 この村の最底辺と呼ばれる少女───ルナ・スリートなのです。


「また見ているのか。ルナ」


「───何よ、ナラーシャ」


 私は顔にかかった長い黒髪を後ろに流すと上から話しかけてきたヤツの顔を見る。

 端正な顔立ちの黒髪少年───ナラーシャ・ラインハルト。


「はぁ、毎日同じこと言わせるな? そんな錆びた棒なんか見ている暇があったら、もう少し勉強しろ」


 嫌な言い方しか出来ないヤツ。

 そのくせ顔がいいから皆に好かれて……そりゃ、この村の子供達の中じゃ頭も戦闘も運動も武器の扱いも上手だし……。


「別に……私だって───」


 ナラーシャのこと、少しは尊敬してる。

 そりゃあ自分の仕事をほったらかしてる私と違って、ナラーシャは真面目に家の仕事もこなしてる……そんな風に思っていたのに、アイツは私の言葉を遮って。


「お前が何をしてるって言うんだ!? 毎日毎日、()()()()なんか見て、無駄な努力ばかり。少しは魔術が使えるように練習するだとか、現代兵器の扱いに慣れるだとかなぁ!」


 そこで私の怒りが溢れた。


「───出来ないものは出来ないの! 魔術だって無理だし、努力して勉強したって無駄なの! 戦闘も嫌いなの!」


 自分でも分かってる。

 悪いのは自分だって。


「それに……いつでも戦闘戦闘って、皆おかしいよ! そもそも私は争う気なんて無いんだから勝手にやってればいいでしょ!」


 この世界は数十年前まで激しい戦争だったから……。

 先天的な魔術より誰でも使えて安定供給できる科学。それを考えれば、子供でも敵を殺せる銃などの訓練は、当然なんだろうけど。


 人殺しなんて出来ないよ。


「俺達に夢見る暇なんてない! 分かっているだろう!? そろそろお前も【境界】のスリート家の長女としての自覚を───」


 ヒートアップする私達の間に一人の少女が割って入ると同時に、少女の手の上に置かれた小さな黒い箱から淡い青色の球体が飛び出して弾けた。


「「…………」」


 呆然とする私とナラーシャ。

 その間で少し嬉しそうな少女───ラギー・ヴァイオレット───は、すぐさま私とナラーシャの距離を両手で押し開けて。


「落ち着いたでしょ? 二人とも」


「「……うん」」


 淡い青色が見えた瞬間、興奮していた私達の精神が落ち着いた。

 理由はきっと彼女の手にある箱型の『魔道具』から出てきた青い魔術のせいだ。


「そろそろ夜になるし、二人とも帰ろ?」


 そう言うとラギーは私とナラーシャの手を掴む。

 ラギーの身長が私より高くてナラーシャより低いのもあって、こうして並んでいると仲良し三人組って感じに見える。


「───止めて」


 私はラギーの手を振りほどき、ナラーシャが錆びた棒と侮辱した剣に(すが)りつく。


 村の皆にとっては錆びた棒でも私にとっては現実に存在する伝説の剣。その思いがたとえ届かないとしたって、私は最後まで縋る。縋り続ける。


「ルナ、お前は先代勇者様のようにはなれない。お前だって分かっているだろう?」


 分かってる。


「分かんないよ!」


 本当は、自分が選ばれるなんて……万に一つも無い事なんて。


「ルナちゃん……」


 魔法や魔術。

 亜人や魔物がいるこの世界の外側には神様が存在するらしい。


 でも、私に奇跡は起こらない。


「優秀な二人には分んないでしょ! 放っておいて!」


 いくつかの伝説の残るこの村。そこに住む伝説の三家。

 【境界】のスリート家。

 【創造】のヴァイオレット家。

 【歴史】のラインハルト家。


 その内の一つである【境界】の長女に産まれた私を、両親は村の最底辺だからと見限った。

 それこそ頭の悪い弟に家を継がせると決めるくらい、私は家族にも村の人たちからも必要とされていなかった。


「……、行くぞラギー」


 だから私は家の事を何も知らない。

 何一つ知らされないし、教えてもらえない。

 

「ハルト? え、でもルナちゃんが……ゴメンね!」


 困惑し、悩むラギーを置いて、何かを諦めた様子のナラーシャがゆっくりと丘を下っていく。

 結局ラギーもナラーシャの後を追って下っていった。


 二人の後ろ姿をルナは、ただただ呆然と見つめていた。


「……はぁ、またやっちゃった」


 ルナが縋りついている剣に話しかける。


「どうしてすぐに嘘吐いちゃうんだろ、私」


 長い年月のせいか、伝説の剣はソレが剣だと知らなければ錆びた金属の棒にすら思えてくるほどボロボロになっている。


「───勇者様ならどうしたのかな? 私は勇者様のお話みたいに強くなれるかな?」


 この伝説の剣の所有者であり勇者『アタラクシア・ラインハルト』の英雄譚は、この世界の人間なら誰もが知っている物語だ。


 簡単に説明すると、この世界を滅ぼそうとする魔王と、それに従う魔物達がいた。

 だが最後は勇者とそれを支える人々の力によって魔王は倒され、魔王の配下である魔物達も魔王城のある暗黒の森から出られなくなった。

 その後、魔王軍との戦いで負傷した勇者は魔王城とそれを囲む暗黒の森から最も離れた場所にある丘の頂上。つまりは今ルナ・スリートが座っている場所に剣を突き刺し、力尽きた。


 要点だけではあるが、そんな話だ。


「はぁ……そろそろ帰らなきゃ。バイバイ、勇者様」


 暗くなった空を見上げてルナが立ち上がる。

 立ち上がってズボンについた土を払って家に帰ろうとした───その時だった。


『待て! 新たなる勇者よ!』


 確かに今、ルナの近くで声が聞こえた……が、辺りを見回しても誰もいない。

 あるのはそれこそ目の前にある伝説の剣くらいで……。


『ここだ! 我は目の前にある剣だ!』


「───え? えぇえっ!?」


 驚きすぎてひっくり返るルナ。

 信じられないが、確かに剣から声がする。


 そして何より、そんな荒唐無稽な芸当ができる存在であり、この伝説の剣にまつわる存在……。


「ほ、本物の勇者様!? あれ? でもなんで剣の中に……?」


 ルナ自身が思い至った結論によって、ルナの心がとてつもなく乱される。


『落ち着け新たなる勇者。落ち着けばお前の質問に答えてやろう』


 驚き慌てる私に、優しい声で話してくれる剣の人(?)

 その男性的な低くて威厳のある声に一度は落ち着けたけど、憧れの勇者様かも知れないなんて考えたら、途端に落ち着かなくなってきた。


「ハァ……ハァ……」


『だ、大丈夫か?』


「ダイジョウブです!!」


 大丈夫な訳が無い。相手は憧れの勇者様かも知れないんだもん。

 だからこそ私は集中するためにも正座して真剣モードになろうと頑張る。


『そうか。なら……まぁいい』


 明らかな挙動不審。

 どう見ても落ち着いてなかったけど、それでも剣の人は私の質問に答えてくれました。


『まず最初の質問、どうして我が剣の中にいるのか……これはな、魔王の呪いなのだ』


 真剣に話してくれているというのが声から伝わる。


「魔王の呪い……ですか?」


『そうだ。不滅の魔王を倒す術は無く、我々人類は魔王を暗黒の森に封印することで世界の平和を取り戻した───』


 その言葉。その内容に私の全身の筋肉が固まり始める。

 いつのまにか膝に軽く丸め置いてあったはずの両手はギチギチに固まり、じんわりと手の平に汗が滲むのを感じる。


『だが魔王は封印の瞬間に我の魂と封印を繋げる呪いをかけたのだ』


「つまり……どういうことですか?」


『要するに、我の魂が消滅すれば魔王を封印している術式も消えるということだ』


「なるほど。あれ? そしたらなんで勇者様は剣の中に?」


 直後に漏れる大きなため息。

 私はまた大好きな人を失望させてしまったらしい。


『はぁ……人の身で五百年生きられると思うか? そのために我は自らの魂をこの剣に宿した。それからはお前の知っている通り、この場所で守られているのだ』


「えっ、そうだったんですか……?」


 ルナの中で少しずつ、予感が確信に変わっていく。

 もしかしたら、本当にこの人は憧れ続けた伝説の勇者様かも知れない……と。


『お前、この村の生まれだよな?』


「そうですけど……」


 星明りすら届かないほど暗くなった。

 その時の私は()()()の話に夢中で、周囲のことなんか全く気にしてなかった。


『まぁいい。次に行くぞ……? チッ、もう来たか』


 私の鈍感が決定的な致命傷になるとも知らずに。


「へ?」


 そう、私は聞き逃していたのかもしれない。

 目の前の勇者様は私を『新たなる勇者』と呼び止めた。そう、新たなる勇者。


 勇者に選ばれる。これがどんな意味なのか。

 もっと危機感を持つべきだったかもしれないけど、もう遅い。


「「「グゥェエエエ!!」」」


 聞いたことも無い叫び声に顔を上げるとそこには夜空を舞う異形の存在が。


 運命の歯車はとっくに動き出していた。

 先代勇者が新たなる勇者を求めるならば、それはつまり───新しい世界の危機。


「魔物!?」


 シルエットこそ人のようだが、その背中には蝙蝠の翼。顔には大きなクチバシ。

 まだこの世界が誰でも簡単に人を殺せる兵器による戦争ではなく、魔法と剣や槍や弓などで戦っていた時代に生きた人類の敵。


『ガーゴイルの群れか。まぁこの程度ならしばらく大丈夫だろう』


「だ、大丈夫ってなんですか!?」


 一匹や二匹ではない。

 それこそ星々の煌めきを遮るほどの大群だ。


『いいか? 魔王を封印している術式も、すでに五百年経っている。術式の劣化により、魔王本体の封印はともかく暗黒の森の封印は無いに等しい……』


「そ、そんなこと言っている場合じゃ……!」


 腰が抜けてうまく体が動かせないルナ。

 それでも必死の思いで空を見上げると、ガーゴイル達は透明なナニカに阻まれているようだった。


『落ち着け、しばらくは村の結界がある』


「ハイ!」


 やっぱり本物の勇者様は落ち着きが違う。

 こんな状況でも冷静に判断して……それなのに、私は。


 黒くて暗い感情がルナを支配する。


『我を抜いて戦え、新たなる勇者よ。この結界とて我の力の一部だが、五百年の歴史の中で劣化している。結界が破壊される前ならば、結界に割いていた魔力を取り戻して連中を葬れる!』


 結界にしても、村が伝説の剣を守っている話にしても、何一つとしてルナは聞かされていない。


 それがどれだけ彼女にとって屈辱的なことか。

 それがどれだけ……これからの彼女を苦しめることか。


「で、でも、村の(おきて)が……」


 口では嫌そうなルナだが、気づけば伝説の剣を握っていた。

 その瞬間、ルナの黒くて暗い感情が歪んだ(よろこ)びの感情へと変わっていった。


『それはこの村の結界や暗黒の森の封印が解かれるからだ。問題ない、魔王の封印自体が解かれる訳じゃない』


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()


 途中までは本当に伝説の勇者様なのかと疑いもしたけど、今は違う。

 声の主は本物の勇者様だ。伝説の勇者───アタラクシア・ラインハルト様だ!


「ハハ……本当に私なんですか?」


『あぁ、お前が今代の勇者だ』


 この時の笑みがどれだけ醜いものだったかなんて、私には分からない。


 (しいた)げられ、(いじ)められ、虐待され。

 兵器の時代に……銃や火器の時代に……ただ一人、剣に憧れ……。


『───さぁ抜け。選ばれし勇者』


 それでも私は、間違ってなんかいなかった!


「ッ! なァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」


 両足の力が戻る。剣を支えに立ち上がる。

 そして少女は、その柄を強く握りしめて雄叫びを上げる。


 すでに周囲の危険やひび割れる結界の音など聞こえない。初めて誰かに選ばれて、初めて誰かに必要とされたヨロコビに……私は完全に酔っていた。


「ハァ……ハァ……」


 伝説の剣は抜かれた。


 結界は消滅し、結界に使われていた魔力が()()()()()に集約する。

 いつの間にかルナの腰には黒地に金の豪華な装飾が施された鞘が装備されていた。


「すごい……」


 ルナが握る剣は当時の鋭さと切れ味を取り戻していた。


「「「グゥエエエエ!!」」」


 迫るガーゴイルの群れ。


 だというのに、ルナは結界が儚く消滅していく感覚。勇者としての実感。

 そして手にした美しい剣に魅入られ、気づけなかった。


「グァアア!」


『来るぞ勇者!』


 群れの一匹がルナへ迫る。


「キャアーッ!」


 迫るガーゴイルに無様に叫びながらも、ルナの生存本能は剣を振るうことを選択し敵を両断した。


「ッ、ハァ……ハァ……」


 勢い余って尻餅をついたルナの両隣には、剣で両断されたガーゴイルの半身……その断面。

 降りかかる返り血。突如として冷静さを取り戻したルナは現実を理解する。


 勇者としての責任。

 世界のために戦うということ。


『おい! まだ敵は───』


「ああッ!?」


 尋常ではないプレッシャーに苦しみだすルナ。

 彼女の肺は酸素を求めるが正常に呼吸が出来ず、頭の奥がチカチカと痛み続ける。


「ッ……あ……」


 私はもう逃げられない。

 それでも現実から逃げようとする私の心は、ゆっくりと丘の下にある村をぼんやりと見つめる。


『おい! 聞こえているのか!』


 そして見つける。

 村には火が。戦う人々が。怒号と罵声と号哭(ごうこく)が。


『───ッ! ぉ───!!』


 音が遠い。

 視界が暗くてよく見えない。

 チカチカと光る残像で意識が霞む。


「ぁ……し、は───」


 私は……私は、結局ッ!

 最底辺のままだった!


『おい! クソッ! 起きろ! 早く起きるんだ!』


 剣の言葉が届くことはなく。

 ルナ・スリートの意識は、そこで途切れた。

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