表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

その唇は灼熱の味

作者: 栄城の鯉

初投稿です。

ヘタレな高官っていいよね!

「失礼致します、宰相補佐官はいらっしゃいますか?」

「ああ、開いているから入れ」

書類を片手に紅茶を飲みつつ繋がせば、何度か見た女官が、困惑を隠さず一礼する。


間があり、どうしたと促す言葉を掛けようとしたその時に、彼女は漸く報告を口にした。

さしでがましいかもしれない、と前置きして。




「第一近接支援部隊長補佐官が、お倒れになりました」

その知らせで慌てて、義理の妹の執務室へと()いてはみたが、当然ながら、義妹は自宅へ戻っているらしかった。


運んだのは、第一近接支援部隊長。

義妹の上司。

彼の気に食わない人物の一人だ。


「よりによって……! いや、この場合休ませるのが先だから、やむを得ないが。いや、だが、しかし」


ブツブツと不満を溢しながら、漸く自身も帰宅する。

義妹の件で慌ただしい屋敷は、彼が珍しくも帰宅した事で余計に使用人がバタバタする羽目になった。

予測はしていたらしいから、混乱はなかったが。



「義妹は?」

「お休みでございます」

「医者は?」

「呈良く主治医がおりました故、既に診察及び栄養剤の投薬はお済みです。過労との事でした」

「過労、か……。あいつは、第一近接支援部隊長は?」

「既にお帰り願いました、ご心配には及びません。ただ、多少無理にお帰り願いました故、礼を失しております」

「いや、構わない。寧ろ良くやった」

大体、過労は奴のせいだ。

苦情の一つも入れねばなるまい。





宰相補佐官としての仕事も残ってはいるが、億劫に感じて辞めた。

第一、義妹が心配だ。

早急に済ませねばならないものでもない。


義妹の部屋に近付いては、用もなく彷徨く。

迷いつつ入らず、自分の部屋に戻るが、また義妹の部屋に向かう。

そしてまた彷徨き、部屋に戻った。


何度かそれを繰り返しているが、どうも義妹の部屋に入るのを躊躇ってしまうらしい。

入ればいいのにと言う、使用人の生暖かい視線にも気付かずに。


「申し訳ありません、お嬢様のご様子を伺っては頂けませんか?」

見かねた使用人が、当主の息子に言う事ではないと分かりつつ、願い出

た。


「ああ、構わない」

そして彼も、あっさりと了承する。

渡りに船とばかりに、どこか安心して笑って。





ノックをしたが、返事はない。

寝ているのだろうと、起こさないようにそっと扉を開く。


足音を立てない様に、慎重にベッドへ向かうが、義妹はバッと布団を剥がして起き上がった。


手には小刀。

どうやら、暗殺かと思ったらしい。

足音を立てない事が裏目にでて、彼は焦った。


「す、すまない、つい!」

「ごめんなさい、つい!」

似たような言葉を二人して謝罪する。


「暗殺かと思わせたろう?すまないな」

「いえ、ごめんなさい。私も義兄様だと気付かず……」


「過労なのだと聞いたよ。疲れているのだろう?気にしないで。私も落ち度があったのだし」


足音立てずに感じた人の気配に、恐らく自分でも暗殺だと思って飛び起きるだろう。

そう罪悪感でオロオロとする彼を見れば、普段の宰相補佐官を知っている者が見たら二度見するに違いない。


くすりと笑った義妹を見て眉を下げつつ、彼は再び彼女を横に寝かし付ける。


「起こした私が言うのもなんだけど、ゆっくり眠るといい」


撫でるのは今しかない。

今なら撫でても不審者にならない。

そう判断し、彼が恐る恐るながら撫でれば、彼女ははにかんだ。


ーー心臓が煩い。


何処の餓鬼なんだよと自嘲したくなった。

目の前にいる義妹が心地良さそうに黙ってなでられるものだが、頭のネジが飛ぶのではないかと焦る。


慌てて撫でた手を引っ込めるが、残念そうにされ、余計にバクバクと脈打った。

腹を刺された時よりも、自分の心音をリアルに感じてしまう。


顔に出ない様に、だらしなく笑ったり赤面しない様に、意識しているが何処まで出来ているのだろう。

義妹の目を見れば分かるだろうが、そんな勇気は出そうにない。


話題を変えて場を逃れる判断をした彼は、動揺を隠しながら問いかける。

「何か、欲しいものはあるかな?極力手配するよ」

「うーん。……ありませんねぇ」

「相変わらず、我が儘のない。義理だからって、遠慮してない?」

「本当に欲しいないですし。あ、でも、言付けお願いします。部隊長に、ご迷惑おかけしてしまいました、とお伝え願えますか?」

「いや、必用ないね、倒れるまで過労に追い詰めたあいつが悪いんだし」

断言するが、義妹は困った様に笑う。


「私が好きで仕事してるんですよ。まぁ、長官は確かに仕事しなさ過ぎるのですが」

「宰相に、あいつ降格させる様にまた言っておくよ」

「どう考えても長官の実力も家格も長官じゃなければ私しかいませんおやめ下さいお願いします長官やる位なら補佐官がいいですお願いします」

「……私が長官になればいいのだけど」

「宰相が泣いて止めると思いますが」

「泣かせておくよ」

「泣いても辞令出ないんじゃ……。結局現状維持が一番ですねぇ」

「だが、」

「流石に長官も、これ程サボったりしなくなりましょうから、大丈夫です。ありがとうございます、義兄様」


義兄の言葉を封じ、この話は終いだとばかりに礼を言う義妹。

それを聞いて溜め息を付いた彼を、彼女は困った様に見上げて小さく微笑む。


が、ふと何か思い付いたらしい。

そわそわしつつ、口を開いたり閉じたりしていたが、義兄によって再び掛けられた布団を握りしめて、義兄を見上げた。


上目遣いに見上げられ、今度は彼の方が落ち着かなくなる。


「義兄様」

「な、にか、な?」

動揺と緊張を圧し殺し答えれば、更なるそれを強いられた。


「もう、少し。頭、撫で撫で、して頂けませんか?」


息を吸って、了承する。

「も、勿論?」


疑問系になってしまった。

幸い義妹がその事を問う事はない。

彼女も彼女で、再び撫でられるのを少し恥ずかしながらも、嬉しそうにしていた。


「心地いいです。実は撫で撫で、憧れてたのですが、この年でお願いするのも変かなぁって、思ってて」

「私、で良ければ、いつでも。可愛い、い、もうと、の為だからね」


つっかえつつも伝えると、彼女はまた笑う。

細められた目。

小さく三日月を描く唇。

少し染まる頬。


ーーむねがあつい


「ん。ごめんなさい、義兄様。最近余り寝てなくて、何だか眠くなって来てしまい……」

「いいよ、このまま眠るといい」

「ありがとうございます。義兄様の手、凄く落ち着きます」


うとうとしだした義妹をそのまま撫でていたが、瞼が落ち、眠りに付いた様だった。

すやすやと静かに聞こえる寝息だが、反して義兄の心臓はバクバクと相変わらず煩い。


「……ーー?」


起こさない様にした癖に小さくとは言え呼び掛けてみると言う反対の行動だが、完全に眠りに付いているらしく、起きる素振りはない。


「(寝顔、可愛い。毎日寝所で見る奴が羨ましいな)」


ズキリ、と嫌な音を胸が刻む。


きっと義妹はいつかは嫁ぎ、夫となる男にも、この安らかな可愛らしい寝顔を晒すのだろう。

恐らく、寝所で。

互いに、睦み合った後で。


「ーーっ、」


撫でていた手を髪に絡めとる。

痛くない様に、愛しく。

ふわりと彼女の香り舞った。


「行くな」


何かに駆り立てられた様に、思わず呟く。


気付けば唇を重ねていた。

堪えかねて奪ってしまった。


自分の想像だと言うのに、それを塗りつぶしたくて、性急に。


ーー灼熱の、味がする。


触れた唇は、文字通り熔けるかと思う程に熱かった。


再び奪う様に口付ける。


「ん、」

「!!」


漏れた義妹の吐息に、漸く我に帰る。


「(ああああ!やってしまったぁぁぁ!!)」


動揺をして髪に指を絡めたまま身を引く。

軽く引っ張ってしまったが、すべらかな髪は簡単に指からこぼれ落ちた。

とは言え、やはり彼女が髪を引かれる感覚で起きてしまったらしく僅かに目を開く。


何と言えばいいのか、先ずは謝罪かと焦ったが、彼女はまた笑った後に眠ったらしい。

また瞼が閉じられて、寝息が聞こえる。


だが、彼は縛られた様に動けない。

漸く動く事が出来たと思えば、足に力が入らなかった。


「(ああ、もう、どうしてくれるんだ!)」


義理のとは言え妹は妹、そもそも政略結婚させる為に父が分家から引き取ったのだし、婚姻は難しい。

なのに、もう、手放せる気がしなかった。


「(申し訳ありません、父上。私は彼女を妻にしたい)」


そうだ、いっそ既成事実を作ってしまうか。

「(いや、嫌われたくないから心を自分に向けて貰う必要性があるな)」


第一、こんなに可愛らしい彼女を養女にした父も悪い。

自分でなければ、そうそうに襲われていただろう。


そう決めつけた彼は、父に書状を(したた)める事にした。

多少どころか、かなり無理がある理屈だと頭では分かってはいるが。


再び愛する義妹を見詰め、ふと唇をなぞる。

先程、自分が無理矢理奪った場所。


「(また起きてしまうから、自重しなければ)」

奪いたくなる唇だが、理性で我慢する。

これ以上ここにいては、自分でも何を仕出かすか分かったものではない。


起こさない様に、しかし僅かに足音を立ててゆっくりと部屋を出る。

出た瞬間、何故かホッとしつつも、かなり残念に思う。


いつかまた、あの唇と再び。

灼熱の味がする口付けを。


そう誓いつつ、彼は自室へ急いだ。

公開する予定はなかったのですが、何か一話でも投稿しておいた方がいいかなぁ、と。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ