異端児
全27部分です。お付き合いよろしくお願いします。
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数日前、京の都のとある屋敷の奥で、検非違使別当の男が闘病の末に息を引き取った。
検非違使別当とは、京の治安と民政を所管する機関の長官の身分である。
出世頭とも言うべきその座が空いたのだ。
厳正に執り行われた葬儀中でも、欲望の渦が巻き起こっていた。
その後継者の有力候補である平良就と源玄将の二人は、家柄のため、決して明るく交わることはなく、常に暗黙のうちに競い合って生きてきた。
――必ずやマロが別当に
次世代の覇権を握るための裏工作が幾重にも張り巡らされている。
庶民は、そんなことなど知る由もないが、知ったところで気にも留めない。
専ら、修羅の道を生きてきた五里にとっては、埃ほどの重みもないことだ。
夕刻、平良就が自分の屋敷に帰り、書を嗜んでいると、江ノ介という奉公人の一人が女を連れてやってきた。
「お前はマロに嫌われたいのか?」
江ノ介と女は庭で頭を下げたまま固まっている。
「お前はマロに嫌われたいのか?え?」
まだ動かない。顔を上げて喋りだしては首が飛ぶのが常である。
「良い。それなりの用件があってのことだろう。さもなくば、覚悟して言ってみよ」
そうは言っても、この良就は変わり者で、脅しているだけだ。江ノ介もその気質は理解しており、吹き出しそうなのを必死に堪えている。
下を向いたまま、江ノ介が口を開いた。
「大津の実家に置いていた妹が先日、山に入ったまま帰って来なくなっていたのですが、今はこのとおり横におります」
良就はつまらなさそうに顎をかいて、視線を逸らした。
「良かったのう」
「すれば、妙な話をするのです」
「言ってみよ」
「それが、、、」
「お前に訊いたのではない。ふっ、ははっ。江ノ介、もうよい。いつもどうりでよい」
「あっはっはっ!さようでございましたら」
江ノ介は顔を上げ、軽やかな足取りで座敷に上がった。
兄が無礼を働いたと思ったが、妹にできることは動かないことだけだった。
「江ノ介、妹も上げなさい」
「はい。おい、大丈夫だ。ヤヤも上がりなさい」
恐る恐るヤヤも上がった。自分のしていることが受け入れられず、俯いている。
「良就さまは他の貴族さまとは違う。案ずるな」
「さあ、妙な話とやら、マロに聞かせてみよ」
ヤヤは思い切って顔を上げた。そこには美しい顔があった。息を飲んだが、兄に背を叩かれて言葉が出た。
「山で山賊に攫われ、何処かへ連れて行かれ、夜に逃げ出そうとしたら野犬に囲まれ、けれども助けてくださいました。鬼が」
悪霊が出るという理由で都を移す時代である。しかし、実際に悪霊や鬼を目にしたと言う者は、気が狂ったと思われている。
良就の片眉が持ち上がった。
「子供の背丈で、左腕だけが大人よりも大きく、半身が黒く、刀で切っても切れない体を持ちます」
「ほう、それは鬼だ。興味深い。今はどこにいるかわかるか?」
「わかりませんが、源玄将さまを探しているようでございました」
良就のもう片方の眉も上がった。
「おもしろい。その鬼、じつにおもしろい」
「山賊が鬼に、玄将さまは都にいると教えましたので、いずれやって来るものと思います」
その日、良就は家来を集め、指示を出した。
次の日から、家来たちは交代で東の山に入り、鬼が来るのを待った。
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