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「み、雅さんって、呼んでいいですか?」

「え、ええ…」

「あの、休日ってどうなさってますか?やっぱり、日本舞踊とかやってらっしゃるんですか?」

「そ、そうですわね。休みの日も多いですが、習い事の先生が来てくださることが大半ですわ。日本舞踊、ピアノ、社交ダンスなど…」

「そうですか〜!あ、私めのことは是非湊と呼んでください!」

「呼び捨てなんて、そんな…では、湊さん…」

「せめて湊ちゃんで!樹の野郎が『くん』なのに、私が『さん』なんて、なんか負けたみたいじゃないですか!」

「は、はあ…」

「何にだよ。スマン、鬱陶しかったら遠慮なく髪の毛あたりを束で抜いてやれ」

「い、いえ!大丈夫ですわ!」


教室棟へ向かう車内。もともと雅さんは、私たちに1台、雅さんに1台で2台車を持ってきてくれたそうだが、私が雅さんと一緒に乗りたいと言い、「身内から犯罪者を出すわけには」と言って樹も乗り込んできて、結局1台に雅さんを真ん中にして3人詰めている状態である。

あの後、結局連絡先は交換してもらえなかった。私を警戒した使用人の人たちに邪魔されたからだ。くう。

私が樹の妹だと知ったとき、雅さんは目を丸くして、「まあ、樹くんに似ず端正なお顔なのでてっきり…あ、いえ、樹くんが崩れていると言いたいわけではなくて!」とのたまった。なんて正直な人だ。崩れていると言われてしまった樹の微妙な表情がすごく面白かった。


「あ…えっと、車ありがとうございます。何分かかるかと思ってたんで、助かりました」


思い出したように樹がそう言い、座ったままぺこりと頭を下げる。私も慌ててそれに倣った。そういえば、まだお礼を言ってなかった。雅さんは両隣で頭を下げられて、少し居心地が悪そうだ。

今の所、雅さんは私の記憶とはかなり性格が違うように思う。謙虚、温厚。ゲームの悪役令嬢の影は全く無い。


「大したことではありませんわ。もともと私が無理にお誘いしたのですし、少しでも清皇に良い印象を持って頂きたいですから」


雅さんはそう言って窓の外に目をやる。そこには、相変わらず庭園が広がっている。奥の方にうっすらと赤煉瓦造りのような建物が見えてきたが、あれは教室棟ではないのだろうか。

雅さんはきっと、清皇を愛している。清皇に通う自分に誇りを持っている。

…見せたかったのかな。

自分を作った、愛する清皇を、樹に。


「…そのことだけど、俺、高校は清皇にする」

「えっ!本当ですか!?」

「うん…色々、納得したから」


色々?

どうやら、樹が清皇を選んだのには、昨日言っていたのともっと違う理由がありそうだ。しかし、それは樹にとって口に出すものではないのだろう。雅さんが緩く頷いているところを見ると、2人の間でなんらかの会話があった結果、樹は清皇を選んだらしい。

やはり、どう考えてもこの世界とゲームには差がある。

ゲームの中では、(雑にやったため覚えていないとすればそれまでだが)2人の接点は全く無く、樹ルートでもなければ雅は樹の名前を出さないし、樹ルートでも樹が雅を認識しているかどうかすら怪しいというイメージだ。そもそも椿 樹に妹がいたというイメージも無い。なら私の存在がイレギュラーなのか?と思うが、私のあずかり知らぬところで2人が関わっていたことから、私を理由に差が生まれたというのは考えにくい。


「じゃあ、高校は樹くんと同じですわね」


嬉しそうに頬を緩める彼女は、美貌が冷たさを際立てるゲームの雅とはまるで別人だ。

それにしても、こんなにあからさまに好意的ならば、樹も雅さんの気持ちに気づきそうなものだが……

「あー」と生返事をする樹の心情は、殆ど読めない。樹の女子に対する態度なんて知らないが、好意を向けてくる女子への対応として、あまりにも無頓着な気がする。そもそも、樹なら自分を好きな女子とはあまり関わろうとしないはずだ。今回のようにホイホイ学園祭に来たり、会話をしたりは避けるはずなのだ。

…樹は、雅さんのことをどう思ってるんだろう?

「めんどくさい」の意味はなんなのだろうか。


「湊ちゃんも、せっかくですから楽しんでいってくださいね。私のおすすめは、北校舎中庭で行われている野点ですわ。朝一番の部で頂いたのですが、お茶もお菓子も毎年美味しくなっている気がしてしまいます。それに、我が校の園芸部が育てている薔薇が見事に咲き誇っていて、ついゆったりしてしまいました」

「へえ〜!私、本物のお抹茶って飲んだことないんですよ!楽しみだなあ〜」


薔薇を眺めながらお茶を飲む雅さん。

うーん、見たかった。


「雅さんのクラスは、出し物とかしてるんですか?」

「夏目漱石の『こころ』を解説する展示をしておりますわ。パネルを作ったり、力は入れましたが、お恥ずかしながら楽しめるものではありませんので」

「…こころって?」

「お前、名作文学のひとつだぞ。それくらい知っとけよ。ちょうどいい、そこに行こう」

「い、樹と一緒にしないでよ!普通の13歳は知らないもんなの!」


冷めた目を向けてくる樹に噛み付くと、挟まれている雅さんはまあまあと私をたしなめた。


「お勉強になるならやった甲斐があるというものです。今度是非お読みになってみて下さい」

「は、はい!」

「いや、こいつ絶対読まない。ていうか、読めない」

「うるさいな!読むよ!」


今思ったけど、兄妹喧嘩の間に挟まれる雅さん、かなりかわいそう。

まあでも樹の方に乗り出せば自然な流れで雅さんに近づいていい匂いを堪能できるし、樹が近くなって雅さんちょっと照れてるし、まあいいかな?


「お話中申し訳ありません。雅様、教室棟まで来ましたが、どこに向かいましょうか?」


車が止まったと思うと、運転手の人がこちらを振り向いて言う。

たしかに、少し向こうに何棟か建物が見える。ひとつひとつがお屋敷のようだけど、あの中に教室があるんだろうか。


「迷惑でなければ、校舎を少しご案内いたしますわ。どこへお行きになるご予定でしょうか?」


雅さんはこちらを向いて意見を促した。


「あ、じゃあ、まず野点に行こうかと…」

「北校舎ですね。承知しました。では、その近辺に車を付けさせていただきます」

「は、はい!お願いします!」

「すみません、ありがとうございます」

「いえ、仕事ですので」


クールに答えるのを見ると、たしかに『仕事人!』って感じだ。この人が、例えばボーナス貰って小躍りするなんてあるんだろうか?ちょっと見てみたい。

そんなことを思っていると、北校舎の裏手で車が止まり、その人がさっきのように恭しくドアを開ける。

やっと聞こえた学園祭さながらの喧騒に、思わず心が弾んだ。






時間はあっという間に過ぎ、午後3時。


『ご来場の皆様にお知らせ致します。只今をもちまして、第○年度清皇学園中学校学園祭を終了いたします。出入口の混雑が予想されますので、皆さま譲り合ってご退場願います。本日はご来場ありがとうございました。』

「あれ、もうそんな時間?」

「結構楽しかったな」


もう終わりともあって、来たときに比べて人はだいぶまばらだ。

結局、当番で30分程度抜けた以外は、ずっと雅さんに案内してもらっていた。たぶん、雅さんがいなければこの広い校内で2人彷徨っていただろう。


「今日は本当にありがとうございました。…その、また模試とかで」

「はい。お会い出来るのを楽しみにしております」

「ありがとうございました!すごく楽しかったです!」

「それは何よりですわ!結局ほとんどご一緒させて頂いて、こちらこそありがとうございました」


私たちとは比べ物にならないほど優雅に雅さんがお辞儀をした。

肩から流れる髪の毛が美しい。


「清皇の学園祭だから、出店も高いのかと思ってましたけど、500円以上のやつはあまりなかったですね」

「ああ、この学園祭は、生徒の一般的な金銭感覚を養う目的もあるんです。材料や売り方を工夫してコストを抑えたり、適正な価格を付けたりして、ものを売るということを学ばせようという狙いもあると聞きました」

「私たち一般市民が買わないような商品を作っちゃダメってことですか!それって中学生には難しくないです?」

「ええ。ですが、クラス一丸となってやっていますから。教員からのアドバイスもありますし…これくらいで、根を上げてられませんわ」


そう言って笑った雅さんの目には、たしかに『責任』があるように見えた。それも、途轍もなく大きな。

今度は門まで送ってもらい、すっかり暗くなった道を歩く。


「雅さんって、ほんとに財閥のご令嬢なんだなあ」


はーっと感嘆の息を漏らしながら言う。

隣の樹は深く頷いた。


「俺はあの人と同じ舞台に立つ」


__ぞっとした。

そうだ。

あと1年と少し後には、樹はあそこの一員になる。

今まで樹との差を感じたことは嫌という程ある。

だけど、樹自身を遠くに感じたことは一度もなかった。

樹が、私の手の届かない所へ行ってしまう。

両親が昨日感じたのも、これと同じものだったのだろうか。


「…樹。」


何にかはわからない。ただ恐ろしくなって名前を呼んだ。

樹は乱暴に私の頭を撫でる。

痛い。

もうこれは擦ると言った方が適切かもしれない。なんだお前は?不器用か??


「あの人は頭が良いとかいう次元じゃないんだよ」


それはおそらく、私が初めて聞いた樹の敗北宣言だった。

ムカつくことに、樹は運動も割とできやがる(私の方ができるけど)。だから、頭でっかちだと貶されたことも私の知る限りではない。加えて、樹が誰かと自分を比べているのも見たことがない。

樹が見ているのは、いつも今より上の自分自身だった。

そんな樹が。雅さんを、自分と違う次元にいると言った。同じ舞台に立ちたいと。

私は、樹が遠くに行くのが怖かったんじゃない。

樹が初めて見せた闘争心に、気圧されたんだ。


「…だから面倒くさいんだよなあ」

「………紛らわしいよ」

「は?」

「樹は雅さんに興味無いんだと思ってた」


ガシガシ擦ってくる手を思いっきり払いのけて言うと、樹はさも意外とばかりに目をぱちぱちさせた。


「興味無いわけないだろ。あの人全国模試3位だぞ。この前なんて総合点では勝ったけど、英語は100点満点で俺が99点のあの人100点だぞ?」

「えっすごい!てかどこで1点落としたのよ!この馬鹿!」

「うるさい!俺にも知らない単語くらいあるんだよ!」

「そんなの言い訳でしょ!じゃあなんで雅さんの名前覚えてなかったのよ!このぼんくら!」

「さっきから言いたい放題だな!特に名乗られたこと無かったんだよ!あっちは普通に俺の名前知ってたし!」

「えー?どうせ樹が忘れたんでしょ」

「そんなわけ…ないはずだ」


樹が気まずそうに目を逸らす。これは自信が無いやつだ。

ほらーと言って笑うと、樹は不機嫌そうに眉を寄せて頭を掻いた。


「雅さん良い人だったね!綺麗だし、私もう大好き!」

「こっちはヒヤヒヤしたって。お前のせいでもう関わるなとか言われたらどうしようかと思ったよ」

「それは無いと思うけどなあ〜」


ケラケラ笑うと、樹は今日何十回めかのため息をついた。





………てか、樹があそこまで言うって、雅さん結構脈アリなんじゃないの!?


「いっ樹!」

「な、なんだよ急に」

「雅さんの美しさに溺れて頭悪くなったりしないように気をつけなよ!?」

「本当何なんだよ急に」




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