姉弟
やっとヒロインの名前が出ます
コロコロと笑う少年に気味悪く思いながらも何故かほっとけないような気がする……そんな風に思っていた過去の自分を殴りたかった。そう言うもの、少年はずっと山から降りなかったのだ。今はご飯時にずうずうしくも扉を開けて入ってくるようになってしまった。
しかし、流石に申し訳ないと思っているのか食べれる木の実とか果物を山から取ってきてくれるようになったが……。
「あんたって見た目に反して図々しいわね」
「魔女さんは見た目に反して優しいですよね!」
サラダをもぐもぐ食べながらそんな軽口を返す少年。慣れたものだ。私も少年が居るからとあまり外さなくなった仮面が自身の一部となっているほどにまで慣れていた。
いい加減にこのままでは情が移って危ないだろう。どうすればいいのかと、考えながら洗濯をしようと服を川で洗っていると、『おーい!』という声がした。
その聞きなれた声が、天からの助けかと洗濯を投げ出して声の元へ全力ダッシュして飛び込む。
相手はうっと呻きながらも私を受け止めてくれた。私と同じ黒髪、黒い瞳に私より頭一つ分背の高い男。
「久しぶりね、リア」
「会いたかったよ、イデア」
久方ぶりの体温を感じて、嬉しすぎて顔が歪んでしまう。力強くハグをしていると、彼はあることに気付いたようで、私の頬を仮面ごと撫でる。
「仮面をしているから今はもしかして取り込み中なの?イデア大丈夫?」
心配そうな顔で私を仮面越しに覗き込もうとしている。そんな姿が可愛くて安心させるように胸を張る。
「図々しい奴がいるけど私は至って大丈……夫じゃなかった!?そうよ、困っているのよ!」
胸を引っ込めてリアにすがり付くようにして訴える。リアはどうしたのと真剣な顔をしたけど、何かに気付いたのか私の後ろの方に顔を向けて固まった。
何か後ろに居るのかと振り向いたら居たのはサラサラな金色の髪を靡かせた少年だった。
そう、この少年に困っているのとリアに言おうとする前に彼はまるで雷が落ちたような衝撃的な顔をして私の肩を掴んだ。
「俺が居なくて寂しいからって少年を騙して囲うのはどうかと思うよ!?」
「リアが居なくて寂しいのは本当だけど囲ってなんかないわよ!?あいつは勝手にここに居座っているの!」
リアのまさかの勘違いに慌てて少年を指差して反論していると、当の本人である少年が困ったように首を傾げて私の服の袖を掴んだ。
「おねーちゃん、この人誰?」
「はぁ?」
涙目で急に可愛い子ぶる少年。いや、確かに可愛いけども今まで魔女さん呼びがなんで姉呼びになったのか分からない。突然のことに硬直していると、大の男であるリアが急に涙を滝のように流し始めた。
「それほど俺が居なくて寂しくて可愛い少年におねーちゃんと呼ばせて寂しさをまぎらわせていたんだね。本当にごめんイデア。俺が悪かったよ。もっとここに来れるようにするからこの少年を汚さないでね」
「ちょっと勘違いしてるわ!こいつは見た目に反してずる賢いのよ!騙されないでリア!」
少年の前に膝をつき、肩に手を乗せながら君は俺が守るからねとリアは言う。ちょっと私が悪いみたいになっているじゃないか。少年を睨むと流石に悪いと思ったのか、彼は首を横に振った。
「守らなくて大丈夫です!おねーちゃん優しいから絶対僕を殺してくれるはずなので!」
その言葉にリアは固まってブリキの人形のようにギギギと私に顔を向けた。
「も、もてあそんでから殺すの?そんな風にこの少年を洗脳しちゃった?そんなにイデアは俺が居なくて狂ちゃったの?」
「まだそこまで狂ってないわ正気よ!流石にこんなちっこくて子犬みたいに可愛い少年を殺すわけないでしょう!」
少年を指差して勢いのまま怒鳴ると此方を見上げて何故か固まっている二人。え、私何か言った?
リアは魂が抜けそうなくらい口を大きく開けた。
「俺にそんなにデレないのに……」
「デレ……はぁ!?何言ってるの馬鹿じゃないの!リアの方が何倍も可愛い……って何言わせんのよ馬鹿!さっきの言葉は嘘よ!」
ついと口走ってしまった言葉をリアは逃さなかった。途端にニヤニヤと笑みを浮かべる。
「そんなに可愛いって思ってくれてるんだ。弟として嬉しいよ!おねーちゃん!」
「急に呼び方を変えるな気持ち悪い!」
背中に虫が走ったかのような感覚に鳥肌がたつ。小さい頃ならまだしも、大きい大人の男になった弟におねーちゃん呼びされるのは気持ち悪いにも程がある。
鳥肌が収まるよう自身の身体を抱き締めるようにしていると、今まで黙っていた少年がポツリとこぼした。
「良かった……」
何かに安心したような声。それから目映いほどの笑みを浮かべる。
「リアさんは魔女さんの弟さんなんですね!」
それにリアは満面の笑みで答える。
「そうだよ!すっごい美人だけど運が悪すぎて最終的に山奥の引きこもりになっちゃったイデアおねーちゃんの弟だよ!」
「す、好きで引きこもりになったんじゃないわよ!」
リアの悪ふざけに反論するも少年はきょとんとした。
「リアさんは呪いの魔女さんの顔を見たことがあるんですか?死なないんですか?」
「ああ、僕は」
「リア!」
リアの口を力強く塞ぐ。その質問は駄目だ。少年であってもこれ以上踏み込まれるのは精神的に辛い。リアは私と正反対で明るくて誰にでも優しくできる良い弟だ。彼の軽口も本来なら悪口であるが、あまり嫌味を感じさせない。だけど、ストッパーがないため何でも話そうとしてしまうのが難点だった。リアは掌でもごもごと口を動かすも、まだ手を外さない。リアの耳元で念入りに話すなと言うと彼は頷いた。手を離すと大袈裟に息を吸う。
「すーーーはぁー、イデアは怒ると怖いんだよ。だからごめんね、少年。詳しくは話せない」
少年は始終ポカンとしていたものの、素直に頷いた。
「こちらこそ……ごめんなさい」
犬であったら耳と尻尾は垂れ下がっているであろう、反省をしている少年。それにリアも私と同じように感じとったらしい。そう、昔飼っていた子犬のことを。
「コーディに似てる!可愛いな少年!」
「コーディって誰ですか?」
「昔飼ってた子犬なんだ!もしかして少年の名前もコーディ」
「違います」
即答する少年。そういえば私はまだ少年の名前を知らなかった。しかし、彼の名前を知ったら離れられなくなりそうな気がして、私は咄嗟に話を切り替えようと声を上げた。
「それよりリア私にお肉を早く頂戴!」