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今日は樹の入学式だ。

両親が上流階級の方々と式を見るのは気が引けると言ったので、できるだけすぐに帰ろうということになっている。


「あんた、鈴木さん?に、ちゃんとお礼言っときなさいよ?本当は私たちが行かなきゃダメなんでしょうけど…」

「わかってるよ」


今は清皇の敷地を車で走る途中。

昨日から何度も何度も念押しされている樹が、うんざりした様子で答える。

まだ小さい祥太は家で父と留守番だ。

父は来たがったが、もし祥太が何かやらかせばと思うと留守番は必須だろう。

それより、私も雅さんに会いたいな。会えるだろうか。

雅さんに会ったら何て言おう。まずご入学おめでとうございます、それから…。

そんなことを考えているうちに、高等部の敷地についたらしい。駐車場に車を停めて、職員らしき人の誘導に従って進む。

校舎に着くと、樹と同じデザインの制服を着た人だかりができている。保護者は周りに広がって談笑しているようだ。どうやら、あそこにクラス名簿が掲示されているらしい。

自分のクラスを確認して戻ってきた樹は、なんだか微妙な顔をしていた。


「どうだった?」

「鈴木と同じクラスだった」

「え!雅さんと!?いいなあー!」

「んー…」


なんだその反応は!もっと喜べバカ兄!!!

そんなバカ兄はさっさと教室へ向かうことにしたらしい。じゃあな、となんの感慨もなさそうに言って離れていく。


「相変わらずドライなやつだなあ」

「あんまり長引かせると寂しくなっちゃうから、それで湊に気づかれるのが恥ずかしいだけよ」


寮生活になるのだからもうちょっと別れを惜しんでもいいだろうに、と私が文句を言うと、母はくすくす笑ってそう言った。

そうだろうか。とてもそうは見えなかったが、母が言うならそうなのだろうか?


「そうかなぁ…」


じっと見ていると、樹がふと振り返って、小さく手を振った。また帰ってくるとわかってはいるが、言葉にできない思いがこみ上げて少しだけ胸が苦しくなった。







帰る前にせっかくだからと校舎を見がてらトイレだけ借り、母が待つ駐車場へ行くその道中、探していた背中を見つけた。

黒髪に映える蝶のバレッタ。


「雅さん!!」


怒られるかと思ったが、抑えきれずに名前を呼び、手を振りながら駆け寄る。

呼び止めたその人はゆっくり振り向いて、言った。


「…随分と礼儀を知らない人ですわね。どちら様かしら?」

「…え?」


思いもよらない冷たい視線に晒されて、身が竦んだ。


「制服を着ていないところから推測するに、今年入学する庶民の出の方のご家族かしら」

「えっ…と…?」


頭が混乱して、うまく言葉が出てこない。

体裁だけの笑顔は今にも崩れてしまいそうだ。


「嫌だわ…私を誰だと思っておりますの?清皇生でもない庶民の分際で、近寄らないでくださるかしら」


そう冷ややかに言って、スタスタと去っていく。

信じられなかった。信じたくなかった。

だって、あれでは、まるで。


「『鈴木…雅』…」


そこから家に帰るまで、私はずっと放心していた。

何故だ?何故彼女はこの短期間でああも変わってしまった?

樹に、私に温かな視線を向けてくれたあの雅さんが、どうして?

いや、違う。あの人はあのバレッタをしていた。大事にすると微笑んだ、あのバレッタを。


「ああ振る舞う理由があるの…?」


しかしわからない。確かに雅さんはすごい財閥のお嬢様だから、寄ってくる輩にいちいち愛想を振りまいてもいられないだろう。でも、あのように邪険に扱うメリットもないのではないか?

そうなれば、あんな態度を取った理由は何だろうか。


「…私を遠ざけるため、とか?」


それも、なんで?

わからない。わからない…が、これは非常にまずい気がする。集合時間も近く、人がまばらな校舎だったとはいえ、目撃した人間は相応にいたはずだ。このまま雅さんがあのキャラでいくつもりなら…。

ほぼ確実に、待つのは一族からの絶縁、路頭に迷う日々。

樹への恋だって、叶いはしないだろう。

そんなのは、嫌だ。

雅さんは、悪役・鈴木雅とは違うのだ。

私はあの人を幸せにしたいんだ。

あわよくばあの人を「お義姉さん」と呼びたい!!

そのためには、このままではダメだ。

幸い、物語が始まるまであと1年ある。

1年で何ができる?相手はあの閉鎖的な学校にいる。

1年で、何が…。


「お母さん!!!」

「うわビックリした、何よあんた!」

「私!!清皇に入る!!」


私が、清皇生になればいいんだ。

同じ舞台に立つために。

天才の兄と。違う次元にいるあの人と。



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