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戦え!!キョートカロム 3  作者: ユーリ
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あくまで経験則です

第3章:引き打ち技のジーノ

 じょっしこうで人気ある人だぁー。

 サクラは数瞬間、目が離せなかった。

 見上げる長身に静かな瞳、スカートではなくユニセックスの制服、そしてショートの黒い髪はちょっとぼさぼさしてる。

 彼女がサクラに目を向ける。

「あっ、あの、ごめんなさい!」

 いや自分、違うだお。

「転校してきたサクラ。経験者で、体験入部してみたいって」

 ノイさんナイスですけど、微妙に誘導してません?

 背の高い彼女がうなづく。それだけで空気が変わる。

「どうしよう? 私とサクラで組んで、ジーノひとり?」と、ノイは提案した。

「なにか打ってみて」と、ジーノはサクラに言う。

 サクラは中央にパックを置き、右手で打った。きれいにポケットした。

「この子、ボクにちょっと似てないかな」と、ジーノはノイに聞いた。

「ノイとボクとでプレイするから」と、ノイの表情を見たジーノが言う。「見ててね」

 ベルトポーチ型のストライカーホールドからマイストライカーを取り出し、握りこんだジーノは、そのままノイに拳を突き出す。

「ヘッド」と、ノイは間髪入れず答える。

 ジーノが手を開いた。ストライカーは裏面のようだ。

「私がグリーンだから、ジーノがレッドで、ジーノから。よろしくお願いします」と、ノイが一礼した。

 ジーノも頭を下げ、サクラを手で招いた。ん、あたし?

「ブレイクショットの場合は」と、ジーノがささやくように言う。「右ヒジを曲げて、体重を右手首に集中させる感じでボード近くに立ち、左手は軽く握って、ウェイトバランサーとして体のななめ左から左よりに浮かせる」

 ジーノのストライカーが淡くかがやき始めた。

「自分の正面から数えて、左に3個目か4個目かのパックと、その次のパックとの継ぎ目をねらう。『拳をつぶす』感覚で、中指の第一関節がかなり伸び切るまで力を溜める」

 ジーノさんの小声って、まるで、まるで女性声優さんが線の細い美形男子の声を当てているみたいデス。

「一気に!」

 ジーノのストライカーのかがやきが読める。「カルペ・ディエム」(章注1)。放たれると左辺が大きく崩れ、ジャックも前方に移動した。

「うん……」と、頭をふってノイは言うと、ジーノの色のレッドパックを弱く打ち、ジャックに近寄せた。

「ノイの打ち方をよく見ておいて」と、ジーノはサクラに言った。「ボクよりずっと強いから」

 ジーノは、初打でブレイクしたレッドパックをポケットした。続いて右辺にもブレイクショットを打ち込むが、あまり崩れない。

「スピンのことは、ノイから聞いたよね?」

「ノイは重心の話とか、した?」

「そっちに行って! ノイの姿勢をよく見て、横から!」

 なんか、ジーノさんに命令されると体が動く。あたし、病気? でもノイさんの姿勢、キレイ……。

 ノイさんは背筋がピンとしてるから、キレイに見えるんだ! 猫背じゃない。腰を深く曲げて、両手を前に伸ばしたカッコは、なんか、スナイパーみたい。

 ノイの一打は左辺の赤と緑のパックを散らし、ターンエンドした。

「ジーノ、スタンダードに打ってあげて」

「むつかしいこと言われてもな」

 「カルペ・ディエム」を手にしたジーノは、サクラを呼んだ。

「ストライカーはここ! 中指の爪のすぐ上、というより爪と指の間、かな。指とストライカーとは、絶対に離れちゃいけない。ノイに聞いたと思うけど」

 サクラは首を振る。ジーノはノイを見る。ノイは視線を外す。

「『keep touching, and keep feeling』って言ってるんだけど」、とジーノは言った。「ストライカーは弾かない。打つでもない。押す、押し出す、でも無くて。加速する。アクセラレーション、なんだ」

 カ、カッコイイ! 逆に聞いたこと忘れた。

「ストライカーをセットしてから、せーので中指を引いちゃうビギナーも多いけど」と、ジーノは言った。「それは指が痛くなるからね。ボードを見下ろせるところに立って、位置関係を確認してからストライカーを置いて」

「ノイみたいに、ほぼ腕が伸び切る位置に下がって」と、ジーノは続ける。「ボクは両足をななめに大きく広げるけど、スカートじゃない理由もそれなんだけど、ノイは足を広げずにお尻を突き出して、ハスラーみたいになるね」

 スカート盗撮ダメ。

「立ち位置を決めて、ストライカーの置き位置を微調整したら、打ち指を曲げて留め指にかける。無理して『輪っか』にしなくていいよ。手を握って、中指の爪に親指を掛けてもいい。このとき、すでに力が20パーセントくらい『チャージ』されてる。だから絶対、指を引いちゃうなんて無し」と、ジーノは言って、ストライカーに打ち指を接触させた。「このとき、中指はすでに『しなって』いるんだ……。このしなりを強くするため、中指の付け根を押していく。ぺらっとしたプラ板より、鉄板をしならせた方が反発力は高いよね」

うん。

「『性質変化』とでもいうのかなあ、指への負荷が高まっていくんだ」と、ジーノは言った。「そして、『伸びる筋肉は存在しない』。反対側の筋肉が収縮してくれるおかげで指を広げられる。その筋肉に働いてもらうためには、背中からパワーを流す。それもあって、ヒジは曲げない方がいい」

 指を広げる。

「中指、薬指、小指は神経がつながっているらしいんだ。グーを作って、薬指だけ立ててみて」と、ジーノは言った。「できないでしょ」

 小指がついていきたがる。中指も。

「中指を親指に掛ける。中指は小指みたいにパーになりたがっている、この時点で。でもここでリリースしても弱い打ちになる」と、ジーノは空中で手を開いてみせた。

「中指は曲がって親指にかかっている。けど、曲げているんじゃないんだ」と、ジーノは言った。「小指についていこうとする中指を、親指が留めている」

「中指ってお兄さん指じゃない」と、ノイが言った。「小指と薬指がミュージシャンとして家を出ていったあと、長男だから家業を継げ、ってお父さん指に止められているとかね」

 ノイが分からない。

「『あいつらが武道館でやってるんだ』、『お前の問題じゃねえ』、『オレだって満員にしてみてえんだよ!』、『そんなことぬかしてるうちはなぁ』、『なんだよバカおやじ! そ、そうかオレの仕事は武道館を満員にすることじゃねえ! 21世紀最高のギタリストになることだ!』、『行ってこい、バカ息子!』」

 ノイのナレーションとジーノのショットがシンクロし過ぎだと思う。

「そんなことより、『ストライカーはこう飛んで、当たったパックはこういうコースを通ってポケットに落ちて、こういう音が聞こえる!』というイメージを無限リピート再生した方がいいと思うけど。中指の付け根に少しずつ力を送っていって、チャージが100パーセントになったら、勝手に出ていくから」

「バカ息子がね」と、ノイが言った。

「どっから来たんだ、それ」

「あなたとあたしの間から」

 ジーノが視線を外した。

 ジーノは結果として4連続ポケットし、最後に遠い位置のパックに挑戦したがサイドに移動させるにとどまった。

 ノイのターン。

「そこら辺が、複雑な人間関係になりそうな気」と、ノイは言った。「それはヤだから」

 サイドに移動してきたジーノのパックの、ぎりぎりの隙間を抜けてパックは落ちた。

「『お見合い』になりかけだったからね」と、ジーノは言ってサクラを見る。「レッドの進行方向にグリーンがいて、グリーンの前にはそのレッドがいる配置をそう呼んでるんだ」

 お見合い。複雑な関係になりそうですね。

「この子は天使かなー?」と、ノイはテーブルに近づいて伸び上がり、真上から見て配置を確認する。

「うちでの言い方で、80パーセント以上で落とせる子は『天使』」と、ジーノは解説した。「レッドとグリーンが絡んでてよく分からない子が『人間』。落としにくいところにあったり、ブロックされてたりする子が『悪魔』」

 デービール。

「サクラ、悪魔はもともと天使だったのよねえ」と、ノイがストライカーをエリアラインにセットして言う。

「悪魔、ルシファーですか」と、サクラは思い出す。「ルシファーはケルビム(章注)だったのに、神様になりたいって言い出して戦争し、ミカエル天使長に地獄に落とされはった……。ですか」

「そう、それが堕天使。いい? 天使は、いつでも天使じゃなくなる……。この地上にいれば」と、ノイは言って「メメント・モリ」を打つ。「女子に恋して、天国に帰れなくなった天使もいっぱいいるのよ」

怪談をしていると、お化けが出現するという。天使の話をしているからか、讃美歌の様な音楽が聞こえてきた。

「女子の魔力ってとこだけど、ボクに言わせりゃ引っかかる方のせーきにん」と、ジーノはボード上をにらみながら言った。「勝手に引っかかってるくせに」

チカンもセクハラも犯罪です。

「天使が、天使でいられるうちに天国に帰してあげる」と、ノイの「メメント・モリ」が連続して走る。「それがあたしのプレイスタイル、たぶん」

 たぶんかよ。

「ノイはスピン打ちができるから、『地獄』ゾーンがほぼ無いんだ」と、ジーノが再びボード上をにらみながら言う。「地獄ってのはポケットしにくいところね。地獄にいるから悪魔なのか、悪魔がいるから地獄なのか」

 地獄のゾーン。

「『人間』やなー、あの子」と、ノイは言った。「あたしはエンジェル・ハンター(注)だから、天使になってくれますように」

 讃美歌が聞こえる、はっきり……。あたしたちより上の、20代くらいのお姉様たちの歌声。学校にはいらっしゃらないはず。教会の聖歌隊? ちがうノイのストライカーだわ。

「レッドとグリーンがくっついてると、天使でもなく悪魔でもなく、人間であり続けることになる。だから人間界」と、ジーノは言った。「ノイはこれで、全部のパックが天使になったかな。女の子の指はしなやかで柔らかくて、スピンを掛けやすいんだ。ボクも女子なんだけどさ」

 ジーノはストライカーをエリアラインにセットした。なんだろう、讃美歌が小さくなっていく。

「ボクの『カルぺ・ディエム』は消音タイプで、ノイの『メメント・モリ』は発音タイプ。死者は歌い、生者は黙り込む」と、ジーノは言った。「打ち消し合う」

 ますます静かになっていく。ジーノのカロム力だ。

「もし外したら、ノイなら次のターンでフィニッシュする。このターンで勝ち逃げするしかないよ」と、ジーノは言った。「もう、ドローショットしかない」

 ジーノはボードに近い位置に移動した。

「右足にほぼすべての体重をかけ、左足は大きく前に伸ばす。半身の姿勢だから、顔は左向き。左手はカウンターカルチャー(注)として手の平を上にして軽く握り、肩とヒジの力を抜いてお腹の前に浮遊させる。右手は肩からぶら下がっている感じで右肩は大きく下がり、右ヒジは卵がはさめるほど深く曲がる」

 ノイとはまったく違い、ストライカーの上におおいかぶさるような体勢だ。

「中指を残して。右足の上で上半身を回転させて、右ヒジをねらうコース上の反対方向に引く」

 中指以外が後方に移動すれば、しなりが解放されてストライカーは打ち出される。

 ジーノのカロム力がしんとした静寂をもたらす中、ジャックは左奥にポケットし、彼女の勝利が確定した。

「サクラ」と、ジーノは言った。「天使は天国に帰りたがってる。でも悪魔は地獄に帰りたくない。自分で自分のことを、悪魔だと認めたくないのかも知れない。サクラはどう思う?」


カルペ・ディエム:「生を摘まめ」の意のラテン語。現在の一瞬を悔いなく生きよ、という意味とも言われる。

ケルビム:「智天使」という、天使の9階級のうち第2位。四枚の羽根を持つ。神の知恵を受けて青く輝く。

エンジェル・ハンター:コースがクリアなパックを天使と呼ぶなら、コースさえ見えれば落とせるスキルを持つプレイヤーのことか。

カウンターカルチャー:カウンターウェイト(重り)の隠喩だろうか。


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