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「あら…またC判定だったの?この時期に、そんなことで大丈夫なの?」

「わかっているとは思うが、●大にも入れない人間に、帰る家は無いからな」


__わかってる。わかってるけど、わからないんだよ。

あと数問、届かないの。間違えてしまうの。

どうすればいいの。


「またあの子に負けたの?








----ーー雅。」






息苦しくて目が覚めた。

眠ったまま、泣いていた。

なのに、夢の内容が上手く思い出せない。

遣る瀬無い気持ちで起き上がりリビングへ行くと、ソファーに座った樹が手招きをしている。


「なに?」

「あのな…って、お前目赤いぞ。寝不足か?」

「大丈夫。で、なに?」


覚えてもない夢で泣いたとは言いたくない。


「ああ、今日清皇学園中等部の学園祭なんだけど、お前一緒に行かないか?」

「ん、いーよ…って、今なんて?」

「清皇中学の学園祭行こうぜ」


清皇中、と印字された光沢を放つ上質紙を、表情1つ変えずにひらひら見せてくる。

普通に誘ってきてるけど、それはいくらお前でも手に入れられない代物の筈だぞ、樹!


「そ、それ…どうやって手に入れたの!?セレブの間でオークションにかけられるレベルのやつでしょ!」

「まじか、こわっ!」

「知らなかったの!?」


清皇学園の学園祭ともなれば、有力財界人の関係者が多数訪れる。中等部といえどそれは変わらないし、あわよくば次期社長となるような子どもと知り合えるかもしれないのだ。

既にある程度の地位を築いている人間であっても、それはひどく魅力的な社交の場。学園もそれがわかっているため、数を限定してチケットを売りに出す。審査の上抽選となると聞くが、清皇学園の生徒ならば申請した枚数が貰えるので、小遣い稼ぎに競売にかける生徒もいるそうだ。そして、抽選にあぶれたような輩がこぞって金を出す…らしい。

そんなようなことを、ゲームで言ってた気がする。


「この前偶然鈴木に会って、くれたんだよ!もしかして俺が貰っちゃマズイやつじゃ…」


鈴木!また奴か!

思い違いじゃなければ、鈴木 雅と樹の関わりはかなり深い。…でも、それにしては樹にその認識がなさすぎる気がするのだが。


「ま、まあ、鈴木さんだって賢い人なんでしょ?じゃあダメなことしてるってことはないと思うし…まあ行って死ぬわけじゃないんだし、行ってみようよ!」

「そう…だよな」


まだ少し青い顔で頷く樹を見ながら、これは思ったよりややこしいかもしれない、と私は思いはじめていた。

鈴木 雅が謎すぎるのだ。行動の意味が全くわからない。そして、恐らく雅と樹の間にある認識の差。

…少し、いやかなり怖いが…。


「鈴木さんに、会ってみたいな」

「ん?あー、まあ会えるんじゃないか?清皇だし」


ふと呟いた独り言を聞かれて焦ったが、樹は気にしていないようだ。

今のうちに、樹の雅観を聞いておこう。


「樹、鈴木さんってどんな人?」

「………………めんどくさい?」


大概だな!?

名前覚えてないわ、タップリ溜めてめんどくさい人呼ばわり。かたや、雅にとって樹はプレミアもののチケットをわざわざ2枚渡すくらいの人間。

片想いがすぎる。


「なんか、いつも元気だな。変な人だと思う」

「悪い人では?」

「ないと思う」

「思う思うって…」

「しょうがないだろ、よく知らないんだから」


実際会ってみろよ、と言うので、ひとまず質問をやめて支度をすることにした。

…ていうか、清皇みたいな上流階級しかいないようなところに、普通の服装で行ってもいいのだろうか?

よそ行きのワンピースで行くべきか…。

ちょっと迷って、比較的新しいワンピースを着て、カーディガンを羽織る。少しは上品に見えるはずだ。

リビングに行くと、いつもと全く変わらない長袖長ズボンの出で立ちの樹がいた。それなんて書いてんの?メキシコ?

男子の服装はよくわからないが、適当に選んだことだけはわかる。あれこれ私が考えたっていうのに、こいつは。

不機嫌になった私を見て不思議そうな顔をしてたけど、答える代わりに思いっきり尻を蹴ってやった。

「ゔぁっ」と変な声を出して悶える樹を見て溜飲を下げてから、意気揚々と家を出た。





「おっ…おお…!すごい!」


家から20分ほど歩けば清皇学園だ。

初めて来たけど、なんか、すごい。煉瓦造りのがっしりとした門がそびえ立ち、両隣には黒服が控えている。門に近づくと止められたので、チケットを出す。

黒服の人は少し怪訝そうな目をしていたけど、つんと澄まして通ってやった。

樹は全く動じずにいた。余裕かよ、悔しい。

門から中に入っても、ワイワイとした出店や生徒たちはいない。白い石畳と、両端には鮮やかな生垣。すぐそばにある受付からパンフレットをもらうついでに聞くと、店のある教室棟までは門から少し距離があるらしい。普通は車で入るそうだ。


「だから立ってた人達あんな疑わしげだったんだな」


樹が飄々と言う。きっとこいつは場違いだとか気にしてないんだろう。皆さまお車でお越しになりますよ、と言ったときの受付の人の目も。

私は脳内で2回くらい蹴ったけど。

それはさておき。


「超広いね。教室棟まで歩きで何分かな?」

「さあ…まあ、なんとかなるだろ」


面倒そうに歩きだした樹に、慌ててついていく。

なんとかなるにはなるだろうが…今のところ一面に庭園が見えるだけだ。

まあ歩くしかないか、と諦めてまた石畳の先に目をやる。すると、向こうから黒塗りの車が2台走ってきた。

私たちと逆方向に向かっているということはもう帰る人がいるのかな、とぼんやり眺めていると、車は徐々にスピードを緩め、私たちの前で止まる。

驚いてつい樹の後ろに隠れると、樹は呆れたような目をしながらも私を隠すように車との間に立った。


「御機嫌よう、樹くん!いらしてくださるならお家まで迎えをよこしましたのに!」

「アッハイ」


運転席から降りてきたスーツの男性が恭しくドアを開け、中から出てきたのは、ハイテンションな…超美少女!

そして想像に違わぬ反応をするうちの兄!

不躾とはわかっていながらも、ついじろじろと舐めるように見てしまう。

漫画でしかありえないと思っていたような光沢のある肩下くらいの黒髪、陽に当たって眩しく光る白い肌、涼しげな目元には長い睫毛が影を落としていて、頼りなげな雰囲気を短めの眉が引き締める。

そして何より目を引かれるのが、見ただけで柔らかさを想像してしまう、赤く、それでもくどくないふっくらとした唇。

印象の円グラフを作るなら、かっこよさ1割、儚さ1割、美しさ3割、色気5割!

素晴らしい!スチルでもなかなかの美しさだったが、実物はかなりヤバい。

清皇学園の紺のセーラーが誰よりも似合う…ていうかたぶんだいたいの服は似合う。

今目の前にいる彼女は、私が良く知る蔑んだ目をしていない。顎を上げ、見下すような素振りもない。


「受付にいたうちの使用人から、樹くんがいらしたと報告を受けましたの。歩きとのことでしたので、教室棟までお送りさせて頂こうと思いまして」

「あー…どうも…」


彼女はふわりと花が綻ぶように笑った。いや、正直花よりも断然綺麗だ。それを向けられたうちのヘタレは、あからさまに「どうしようこの人苦手なんだよな…」感を出している。どうしようって、お前をどうしてくれよう。

恨みを込めて樹を睨んでいると、それが通じたのか、樹がこちらを振り返る。


「湊、どうした?やけに静かだな」


それに伴って、女神のような彼女がこちらを見た。

瞬間、彼女の顔に少しの緊張が走る。


「…はじめまして、私は鈴木 雅と申します。…あなたは?」


_____そう。彼女は、鈴木 雅。昨日から私の頭を占めている、『恋は春の訪れとともに。』の絶対的悪役。


「あー、妹の…湊、自己紹介しろよ」

「…もしかして…樹くんの…?」


樹が言った妹、という言葉が聞こえなかったのか、彼女は不安げになにやら言っている。揺れる瞳が宝石のようだ。

ていうか、薄々感じてはいたが、確信した。わかってしまった。

樹を見る、きらきらとした瞳。私を見る、敵愾心と不安に満ちた瞳。樹と目が合ったとき、さっと赤みが走った頬。私の記憶には全く無い、およそ令嬢らしからぬハイテンション。

この世界の鈴木 雅は、樹に恋をしている。

どうしよう、何か言わなければ。私は妹の湊です。彼女じゃないです。こいつ彼女いないんで、あわよくば私のお義姉さんになってください。好きです。

混乱してうまく言葉にならない。私はいつもこうだ。

なにか、なにか言わないと…なにか…


「かっ…」

「「か?」」

「可愛すぎるので、連絡先交換してください!!!」


かくして、私は鈴木 雅過激派となったのである。



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