笑顔
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五里は目を覚ますと、布団に入っていた。
意識が薄く、見覚えのない部屋に戸惑うも、左手を見れば思い知らされる。
己の体には呪いがあり、じきに滅びる身である。母という唯一の味方は殺された。
居場所などどこにもなく、ある者を殺すことばかり考えている。
ふと、右腕に痛みが走った。そこでようやくはっきりした。
夜半、源玄将を殺すために屋敷に忍び込んだが、あと一歩のところで捕らえられたのだった。
岩を乗せられたせいか、右腕の一部が少し痺れている。
畳に挟まれて身動きがとれなくなったはずだが、布団で目が覚めた。
どういうことか戸惑っていると、襖が開いた。
「おはようございます」
丁寧な所作とともにそう言った女に見覚えはないが、その匂いは懐かしい。
「と言っても、もう昼過ぎですが。ご機嫌はいかがですか?」
五里の目の前に膳が用意された。
粕汁に玄米、魚まである。五里にとってはご馳走だった。
「誰だ」
五里は腹が鳴っても、食べようとしなかった。
「覚えていませんか?私は先日、越前の山奥であなたに助けられた、ヤヤという者です。本当にありがとうございました」
五里を見ても平然としており、感謝して食事まで差し出した。
しかし、五里は疑わずにはいられない。
「お前があの女だとしたら、なぜ俺のことがわかる?」
「見るなと言われれば、なおさら見たくなるものでございましょうに、二度も見るなと言われれば、隠れてこっそり見ろと言うのも同じ。はっきりとお姿拝見いたしました」
まったく悪びれることなく、微笑みながら話すので、五里は怒りようがなかった。
その笑った顔の可愛らしさ、自分が助けたのだと思うと、むしろ良い気分になってきた。
「お前が食え」
五里は、膳を指差して言った。
自分の手の黒さには慣れているが、人前で出すことをずっと避けてきたので、つい引っ込めてしまう。
「私はもう食べましたから、お気にせず召し上がってください」
ヤヤが嬉しそうに言い、まじまじと見つめるので、五里は頭の中が空っぽになって、どうしてよいものか、わからなくなってしまった。
「ど、毒があるかもしれん!」
「まあ、酷い!そこまでおっしゃるなら、これでどうでしょう」
ヤヤは汁を少し飲み、ごはんを少し食べた。魚も軽くつまんだ。
「さっ、お食べなさい!」
語気を強めたヤヤに母の面影が重なり、五里は何も言えなくなった。
黙って座りなおし、全てたいらげた。
「お前が俺を助けたのか?」
「いいえ。兄の江ノ介でございます」
「その江ノ介とやらはどこにいる?」
「じきに帰ってくるはずです」
ヤヤの他に足音がいくつも聞こえるが、どれも姿を隠すかのように、五里に近寄っては来なかった。
しばらくのあいだ五里はヤヤと話をしたが、母に呼ばれてヤヤは部屋を出ていった。
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