親と子の決断
結局、ギード夫婦は国王からの手紙を受け取るしかなかった。
「返事は後日、直接王宮へします。お義母さまにもこちらからお話しますので」
そう言って妻の兄には引き上げてもらう。
商談のほうはいつものように担当者との打ち合わせになるので、ギードは立ち会う必要は無い。
そして一息ついたところで、ギードはタミリアに捕まっている。
「どうして私より先に、実家に話が回ってるの?」
「そんなこと、こっちに聞かないで」
原因はあのお茶目過ぎる国王なのだ。
「自分はちゃんと断ったし、双子を王宮へ差し出すつもりもないよ」
そう言っても納得してもらえないところは、タミリアも国王も変わらなかった。
翌朝、パンケーキを焼くギードの側に双子がやって来る。
今でもパンケーキはギードが作る。これだけはどんなに忙しくても出来るだけ作るようにしているのだ。
「ギドちゃん、おはよう」「おはよー」
「ん、おはよう」
冬は終わりを迎えているが、まだ朝晩の冷え込みは厳しい。この館の執事であるロキッドが暖かい薬草茶をふたりの前に置く。
パンケーキの山を前に、タミリアと双子がいつもの朝食を始める。
三歳になり、人化の姿も落ち着いて来た末っ子のナティリアも席に着いている。
精霊族であるナティは食事を必要としないが、みんなと同じがいいと真似をしているだけだ。
「タミちゃん、ユイ、ミキ、それにナティも聞いて欲しいことがある」
食事が一段落し、お茶と果汁のカップを出しながらギードは家族会議を始める。
「まず、タミちゃん。国王陛下からの依頼を黙って断ってごめん」
そう言うと、タミリアは黙って頷いてくれた。
「それで、ユイとミキ。ふたりに陛下から依頼が来ている」
ギードは双子に王宮での仕事について話をする。
「王太子のお子様はまだ二歳なので先の話になるが、護衛を兼ねた遊び相手にということだ」
実際は恐らく専属の家来のようなものだろう。しかし、子供同士で上下関係の判断は難しいとギードは考える。
結局は周りの大人の判断で双子への扱いが決まってしまうし、それに子供たちが反抗することもおそらく出来ない。
まあ、嫌ならいつでも逃げてくればいいと思っている。
「いきなり王宮で働くのは無理だろうから、まずは王都に慣れるため、お祖父様のところに住んでみてはどうかという話だ」
双子は驚いているが、昨日の伯父の来訪の理由がこれなのだと察したようだ。
「ギドちゃんとタミちゃんはどう思ってるの?」
ユイリは両親の気持ちが知りたかった。
「父親としては、まだ早いと思っている。でもー」
この町は子供たちも全て従業員である。
双子は、仲の良い獣人の子供たちが大人と同じように働いているのを知っている。
「子供には子供のやれる仕事がある」
ギードは何のためらいもなく子供たちを使う。
三歳までは親の付属の者として保護されているが、それが過ぎると少しずつ仕事を与えられていくのだ。
最初は遊びも仕事の内として、体力づくりから始まり、それから大人たちの仕事の見学や、礼儀作法などの勉強になっていった。
双子もここまでは他の子供たちと一緒にわいわいと楽しくやっていた。
しかし町の中では、双子は雇い主の子供ということになるので、従業員の大人たちの間では『ぼっちゃん、嬢ちゃん』だの、『若旦那、お嬢様』などと呼ばれている。
徐々に他の子供たちとの扱いの差が出始めているのだ。働くならば他の町がいいだろうと思われた。
ユイリは大きく頷いている。
ミキリアは手を挙げた。
「私は商人にならないもの」
母親のような強い魔法剣士になりたいのだと言い出した。
王都にも興味はあるものの、強くなるためにどうしたらいいのか分からないと言う。
「王宮での仕事は、修行して強くなってからでもいいんじゃないかしら」
タミリアが娘の頭を撫でている。全くもってその通りである。ギードも同意見だ。
「僕は行ってもいいよ」
ユイリは薬草茶を飲み干してカップを置いた。
「ただ、お願いがあるんだ」
ギードは子供たちの言葉にうれしい驚きを感じながら、先を促す。
「僕は将来音楽をやるつもり」
笛が得意なユイリは音楽に興味がある。だからその勉強が出来るなら王都へ行ってもいいと思う、そう話した。
「王都のほうが色々な音楽や楽器に触れることが出来るでしょう?」
庶民でも祭りで歌ったり踊ったりはするが、正式な音楽や楽器となると王都の劇場や上流階級のお抱え楽師が詳しいだろう。
ギードは頷いた。
「ふたりの気持ちはわかった。陛下とお祖母さまにはそのようにご返事しよう」
タミリアの顔を見ると、若干寂しそうにしながらも頷いていた。
親が思うより、子供たちはいつの間にかしっかり将来を見据えていたようだ。
末っ子のナティはよくわかっていないようで、首を傾げている。
「おにーちゃまとおねーちゃま、どっか行くの?」
ナティも行くーと言い出す。
いつもただにこにこしているナティリアが、我がままを言うのは珍しかった。
妹が自分たちとの別れを嫌がってのことだと思うと、双子は驚きと同時にうれしさがこみ上げた。
「あ、あのね、ナティ」ユイリは妹の頭を撫でる。
「ほんのちょっとだけよ。すぐ帰って来るから」ミキリアはその小さな手を握る。
本当は双子も、この誰が見ても愛らしい妹と離れるのは辛かった。
「ナティ、ユイもミキも、皆いつもナティのそばにいるさ」
ギードは小さな娘を抱き上げる。小さくても精霊には大きな魔力がある。感情で暴走させてはいけない。
「だからナティは安心してロキッドのそばにいればいいんだよ」
ギードは傍に控えている、末娘の眷属であるクー・シー族の青年ロキッドに彼女を渡す。
主従の関係ではあるが、ギードの依頼によりロキッドが彼女の能力を制御している。
人族の子供の姿をした精霊を受け取った若い執事はにこりと微笑む。
「ナティさま、ロキッドがいつでもそばにおりますから」
こくりと頷く幼子に、双子の顔が少し和らいだ。