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商国の双子の旅立つ事情  作者: さつき けい


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商国の少年

短編です。四話で終わります。


 妖精族のエルフの少年であるユイリは、先の冬で六歳になった。


もうすぐ新しい春が来る。


午後の日差しは明るいが、まだ空気は冷たい。その中を少年エルフは駆けていた。


ユイリの家族は、ハイエルフの父親と人族の母親、そしてユイリの双子の片割れである人族の妹と、珍しい精霊族の三歳になる妹がいる。しかし、妹が精霊族である事は親しい者しか知らない。


商国という町に、家族で関わり始めて三年になるが、途中、妹が産まれた時は一時的に違う場所に住んでいた。色々と事情はあったが、現在はこちらに移っている。


この町は、住人のほとんどが獣人であり、他には少数の人族と、ケット・シー族などの妖精族もいる。


「こんにちは、エルフのぼっちゃん」


町の中心通りを門に向かって走るエルフの少年に、大人たちが声をかける。




 ユイリの父親である黒い髪のハイエルフは、この商国という名の大規模商会を作った。


町の住人のすべてが従業員であり、親にとっては部下になる。そのお陰でユイリはたまに『ぼっちゃん』と呼ばれる。


「おはよう、おじさん。ぼっちゃんはやめてよ、むずがゆいよ」


あははと周りから笑い声が起こり、仕事中の周囲の大人達が手を休めて、まだ子供であるエルフに微笑む。


「じゃあ、若旦那。今日はどちらへ」


むぅ、とユイリは頬をふくらませる。からかわれているのはわかっているが、その呼び名も嫌だなと思いつつ、とりあえず返事をする。


「今日は駅馬車が来る日だから」


「そうですか。もうそんな時間で」


三日ごとのだいたい決まった時間に、駅馬車と呼ばれる他の町との間を往復している馬車隊が来る。今日は用事があって、その駅馬車の出迎えに行くのだ。


ユイリはおじさんたちに手を振って、遅れるーと叫びながら駆けて行く。




 この町の中心は森である。


森の中央には決して枯れない泉があり、国主である『神』が住んでいる。ユイリの家族はその泉のそばに居を構えていた。


神が治める国なのだから『神国』ではないかという説もあったが、この国をまとめている黒いハイエルフは、


「そんな大層なものではないので」


と神よりも商売に力を入れ、『商国』と名乗っている。


 その森を囲むように町が形成されており、そのまた外周には家畜用の牧草地や住人たち用の畑がある。


それらは森の木で作られた柵に囲まれており、柵の外の南西には大規模な穀倉地、北東は国境の壁や魔獣の生息地がある。


森は徐々にその範囲を広げており、柵に沿って森の木々が増えている。いずれは外周すべてが森に囲まれるだろう。


そうなれば、町は森のぬしの守護範囲となる。


この森は『幻惑の森』と呼ばれ、主の力により、町の住人以外が侵入すると幻に惑わされ放り出される。町が森の一部となれば、そこは自然の要塞となるのだ。

 



「ユイリ、遅いわよ」


ユイリが息を切らし、町の出入り口の門に到着すると、すでに大勢の子供達と数人の大人達が立っていた。


エルフの少年に声をかけたのは彼の妹である人族の少女だ。ユイリはその気の強そうな顔の妹・ミキリアに苦笑いを返す。


「エルフのぼっちゃん、間に合って良かったですね」


守衛の任務に付いている虎の獣人がユイリに水の入った水筒を渡してくれた。


「あ、ありがとうございます」


その水で喉を潤しながら穀倉地帯の真ん中を走る道を眺める。


悠々と黒い馬車の隊列が、こちらに向かって来ているのが見えた。




 五台の馬車と十数人ほどの護衛が町に入ると、子供達が歓声を上げ近寄って行く。


守衛の獣人が馬車の護衛の獣人たちと話をしながら荷物をあらため始める。

 

馬車は駅馬車としての人の移動用が二台と、残りが交易の荷物の運送用である。


その護衛も商国の従業員の一部で、子供たちの多くはその馬車で戻って来た者たちの家族だ。


親の顔を見てほっとしているのだろう。賑やかな声は今回も無事に任務が終わったことを意味している。




「伯父さま、いらっしゃいませ」


ユイリは馬車から降りる人族の男性を見つけ駆け寄る。今日は、母親の実兄である伯父を出迎える役目を任されていたのだ。


「おー、ユイリ。元気にしていたか。お母さんはどこだ」


荷物を降ろしながら伯父がユイリに声をかける。ユイリの母親である彼の妹を探しているようだ。


「母は今、町の警護の仕事中です。父が宿までご案内しろと」


「そうか。世話になる」


忙しい両親に代わってユイリと妹のミキリアも手伝い、荷物を担当者に預け、伯父を宿まで案内する。




 ユイリたち兄妹の母親の親、つまり祖父母は、王国にある大きな服飾の商会を営んでいる。


その跡取りであるこの伯父は、取引が大きな相手には外商もしているのだ。


「父はあとでご挨拶に伺うとー」


「ああ、いや、今回はこっちから館に伺いたいと伝えて欲しい。商売以外の話があるんだ」


「え。あ、はい」


ひとつの商会でもあるこの商国に来る商人たちは、ほとんどが駅馬車を利用している。




 実をいうと王都からの移動手段としては、泉の神殿に移動魔法陣が置かれている。


神への巡礼地として教会がその設置費用を半分負担してくれたので、安くついたと父親が喜んでいた。


その魔法陣を使えば移動は楽なのだが、とにかく利用金額が馬鹿高いのである。金持ちしか利用しない。


利益を出そうとする商人ならば尚更、利用する者はいないようだ。


「まだこの土地は魔力が少ないからな」


消費する魔力に見合う金額でなければ作動させないと父親は言っていたが、魔力はお金に換算出来るのだろうか。何だか適当にごまかしている気もする。


「父に伝えて来ます」


ユイリは、まだ他の子供たちと遊んでいるミキリアを置いて、商国の中枢と呼ばれている自分の家に戻って行った。




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