望月の虫
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昔むかし、越前と若狭との境の山間の、井山の村は小さく貧しかった。
村人は皆百姓で、老若男女全員がたいへんに働いて、ようやく年貢を納めることができた。
村の長である多良の息子、多朗が元服した年のことである。
稲の実りが良く、収穫に汗を流した秋だった。
多朗の嫁を決めるために村中の娘が集められ、その中で一番の美人の佐子が選ばれた。
佐子の親は働き者で、親同士の信頼関係は厚く、話はすぐにまとまった。
しかし、嫁入りの前日に、越前から帰京する武士の一行が村の近くを通り、山菜を摘んでいた佐子と遭遇した。
武士の一人が佐子に惚れて、京に連れ帰って嫁にすると言い出した。
多良を筆頭に村人たちは抵抗したが、刀を抜かれては仕方がない。米三俵で手を打たなければ、佐子も村人たちも殺されるところだった。
佐子は村を離れる前に、井山に来ていた旅の僧の暁理を訪ねた。
佐子は、多朗に嫁げなくなったことが不服で、悔しくて、必ず井山に帰ってきたいと伝えた。
「良いことが起これば、必ず悪いことも起こる。願いが叶っても、良い結果になるとは限らない。それでも望むのならば」
暁理は囲炉裏の灰を湯に溶かし、佐子はそれをひと息に飲んだ。
「お前は男児を産み、その子とともにこの村に帰ってくるだろう。その子には五里と名付けなさい」
佐子は着物をまとめるなり、すぐに村を発った。
京に着くと、その日のうちに、佐子は再び売られた。
買ったのも武士で、佐子は京から少し離れた寺に囲われることになった。
佐子は武士の隠し妾にされたが、酷い扱いを受けることはなかった。それでも、攫われた恨みは消えず、毎日念仏を唱えて過ごした。
三年後、佐子は子を産み、言いつけ通りに五里と名付けた。
その子の左目は白目の部分も黒く、左腕は真っ黒で大きかった。
悪霊の子を産んだと言われ、父から送られた刺客に母子揃って殺されそうになったが、寺の住職によって保護された。
しかし、いつまでも護られるはずもないので、佐子は子の父に別れの意を書き置いて旅に出た。
佐子はすぐにでも村に帰りたかったのだが、まっすぐに帰れば村に迷惑をかけかねないので、しばらくは方々を彷徨うことにした。
そのため、佐子が井山に帰ったのは、子が三歳になってからだった。
佐子の両親は、娘を失ったことでやつれていたが元気で、娘の帰郷を手放しで喜んだ。
しかし、村の連中は五里の姿を見て、怖れた。
さらに、佐子たちを人でなしと呼んで、距離をとった。
見かねた多良が佐子と五里を引き取ったのだが、そのときには多朗にも妻子がおり、やはりどこにも二人の居場所はなかった。
近々 次話投稿 予定
早々 完結まで投稿 予定