現代ウーマンウルフ
カチャリ、とドアが開いて、一人の女性が部屋の中に入っていった。部屋を見回せば、椅子に腰掛けて本を読む女性の姿が目に入る。やや赤みがかった焦げ茶の髪をした彼女は、訪問者に気付いて顔を上げた。
「…また人間の姿をして・・・・・・。ホントに好きだね、ソシューンは。」
茶髪の女性は入ってきた女性を見るなり苦笑する。ソシューンと呼ばれた客はくすくすと笑い、肩をすくませた。
「いいじゃない、この方が人の世で住みやすいし。…それよりサンティ、仕事よ。」
ソシューンは懐から一枚の紙を差し出し、ちらつかせた。その内容に大体の見当がついているサンティは、そう、とだけ言うと本を閉じた。クローゼットからおもむろに上着を取り出して羽織る。二人は部屋をあとにして、目的の街へと向かった。
鈍い音を立て、青年は地に叩きつけられた。人のものとは思えない太い足が、彼の頭を押さえつける。青年は歯を食いしばり、何とか起き上がろうと試みる。周りでは数人の男達が下品な笑いを浮かべながら青年を見下ろしていた。
「フェンリュウ、いつもの勢いはどうした?悔しかったら何とか言ってみろ、ん?」
青年を踏みつけているまさにその人物、グループの頭角らしき男が嗤う。言いながら、男はますます強く青年――フェンリュウを踏みつけた。彼の悔しそうな表情を見、男どもは嗤った。道の真ん中で繰り広げられるこの光景を、周りの人々はただ見つめる事しかできなかった。下手に関われば、自分たちが危ない。それは誰の目にも明らかだった。なぜなら、男どもの四肢は熊のように太く、毛深く、いかにも力強いようであったからだ。
「はい、そこまで!」
突如聞こえた女性の声に、男達は弾かれたように声の主を振り向いた。茶髪の、二十代前後と思われる若い女性。男どもを強く睨んでいる。
「ぁあ?なんだてめえは。」
男の一人が、茶髪の女性に睨み返した。しかし彼女は男の問いには答えず、いかにも面倒くさそうに頭をかくだけ。
「うっわ~。あたし、こういう下等な連中の相手なんてしたくないんだけど。」
「サンティ、これは仕事よ?文句言わないの。」
至極めんどくさそうにする彼女を、もう一人の女性がたしなめる。サンティは右の拳を左手の平に軽くぶつけた。
「分かっとる。今回の“仕事”は『不良ビーストニアの追放』だら?ソシューン、心配せんでもあたしは請け負った以上やりきるに。」
言い終わるや否や表情を変え、サンティは男どもに向き直った。
「あんた達、今からとっとと立ち去れば怪我しんくて済むに。あたしも無駄な戦いはしたくないで。」
だが、男どもが彼女の忠告を聞くはずもなかった。第一人数の差がある。それを除いたとして、どうして人間の女性が、怪物じみた男を倒せるというのだろうか。男達は口々に笑った。
「嬢ちゃん、怪物さんには手出ししようと考えない方がいいよ~?」
一人の男が女性の前まで進み、ヘラヘラと笑う。わざと腕に力を込め、見せびらかす。しかし、サンティは微塵もひるんだ様子はない。冷たく男達を見据えるだけ。
「怪物…ね。なんなら、あたしが真の怪物ってもんを身をもって教えようか?」
ふっとため息をついたかと思うと、彼女のみを包む空気が一変した。突如、彼女の背後から強い風が吹き始める。男は一瞬足をすくませたが、拳に力を込めて見事サンティの土手っ腹に命中させた。
「・・・・・・で?」
しかしサンティはその場で平然としていた。直撃を受けたにも関わらず、後ろに下がる事もなく男を冷たい目で見ていた。風がますます強く吹いた。心なしか、彼女の髪が白みはじめている様に見える。男は驚いて、後方に跳躍。だが着地する前にサンティが間合いに飛び込み、その拳が顔面にクリーンヒットする。男は見事に吹っ飛ばされ、後頭部を叩きつけられてのびてしまった。
「ヤロウ!」
男どもは一斉にサンティに飛びかかる。しかし、誰も彼女に攻撃する事ができなかった。むしろ返り討ちに遭い、すぐに劣勢になっていく。
突如、視界が赤く染まった。真っ赤な鮮血を吹き出し、頭領の男の熊のような左腕がもぎ取られたのだ。
「ひ、ひいっ…!」
情けない悲鳴を上げ、威張り散らしていたはずの男どもは皆腰を抜かしていた。もはや、そこには人間の女性の姿は無かった。白銀に輝く毛並みをもった、二足歩行の狼が立っていた。狼人間、あるいはワーウルフと呼ばれる、人の姿をしながらに狼に化ける事ができる怪物。その強靱な体は不死身であるとも言われ、男どもが手を下す事などできるはずもない。サンティは口の端をつり上げ、牙を覗かせた。
「このまま立ち去れば、腕一本で見逃してあげるに。それでもまだ抵抗するなら醜い四肢全てもぎ取るよ?それが嫌ならとっとと帰りん!」
先ほどよりは幾分か低い声で、サンティは唸った。完全に戦意を喪失している男どもは、当然抵抗する事もなく逃げていった。
彼らが霧散したのを見届けると、サンティは元の姿に戻った。起き上がったものの腰を抜かしている青年に歩み寄る。
「あんた、大丈夫かん?怪我しとったら遠慮無く言いんよ?」
話しかけられ、フェンリュウはビクリと体を震わせた。腰を抜かして座り込んだまま、思わず後ずさる。傍から見ていただけだったソシューンが、サンティの腕を後ろに引いて青年から遠ざけた。
「サンティ、狼に化けた人間が近づいたら誰でも怖がるよ…。」
呆れたような声でたしなめると、ソシューンは青年の前でかがみ込んだ。
「ごめんね~。このお姉さん、見た目怖いけど本当は優しい人だから許してあげて?ほら、立ち上がって。」
フェンリュウはソシューンの腕を借りて立ち上がり、彼女らに一礼した。
「…あの、ありがとうございます。助けていただいて。」
青年の礼に素直に微笑むソシューンに対し、サンティはやや離れたところから軽く息をついた。
「仕事のついでだもんで、気にせんでいいに。」
「とか言って~、本当は褒められて照れくさいんでしょ?素直じゃないなあ。」
「…うるさい。」
ソシューンはサンティの反応を見てニヤニヤと笑い、からかい気味の言葉を投げかける。サンティはさっさとそっぽを向き、役場に向かって歩き始めた。
「任務遂行完了を依頼主に伝えに行くよ。」
「あ、ちょっ、待って!…何か地味に速いし!」
足早に歩き去るサンティを、ソシューンは慌てて追いかける。そういえばサンティは歩くのが速いのだという事を、ソシューンは今更ながら実感してしまった。
「ソシューン、あんたわざとあの街に行かせたら?」
道中、サンティは質問した。ソシューンは少しばかり顔を引きつらせる。
「あ、やっぱ気付いてた?」
「当然じゃん。あたしの鼻をなめんでよ?あの時襲われてた青年が“聖王候補”だって事くらい、最初から分かっとっただれ。」
あっけらかんとして答える彼女に、ソシューンは苦笑した。元々洞察には優れているが故、自分の浅はかな策など見抜けたのだろう。そして、今になって言うところも彼女らしい。
「悪く思わないでよ?彼の存在が、私達の命運に直結する可能性もあるんだから…。」
「分かっとるよ、そんな事。」
ソシューンの言い訳に、遮るようにサンティは短く返した。
物語の断片集第6弾!
幻獣図鑑って本を読んでたら無性にワーウルフの小説が書きたくなったんだよ
ぶっちゃけ、こういう奴らが好きだったりする