幽霊JK()がイケメン勇者を見守って号泣する物語
何年も前に書いた話が出てきたので、加筆して投稿。
最後尻切れトンボですが、ご了承の上、ご閲覧ください。
これは彼の物語だ。
喜び、笑い、苦しみ、悲しみながら生きる。
広い大地をどこまでも自由にゆこうとする、彼の物語だ。
私はずっと、彼が生まれ、生きてゆく姿を見守ってきた。
――私がだれかって?
それは、私も、分からないのだ。
*********
**1**
西はロングエーデ王国、その中ほどにあるウェーデの川に沿うように敷かれた道を歩くのは、大陸にも数少ない『勇者』ローディス、である。
『魔槍の勇者』として名高い彼は、莫大な魔力と人間離れした身体能力を持ち、さらに精霊と心通わせ彼らの力を借り得る、超弩級の冒険者だ。幼いころより勇者としての教育を施され、また自ら研鑽も欠かさない、人々を魔獣から守る『勇者』――それが、彼。
濃く深い、大樹のような色の髪に、鮮やかな緑の瞳。整った鼻筋、少し垂れ気味の甘い目元やすっきりとした口元。贔屓目を抜いても美男子である。
誰の贔屓か? それは『私』だ。
先にご紹介しておく。私はかつて日本という、この世界ではない場所で生きていた十七歳女子だった。もともと病弱で十七歳にして病気で亡くなった。ふわふわとした意識の中で、自分が死ぬということをおぼろげに感じていたところ……ハッと気づいたら、この世界にいた。さらに細かくいうのなら、ローディスが生まれる瞬間に立ち会っていた。
いや、立ち会っていたというのは正しくないか。私は、空に浮かんでローディスが産まれてくるのを見ていただけなのだ。
空に浮かんでいる自分に気づいたことに驚愕し、自分がどうなっているのか分からずパニックを起こし、目の前の壮絶な出産シーンに混乱し、自分の姿がだれの目にも見えないということに絶望した。
そうして生まれてきた猿……もといローディスが自分の行動の拠点なのだと気付くのに時間はかからなかった。
とにかく大混乱の坩堝にあった私だが、ローディスの出産がひと段落したところで情報を集めなければと前向きに思い、周辺を見て回ろうとしたところで、一定距離以上は行けないのだということに気づいた。どれだけ前に進もうとしても、その場で体が動かなくなるのだ。
これでは情報収集もない、何もできないと思っていたところ、部屋を移されるローディスに引っ張られるように無理やり体が持って行かれた。もしやこの猿が原因なのでは、と思い試したところ、正解。
以来、私は文字通りローディスを中心にして浮遊生活を送っている。そして、彼の生きるさまをずっと見守っている。……私が十七歳なことも変わらない。けして変わらない。
今やローディスは二十四歳。とんでもない美男子だ。
だが彼がここに至るまでには、余人には想像も至らぬ壮絶な経験があった。それをつぶさに見守ってきた私が、彼を自分の子供のように愛さないわけがない。彼に幸せになってもらえるように毎日、毎時間、常に祈っている。
私は何もできないから。
ローディスはひとりで旅をしている。普通『勇者』ともなれば、魔法使いや剣士、神官などと、複数の冒険者と旅をし、魔獣退治や盗賊退治を行なうものだが、ローディスは違う。本当はローディスは誰かと旅をしたいのだと思うけど、それをするには彼は悪評が高すぎた。
そう、私のローディスは、こんなにも美男子でかわいいのに、世間から驚くほど悪い目で見られている。それはすべて、最初に説明したとおり、彼の高スペックすぎる能力に問題がある。
彼の保有する魔力は尋常ではない。普通の魔法使いの何倍という魔力を持ち、それはまだ彼が幼いころ、暴発という形で周囲に存在を知らしめていた。今でこそ魔力を抑える封印具などを身に着け、コントロールする術も会得しているから、魔力の暴発なんて起こしたところを見たことなんてない。けれど小さいころのそれが、その規模の大きさとあいまっていまだに後を引いている。
さらに彼は、人とは思えない身体能力を持っている。彼の振るう槍はもはや不可視の域まで達している……槍って長いんだよ? すごいでしょ? 重力なんてなんのその、とんでもない跳躍力もある。これは、魔力が体に影響を及ぼしているかららしいけど。普通の人はそんなに飛べないし、ローディスの持つような長槍を軽々と振り回せないのだ。
もう一つ、ローディスは世界に浮遊する精霊の力を借りて自然災害にも等しい事象を起こせる。精霊と交信できる人間はいるが、ローディスのように息をするようには行えない。――私は精霊なのかな、と思ったりしたこともあったけど、私はローディスに対してなにも干渉できないし、精霊たちにも否定された。彼ら、会話を成り立たせる気がないから、私が精霊か否かの答えをもらうのはたいそう時間がかかったが。
そんなわけで、ローディスは人々を救う『勇者』であるにもかかわらず、恐れられ忌避されている。
なにが悔しいかって、ローディスはそれでも人を救うことをやめないのだ。どんなつらい目にあっても、ローディスは見捨てない。自分の持てる力を持って人を助けようとするのだ。私がどんなに、ローディスに向かって泣き叫んで、そんなやつ見捨てればいいといっても、もう投げ出せばいいとすがったって、ローディスには届かないし、きっと聞こえても聞き入れないだろう。
私はローディスに何もできない。だから、せめて見捨てず、幸せを祈り続けるのだ。
**2**
さて、長々とご静聴ありがとうございます。
現在ローディスはひとつ依頼を受けている。
レグゼンレン山に棲息する魔獣、大角狼の縄張りが麓に下がり、人との境界を犯し始めている。大角狼は群れる習性を持ち、雑食のため人里に下りれば被害は甚大だ。これ以上の被害が出ないよう、大角狼を撃退、麓に下がった原因を探り――もしそれが大角狼がさらに強い魔獣との縄張り争いに負けたのだとしても――それを排除する、といったものだ。
はっきりいって人間一人が引き受けるレベルの話ではない。なにをどうしたら群れる狼を一人で退治して、しかも、もしかすればさらに強い魔獣がいるかもしれないのにそれすら退治しろというのだ。
そんな依頼を、いかに超弩級勇者とはいえ一人に任せるのだ。いや、引き受けるローディスも馬鹿だが。
あのやり取りはいまだにはらわた煮えくり返る。
――天災すら起こせる勇者様なのですから、余人の手など借りずとも
――同行した人間が無駄に怪我する必要はないと存じますが
ローディスはしばらく困った表情を浮かべていたが、本当に小さく溜息を吐くと「引き受けよう」と言った。私は何千万目の号泣を果たした。
しっかりと準備をし、ウェーデの川を上流に向かって歩いていくローディス。その表情は暗い。
私は彼と会話こそしたことないが、彼の行動をずっと見守ってきた。小さな、しまい切れなかったつぶやきも拾ってきた。だから誰よりも彼のことを知っている。
人と相いれず人として扱われないことを、嘆いているローディス。人を憎んでしまいそうな経験をしているくせに、誰よりも人に優しい。優しすぎる、かわいそうな子。
今回だって、こんな無茶な依頼を受けたのはきっと……怪我をするのは、傷つくのは自分だけでいいと、腹をくくったからだ。
いくら、人よりも驚異的に強いといって、一人でいられる精神を持つとは限らない。
私だって一人はさびしい。今この、誰とも会話の出来ない現状――精霊たちとは存在を認知し合えるけど会話は成り立たない――それでも私は、ローディスを見守っているから、ローディスがいるから耐えられる。でもローディスに『私』は存在しない。
そんなローディスは、自分が人とかかわれるのは人を守る時だけ――そう思っているのだろう。
こんなバカげた話があるか?
誰よりも人に虐げられて、それでも人が好きで、守ろうとする勇者が存在するなんて。
山の中腹に分け入ったローディスは、大角狼の群れと戦っていた。……ハイスペックな身体能力とか魔力を持つローディスはちょっと脳筋の節があって、まあハイスペックだからこそなんだけど、特に周囲に人がいないのであれば、まず殲滅から始める。なぜ大角狼が降りてきたのかっていう調査よりまず群れの殲滅が先、というか、悩みすぎてノープランで来た結果、群れと衝突、そのまま戦闘へ移行、だとは思うけど、計画が杜撰な時が多々ある。
これがほかの人と一緒だったらたぶんもっとスマートなんだろうけどな。
ああ、ローディスもう血まみれだよ。回復魔法も戦いながら掛るけれど、ローディスの体は傷だらけだ。傷跡も多い。
満身創痍になりながら大角狼の群れを殲滅する。殲滅と言ってもたぶん皆殺しではない。生態系を崩すのもいけないから――まあ、まず降りてきている原因が分からないといけないんですけど。
もう二十四年見守っているけどいまだにローディスが戦う光景は涙が浮かんでくる。特にこういう、むちゃくちゃな戦いを見るのはつらい。
周辺が落ち着いて、大角狼から採れる物を採ると、また進みだした。血の匂いに誘われて違う魔獣がやってくる。その場から少し離れて、何の魔物が来るのかを見るのだろう、ひとつの大樹に目をやると、重力を無視し樹のてっぺんまで跳びあがった。
深呼吸。大きく息を吐くと、ローディスは木の幹に頭を預けて目を閉じた。私の涙腺はそれだけで崩壊する。ローディスは今、息を整えながら、回復魔法を自分の体にかけていた。体中に染み込んだ魔獣の血を薄めるために、浄化魔法も並行している。これが異常な能力だと、最初の頃ローディスは思ってもいなかったな……一時、同道した旅人が吐きそうなくらいびっくりしてた。その様子を見てローディスもびっくりしてた。
とにかく異常なまでの能力を持つローディスだけど、なぜ誰一人として受け入れてくれない。この子はとても優しいのに……。
**3**
人ごみの喧騒の中で、ローディスは静かに歩く。
背中に背負う槍――その異形から、すれ違う人の中にはローディスが『魔槍の勇者』だと気付く人もいる。遠くで「あれが化け物」という声が聞こえる……なぜだ。ただ漠然と蔑むなんて意味が分からない。お前たちに何をしたっていうの。
あの後ローディスは殺してしまった数体の大角狼の死骸を処理し、周辺を見て回った。そして、山の奥にある洞窟をみつけ……人の足跡を、多数発見した。それはけして一人や二人ではない。慎重に洞窟に忍び込んだローディスが見つけたのは、おそらく山賊の棲み処。ちょうど出払っていたようで、ローディスが洞窟を抜けだしてからすぐに数人戻ってきた。野卑な姿。洞窟の奥には、明らかな金品や食料、切り裂かれた女性ものの服……だったであろう布きれもあった。
大角狼の群れが降りたのはこれに関係があるのかもしれない。そう判断したのだろう。ローディスは一旦、山を下り情報を集めることにしたようだった。
ギルドでの話し合いはまったくもってお話にならなかった。
そんな情報など、あなたには必要ないでしょうと言わんばかりだったのだ。
ローディスが怖いのは構わない。いや構うけど。でもこれって仕事じゃないの? ばかなの? 必要な情報があるのかないのか、それすら開示しないのは、もう意味が分からない。事件を解決するつもりないの?
見切りをつけたローディスが次に向かったのは夜の酒場だった。
ローディスの姿を認めた酒場の客たちは一瞬静まるが、ローディスが何も言わずに中に入ると次第に喧騒を取り戻す。これはだいたいどこの酒場も一緒。酔っていると判定が鈍くなるのは、生物共通だね。ギルド付きの酒場はローディスだって分かる可能性が高くて、へたすると静まり返って解散しちゃうから、ここは違ったからよかった。
ローディスはいつもカウンターやそれに準拠するテーブルにつき、静かに杯を傾ける。そして、自分の身体能力を聴力に集中して、まずは周囲の会話を収集するのだ。これは私としてもすごいと思う。
こうして人の会話の中から、ほしい情報を入手する。ここでは入手できるかなあ。できてほしいな。
可能性としては何だろう。盗賊があそこで大角狼を殺して縄張りを奪って根城を? でも大角狼は群れ、攻撃性も低くない。並みの冒険者にはどうにもできない。盗賊にもどうしようもできないだろう。なにか魔道具を使ったのかな。特定の魔物に聞く――私には周波数攻撃にしか思えない魔道具があるのだが、そういうのとか。
確かにここはファンタジーの世界だし、超常を超えた事象は数多くあるけど、人ひとりの能力はそんなに高くない。魔力の有り無しが人の人生を確実に左右する、よくも悪くも。
――ローディスの気配が少し変わった。この子のその気配に気づけるのは私だけ! 優越感に浸りながら、周囲をうろつく。ローディスはなにかの会話を拾ったんだ。大角狼に関わる会話を。
そして私も見つけた。テーブルのひとつに座るおっさんふたり。その口からは「大角狼」の言葉が確かにこぼれた。
「……生きてるんだ。高く売れる。人間の女の比じゃねえ」
あ、察した。たぶんこれ、子どもだ。大角狼の。
大角狼は群れる生き物だ。群れ全体で子育てをする群れ単位の生き物。ローディスも全部は殺さないで、何匹かのおとなと子どもを生かしてた。生き残りがまた群れを大きくする。生態系は大きく崩れないはずだ。
群れるから捕獲が難しく、希少性が高い。その子どもを生きて捕まえられればそれはさぞかし……生かして見世物にするもよし、殺しても新鮮な大角と毛皮は相当高く売れることだろう。きっと群れはその子を探して降りてきたのだ……でも結果ローディスにほとんどを殺された。あの盗賊の洞窟にはいなかったし、どこか別の場所にいるんだろうけど。
ローディスがくっとうつむいたのが分かった。群れを殺したことを悔いてるんだろう。盗賊をかばうつもりはなかったけど、結果今盗賊をかばい、子どもを探しに来た大角狼を大量に殲滅した。
それはちょっと私も懸念してたよ、あのときローディス落ち込んでたからノープランだったもの……もうちょっと冷静だったら出くわす前に気づけただろうな。でもそれはローディスだから気づけたレベルだと思うけど。
≪ローーーーディス気にしちゃだめだよぉぉー! そもそもあなたが悪いわけじゃないんだからぁぁ≫
すぐさま抱き着きに行く。抱き着けないけど。フリだけど。でもそうしたいからする。こうやって悪いことを全部自分で飲み込んでしまうローディスが切ない。
ふたりの男たちが立ち上がった。ローディスも流れるように席を立つ。ひとりはおそらく商人かそれに付随するやつ。もうひとりが盗賊の一味だ。ローディスは静かに魔法を使い、自分の気配を希薄にした。そうして盗賊の一味のほうの後をつける。大角狼が捕まっている場所を見つけなきゃいけない。
**4**
町外れの、森に面した古い家――盗賊の一味はそこに入っていった。ローディスは窓際に寄る。足音はしない。
私は中へすり抜けて入った。誰も見えないしね、物も触れられないから。私の周囲にはローディスが喚んだと思われる風の精霊がまとわりついた。
さっきの男がうろついている。だが、やおらに奥の部屋に入っていった。「オッ戻ったンすね」という声、そこには仲間と思われる男たちと、獣のにおいとうなり声――
≪最っ悪……≫
誰も聞き取れない声が漏れた。
森に面しているから目撃もされないのだろう……ここは盗賊たちの、売り物のストッカーなのか。
檻に閉じ込められた大角狼の子ども。うなり声をあげているが、その声はか細く弱っている。餌を与えられていないか、食べてないかどちらかだろう。
よく見れば、敗れた女物の服も隅っこに丸まっているからそういうことなのだろう。最低だ。
「さっき話はつけてきた。今日だ」
男が仲間たちに言う。この男は盗賊の統領なのか。
「今日! 早くねえすか?」
「ばかやろ、大角狼の群れが降りてきてんだろ。時間の問題だ。やっとここに連れてこれたんだ、さっさと話付けて売っぱらわねえと、あいつらに襲われて逃げられねえぞ」
大角狼が町を襲うことも想定しているのだ。だから逃げるつもりでいる。
自分たちの私欲のために町が襲われたっていいっていうのか。
風の精霊がぴるぴると震えている。ローディスにこのやり取りは筒抜けだ。おそらく――
どごおん!!
爆音。
ローディスだ。脳筋のローディスが憤りに任せて破壊活動を始めたんだ。
パワープレイが過ぎるよローディス!
「なんだ!?」
という盗賊たちの悲鳴は壁の礫に吹き飛ばされる。弾丸のようにローディスが奥の部屋に踏み込んできた。――人間相手だから魔槍は使っていない。短剣を握りしめて、埃が舞う中を縦横無尽に疾走している。そんな中で精霊に指示を出して、大角狼の子どもが捕まっている檻を破壊していた。
「あっ!?」
盗賊の統領がそれに気づいて、大角狼の子どもを捕まえようとした。ローディスのむき出しの殺意が盗賊の統領に向かった、それに気づいた彼はその恐れに体を強張らせた――ローディスの短剣が盗賊の統領に向かった。
あ、これ、殺しちゃう。ちがう、それは、
≪ローディス、だめ、殺しちゃダメ!≫
この世界は人の命が軽い。それは知っている。ローディスが人を殺したことがないとは言わない。でも、
≪苦しむのが自分なら、あなたのために殺しちゃダメ!≫
人も魔物も、命を奪うたびにあなたが苦しんでいることを私は知ってる! 殺さなくていいものは殺さないようにしていることを!
ローディスが振りかざした短剣を止める。暴風が吹き荒れた。盗賊の統領は腰を抜かしていた。
……よかった。ローディスは咄嗟で冷静になったみたい。足元に大角狼のこどもがすり寄った。ローディスはうつろな目でそれを見たが……ふ、と緩めた。
何万回目の号泣。小さな命ひとつのきっかけさえあれば『死』を止められるローディスと、容易く多くの命を奪った盗賊たちの姿をひとつの視界に収めながら、私は涙が止められなかった。
*****
私の大事な大事なかわいい子。
なぜ私がこんな幽霊のようなことになっているかは分からない。
なぜ異世界にいるのかも分からない。
けれどこれだけは確か。
ローディス、届かなくても、あなたには見えない虚空から、私はあなたに愛を伝え続ける。
*****
**5**
盗賊が原因だったと判明し、この問題は収束した。
大角狼の群れが町まで迫っていたということを、人々は後になって知った。ローディスは大角狼の子どもが無事に群れに返され、大角狼は元の縄張りに戻っていったことを確認した。尽力した『魔槍の勇者』ローディスの存在を知ってなお――恐れるのだ。強すぎる力に恐れをなして……理解しようともせず、また理解できず。
『魔槍の勇者』ローディスを恐れる声は、また広がっていく……
**0**
俺は『魔槍の勇者』と呼ばれる、冒険者だ。誰からも恐れられ近寄られない、化け物。
それは事実だ。俺は人をはるかに超える力を持っている。その力で人を傷つけてはいけないから……一人で行動している。
けれど俺はきっと、なにか、に見守られている。
時折聞こえる精霊たちの声。――今日も**は元気だ、という。その名前は分からない。
たまに起こる、まるで誰かの意思を受けたような、直感。それに従えば大概の悪手は避けることができた。
孤児院が焼け落ちる光景を見て呆然とくずおれていた時、頭に響いてきた≪早く逃げないと、盗賊たちがやってくる≫という言葉を疑えば、本当にそうなり、魔力の暴発という悪夢が起こった。王城で勇者としての教育を受けている時は、≪この部屋にいると王妃の装飾品を盗んだって言われる≫という言葉が聞こえ、あわてて逃げ出してみれば、本当に疑われたが部屋にはいなかったとことが認められ事なきを得た。
俺のことを見守ってくれているなにかがいる。それは精霊なのか、なんなのか知らないけれど――俺は、一人ではない。
俺が苦しむ選択をしそうなとき、必ず止めてくれる。優しい声で。
「なにか」が俺を見守ってくれている。助けてくれている。思ってくれている。
愛してくれている。
だから俺は今日も、人を助けられる。