恋する備品整理
夏。
セミの声を聞くだけで、汗が流れ落ちそうな中、わたしは少しだけひんやりとしたホコリっぽい部屋にいる。
「先生、先生。これも先生のお仕事?」
「くしゅっ!」
先生はくしゃみをしながら頷いた。
それが面白いので、私は「くしゃみ先生」と心の中で呼んだ。
くしゃみ先生は扉にストッパーをかける。暑いけれど新鮮な空気に入れ替わりはじめる図書室の隣の倉庫。私はなんだか残念に思った。
「南さんは今、算数のプリントを解いているはずなんですが」
先生はちょっと困ったような怒っているような声で言った。基本優しい声だからよくわからない。
「だってクーラーないんだよ? 隣の学校クーラーあるんだよ? ずるいよ。勉強なんてやってられないよ」
「だったら」
先生は倉庫の明かりを点けた。古い本や不要になったものがたくさん積まれているのが目に入る。
「お家で勉強したらどうですか? ここは校舎改築までクーラー入らない予定です」
先生は奥まで入るとシャツの袖をひじまでめくって、本の束を掴んだ。私も束を一つだけ掴んで持ち上げる。重い。
「汚れますよ」
「平気」
階段で一つ下の学年の先生とすれ違う。新任の先生で可愛い。
「お疲れ様です」
「お疲れ様です」
先生同士の挨拶。私も割り込む。
「おはようございます。翔子先生」
「こんにちは、南さん。先生のお手伝い?」
「はい!」
「ハイじゃないでしょう。南さんは算数のプリントの最中のはずですよ」
くしゃみ先生は嫌味っぽく言う。
翔子先生は笑う。
「それに、学校では時刻に合わせた挨拶をしてください。もう11時です」
私は本をドサッと下ろした。
「腕時計もしてないのによくわかるね、先生」
「それ、私も不思議だったんだ! なんでわかるんですか?」
先生はまた階段を下り始める。
「翔子先生も直に身に付きますよ。南さん、それ、そこ置いといていいですから、プリント終わらせてください。わざわざ夏休みにまで学校来てるんですから」
「そうかー。南さん、お仕事忙しいもんね。頑張るね。後で勉強見に行こうか」
「ありがとうございます! でも、先生も忙しいですよね」
「午後から研修だからねー。あ、お昼、お弁当? だったら、一緒に食べよ!」
翔子先生は可愛い上に、優しい。それに比べて私の担任ときたら。可愛いのはくしゃみくらいだ。
「まだおしゃべりですか?」
嫌味。蝉の声より嫌味。でも、額にまで汗をかいてがんばっているので許してやろう。
「あれ? 先生、何もってんの?」
「ああ」
先生は茶封筒をもっていた。
「廃棄蔵書に挟まってたんだ。翔子先生、ここの出身だから、もしかしたら知っているんじゃないかと思って」
「このあて名、翔子先生の名前ですよね」
私は言った。封筒には子どもの書いたような字で「かいざきしょうこ」と書いてある。
「翔子先生?」
翔子先生は泣いていた。
■◇■
校庭では、少年野球の練習が始まった。
「大ちゃんだ。おーい」
幼なじみの大ちゃんに手を振る。
大ちゃんは外野フライをとるようなポーズでグラブを叩いてから手を広げた。
「落ち着いたかい?」
くしゃみ先生も窓の外を見ながら、翔子先生に声をかけた。
「すいません。ちょっとびっくりして」