渦の真ん中に立つ
全27部分です。お付き合いよろしくお願いします。
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「よくやった玄佐丸。助かった、ありがとう」
その穴から玄将も出てきた。
「おやっ!?これはこれは、源玄将殿ではござらんか。どうしてこんなところに?」
そこには平良就が、武士たちを率いて立っていた。
「おぬしっ!自分が何をしているのかわかっておろうな!」
「おぬしの方こそ、こんなところで何をしておったのかのう?」
二人はともに検非違使佐であり、検非違使別当の座を争う間柄である。
「今はおぬしの相手をしている場合じゃない。頼む、邪魔しないでくれ」
玄将は片膝をついたまま頭を下げた。
「ほう、良かろう。そう頭を下げられては仕方ないのう」
五里は女を安全なところに寝かせた。
気を取り戻しても、また驚くだけだろうから、そっとしておいた。
「玄佐丸。無事か?」
玄将は五里に駆け寄った。
「今、なんと言った?」
良就は思わず口を挟んでしまった。
「黙っておれと言ったんだ!」
「その子の名は五里だ。玄佐丸などではない」
「五里?おぬしが何を知っていると言うのだ。下がれ!」
「五里、玄将は嘘が得意だ。騙されるでないぞ」
五里は二人を見比べ、迷っている。
「五里、お前の母君を見たことがある」
「嘘だ!」
良就の話を遮るように玄将は叫んだが、五里の注意を奪えなかった。
「佐子というのか。名は知らぬが、とても美しい人だった。今でも瞼に浮かぶくらいだ。お前の右目を見て、懐かしい気持ちになったのは、なるほど、まさかあの女の子供だったとは。しかし、本当のことを、マロの見た事実を、教えてやろう」
玄将が良就に詰め寄ろうとするが、五里が間に立って妨げた。
「マロがお前の母を見たのは、とある寺に参った時のこと。坊主の倅に話があって参ったのだが、偶然、念仏を唱える聞き知らぬ声がして小屋を覗くと、そこにいたのだ、お前の母が。頭を剃り、悲しげな表情をしていた。そこに現れたのがこの玄将だ」
良就は、まっすぐ玄将を指差した。
「何を言うか!馬鹿げたことを!あの美しい髪を剃ったなどと、まったくの虚実」
玄将は良就に迫るが、良就は話を止めない。
「玄将はお前の母を蹴り倒し、罵った。見るに堪えず、マロはその場を離れた。助けたかったが、当時のマロにそんな力はなかった。悪く思わないでおくれ」
五里は左手を強く握っている。何を信じるべきなのかわからないでいる。
先ほどまで肌色だった両足に、痣が広がり、黒くなっていく。
突然、五里が呻きだした。頭を抱えて身をよじっている。
「玄佐丸!?どうした?」
「五里!今お前の目の前にいる男こそ、お前の母を攫い、苦しめ、死に追いやった張本人だ!母の恨み、その手で晴らして見せよ!」
「佐子が死んだだと!?」
玄将は五里の両肩を掴んだ。
「そんな、佐子は?」
固い眼差しが揺れる五里と、希望を探さんとする玄将は間近に目を合わせた。
「さぁ!母があの世から見ておるぞ!五里!」
「玄佐丸、嘘だと言っておくれ。佐子は生きていると」
五里は左腕を振り上げたが、下ろせない。
二人の様子をまじまじと見物している良就の耳もとで部下が囁いた。気付くと、武装した江ノ介も来ていた。
「玄佐丸どうなんだ?教えてくれ、佐子は」
五里の顎はかたかたと震え、黒くなりつつある右目が何かを探して宙を彷徨っている。
玄将は懐から短刀をそっと取り出し、五里の腹に突き押した。
五里は仰向けに倒れ、腹には短刀が突っ立った。
口から泡を吹いて、水を失った魚のように震えている。
「はっはっは、良就!鬼の首はマロが頂いたぞ。マロの勝ちだ!」
「おのれっー!のろのろしているからこうなるんだ!」
「そう嘆くでない。別当はしっかりと務めてみせる。おぬしは伊勢にでも行って、ゆっくり、」
しかし良就が悔しそうにしないので、玄将は不審に思い、首を傾げたときだった。
鈍い音がして、玄将はその場にばさっと倒れた。腰のあたりが熱く、体に力が入らない。
遠退く意識の中、五里が目の前に来た。
「何だ?それ」
五里の手の中で、小さな木片に短刀が刺さっていた。
「これは、おっかさんの形見だ。おっかさんをよくも虐めたな!」
五里は涙ながらに、玄将の頭を繰り返し殴りつけた。
「うっ、気のすむようにするが良い。誰も責めぬ」
良就はそう呟いて踵を返した。
「良就さま、もうよいのですか?」
「母の愛とやらに救われたのだ。五里は、マロの知の外とでも言おうか、そんなものには関わらないほうがよい。放っておいても、恨みの沼に溺れて死んだものを、玄将は急ぎすぎたな」
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