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第一章 最終話



 一人の男の、命が終わった。

 運命に抗い続けた男は砕け、その人生に終止符を打った。

 かつて散っていった千億の人類がそうであったように、粒子となり、母なる大地へと還った。

 それだけのことだ。


 そして、世界は続いて行く。

 人一人の死など、意に介する事もなく。


 灰に覆われ、炎に蹂躙される街で、黒と赤の地獄を見つめる白衣の老人、コライダー。

 その前に、三柱の神が現れた。


 ソルの操る灼熱の太陽神、デルフィニオス。

 キールの操る黄金の妖精姫、ティターニア。

 ガドニアの操る半身半蛇の世界蛇、ヨルムンガンド。


 揃い踏みしたその様は、壮観と言うより他にない。


『フランシス。我々は勝利した』


 三人を代表し、ソルが告げた。


 勝利した──確かにその通りだろう。

 ソルは、コライダーの従者たるディーを打ち倒し現れた。

 言わばこれは報告のようなものだ。


 そして、当然、本題は別にある。


「ほう。で?」

『今度こそは答えて貰う。貴様の企み、その全てを』

「ま、そうじゃろうな」


 ソルがここに居るのは問い糾すためだ。彼の、真意を。


『神話の中でのみ語られる理想郷。閉じられた永久世界。その実現のために可能性は排除しなければならない』


 ソルは言うと、デルフィニオスの手の上に火球を作り出した。

 直径5メートルほどの小さな球体だが、人一人を焼き尽くすにはあまりある炎だ。


『さあ、話すか死ぬか──選ぶが良い』

「ふん。ま、ええじゃろ」


 コライダーはそれを見て、聞いて、その上で笑い、チョコレートを口に放り込んだ。


 強大な力の前には何者も逆らう事など出来ない。

 と、言う訳ではない。


 実の所、コライダーも話したかったのだ。

 話したくて、たまらなかったのだ。


 とは言え、物事には順序というものがある。


『それは……』

「懐かしいじゃろう?」

『魔力は砂糖の様に甘く、酒の様に甘美な味がする。貴様の持論だったな? それで我々と()るつもりか?』

「いいや、これは本当に普通のチョコじゃよ。ただ腹が減ったから食っただけじゃ」


 コライダーはチョコを口に放り込むと、また、笑った。


『ちぇ。ふざけた爺さんだぜ』

『珍しくキールちゃんに同意。ねえソルちゃん、もう殺しちゃいましょうよ』


 勿体つけるコライダーに、()れる管理者キールとガドニア。

 だが──


『ふん。貴様らは奴を知らんからそう言える。魔法使いとして讃えられ、悪魔として恐れられたその実力を。死にたくなければ、見逃すな。奇跡の一つや二つなど、指先一つで起こしてみせる。それが奴、フランシスという男だ』


 ソルは言う。

 太陽神を従え、漆黒の騎士を容易く下し、閉鎖された街を意のままに支配する残虐な王。

 その彼が恐れを隠そうともしない相手、それがコライダーなのだと。


「ふむ。そこまで褒められると話してやりたくなってきたのう」


 そして、コライダーは語り始める。


「今、全てを明かそう」


 そう、何もかも全てを。



 時は、少しだけ遡る。

 燃える貧民街の一角で、機構のマシンが放った破壊の光が消え、ユウリは目を開けた。


 しかし、それはとても不可思議なことだ。

 異常と言っても良い。


 光はユウリを確実に捉えていたし、その力を受けて人が生きていられるはずがない。

 開く目蓋も吹き飛ばされ、バラバラになって転がっているのが、本来ユウリの在るべき姿のはずだ。


 だが事実、ユウリは生きていた。

 体に震えはあるが、医学的な問題はない。


「これ……結界?」


 ユウリは直ぐに、その原因を知ることが出来た。

 視界に映る赤色の結界。

 それがユウリの周囲を球状に被い、その身を護っている。


 確かめる必要すらない。

 この結界こそが、ユウリの命を救ったのだ。


 しかし安心は出来ない。

 まだ敵が、目の前に居る。


 機構のマシンは再び、手に持つライフルの銃口をユウリへと向けた。

「……!」


 一瞬の出来事だ。

 ユウリには、避けられない。


 そして刹那、爆発音が──響く。


「ちょくげき」


 ただし、破壊されたのはユウリではなかった。

 機構のマシンが轟音と共に倒れ伏し、黒羽のマシンが飛来する。


 あれは──ユウリには見覚えがあった。

 エルの駆る飛行マシン、フリューゲルだ。


「エルちゃん!?」

「てんそう」

「きゃ!?」


 ユウリの足下に展開する魔方陣。

 そして気づくと、ユウリは光る球体の中に居た。


 グレイヴリッターのコクピットに似ているがかなり狭く、中央にあるコントロール用の座席に、エルが座る。


 恐らく、フリューゲルのコクピットの中だろう。

 マシンに知識の乏しいユウリでも、そのくらいの予測は直ぐに出来た。


「だいじょうぶ?」

「あ、うん。って、それよりディーは!?」


 混乱をしている暇は無い。

 ユウリは直ぐに正気を取り戻し、エルに聞いた。


 彼女なら知っているはずだ。

 ディーが今、どうしているのかを。


「……」


 だが、エルは語らなかった。

 そしてその行動こそが、事の深刻さを現していると言える。


 状況を知っていて答えないのは、認めたくないからだ。

 しかし、だからこそユウリは目を背ける訳には行かなかった。


「お願い。私を、ディーの所へ連れて行って!」


 自分が行っても役に立たないことは解っている。

 エルの命が脅かされることもあるだろう。

 しかしそれでも、押さえることができない。


 それに、エルも同じ気持ちだと、そう思ったからだ。

 ユウリから見ても羨ましいほどディーを慕っていたエル。

 そのエルが、ディーと離れていられるはずがない、と。


「ん……」


 少しの間。

 その後に、エルは頷いた。


「ありがとう。エルちゃん」


 エルは普段通り無表情だが、ユウリには見えた気がした。

 彼女の、思いが。


「いく。つかまって」

「ええ!」


 フリューゲルが宙を舞う。

 反転し、あの人の下へ。


「……!」

「きゃあああ!」


 だが──翼を広げた刹那、二人を巨大な衝撃が襲った。

 街を丸ごと振るわす程の衝撃波。

 その強烈な波動を受け、フリューゲルは風に舞う木の葉のように、揺れ動く。


 そして、赤い雫が視界を覆った。


「なに……これ?」

「あかい」

「うん。けど、赤い水が落ちてくるなんて……」


 シティはその全面を結界に覆われている。

 故に、二人は雨と言うものを知らない。


 それに加えこの赤色。

 これは明らかな異常事態だ。


「エルちゃん!」

「ん……いそぐ」


 二人は目に見えぬ手に背中を押され、急いだ。

 エルがディーと別れた方角に移動しながら、高度を上げ空へ。

 見下ろせばそこには、管理者達と戦うグレイヴリッターの姿が見えるはずだ。


 ──だが、それはなかった。


 管理者のマシンは三機、確かに存在し低空を移動しているが、グレイヴリッターの姿は影も形もありはしない。


「……!」


 ユウリが絶句していると、エルは突如フリューゲルをある一点へ向け降下させた。

 それは黒く焼け焦げた大地の一角。

 爆発により(えぐ)れてできた、巨大なクレーターの中心。


「エルちゃん……! あれ!」

「ん……」


 接近して、ユウリも気づいた。

 クレーターの中に黒い破片達が埋まっていることに。


 一つ一つは見覚えのある形だが、まともなシルエットを保ってはいない。

 バラバラに砕け見る影もないが、確かに──それは、グレイヴリッターの機体だった。


 フリューゲルはクレーターの中央へと着陸。

 その直ぐ側にユウリとエルが転送される。

 地面に立つやいなや、二人は直ぐにグレイヴリッターの残骸へと駆け寄った。

 腕一本すら原型をとどめないその惨状から、ディーの生存は絶望的だ。


 しかし、それでも二人は信じていた。


「ディー! 返事して、ディー!」


 必死に呼びかけ、周囲を見回し、ディーを探す。

 すると程なくして──見つけた。


 見つけてしまった。


「……!?」

「……」


 二人は声を出すことができなかった。

 見つけたのは見慣れたボロ布に包まれた右腕。


 しかし、その先が無い。


「うそ……」


 ユウリは首を横に振り導き出される結論を必死に否定するが、思考を止めることはできない。涙は(せき)を切ったかのように止めどなく流れ出し、雫となって落ちていく。

 それはエルも同じだった。


「……」


 声は出していない。或

 いは、出せないのか。

 その白い頬を一筋、雫が伝う。


「ディー……帰ってくるって……」


 ユウリは手を握った。

 悲しくて、ただ悲しくて。


 色も音も、何もかもが消えて行く──その中で、二人はただ声を殺して泣いた。



 廃ビルの屋上で、コライダーは笑いながら、言葉を紡ぐ。


「ワシはディーと出会い今回の企みを思いついたわけじゃが……その企みの根幹、それはディーの持つ能力にある。そうじゃな、言うなれば〈書き換える力〉じゃ」

『書き換える……力?』

「うむ。類い希なる才能じゃのう」

『魔術ではないのか?』

「いや。むしろ魔術とは真逆の力じゃろう。魔術は一見超常の力に見えても、そこにはれっきとした理屈と理由が在る。(ことわり)を知り真理を求めるのが魔術じゃからのう。じゃが、ディーはその理や真理そのものを変える」

『不可能だな。理から逃れる術などない。分かっているはずだ』

「じゃが、否定は出来んと思うがのう」

『……どう言う意味だ?』

「予測出来んかったはずじゃ。奴の成長も、レドアの敗北も。このワシですら、マシンの調整に手を焼いた」


 そう、考えてみれば実に異常だ。


 外界の邪神と戦い続け、閉鎖された街を支配してきた管理者レドアを、ディーは倒した。

 まだ魔術師として力を得て間もないディーが、だ。


『だから奴を選んだと?』

「ま、そっちは参考程度じゃな」


 コライダーは笑った。

 そう、関係はない。

 それだけの理由であれば、ひねくれ者のコライダーが選ぶはずもない。


「ワシが奴を選んだのは、奴が野垂れ死んどったからじゃ。くく……それほどの力を持ちながら魔術に触れることもなく、銃で撃たれて死んどった。そういう所が気に入ったんじゃ」

『自らの境遇に重ね合わせたか? 貴様ともあろう者が』

「違うのう。単に面白かったからじゃ。ワシゃ確かめてみたくなったんじゃよ。この世界にまだ、奴が生きる価値があるのかをのう」


 さて、と、コライダーは両手を拡げた。

 いよいよ、核心を告げようというのだ。


「この期に及んでまだ解っとらん馬鹿なお主らに教えてやろう。ワシの狙いは──結界魔方陣、そのものの書き換えじゃ。ディーの魂は魔力と共に血液に溶け、降り注ぎ、魔方陣を侵した。準備などとうの昔に終わっておる」


 それはディーを拾った時から始まった、壮大な、コライダーの計画だった。


 魔法陣その物を書き換えて消滅させる。

 これならば結界を破壊する程強力な力も、管理者に勝利する必要すらもない。

 ただ表面上戦って、敗北を装えば良いのだから。

 それで彼らの守ってきた物全てを、この歪で、死に(まみ)れた街を破壊することが出来る。


 しかしそれを聞いても尚、ソルは落ち着いていた。


『だが、何も起きてはいないな?』


 そう。コライダーの言葉が正しければもう何か起きているはずだ。


 だが、何も変化はない。

 街は相変わらず黒煙に包まれ、炎は地を這いずり、機構のマシンは人を殺し続けている。


『失敗、か。或いは他にあるのか?』

「いいや。これが全てじゃ」

『ふん。時間を無駄にしたな』

「うむ。おかげで時を稼げたわい」

『なに?』

「わかっとらんのう、お主らは。結局最後にモノを言うのは──愛じゃと言うことを」


 コライダーは天を仰いだ。


 暗く悲しみの満ちた空。

 しかし、希望は残されている。


「さあ、時は満ちた。今こそ審判の時じゃ」


 コライダーはずっと待っていたのだ、この時、この瞬間を──。



 人は暗く、狭い場所に安らぎを感じるものだ。

 それは母に抱かれた過去を思い出すからか、危険を避ける本能か、或いは──そこが、人の生における終着地点に似るからなのか。


 ともかく、ディーは闇に包まれ、一時の安息を得ていた。


「……」


 終わりか──ディーは思った。


 虚無に浮かぶ体は動くことを忘れ、意識は重たく沈んでいる。

 ディーはこの感覚を知っていた。


 死、だ。

 恐らく既に肉体は無い。

 間もなく魂さえも、闇に溶け消えるのだろう。

 それは人間としてごく自然なことだ。


「……!」


 と、諦め掛けたその時、ふわりと、視界の端にはためいた。

 白く、柔らかく、既視感を呼び起こすもの。


 それはなんと、コライダーの白衣だった。


 彼はディーが窮地(きゅうち)に陥ったときほど現れ助言を与えてきた。

 今、また死者を救おうと言うのか。若しくは死を看取りに来た死神なのか……。


「ここは生と死の狭間じゃ。お主は間もなく溶け消える。それで、ええのかのう?」

(コライダー、か)


 声は出ないが、不思議と伝わっている気がした。


「思い出すがいい」

(思い出す?)

「そうじゃ。ま、走馬燈(そうまとう)と言う奴じゃな」

(……)


 ディーはコライダーに促されるまま、無造作に記憶を探った。


 物心がついたときには既に、略奪と闘争の日々に身を投じていた。

 飢えと困窮(こんきゅう)に急かされ、大人も子供も男も女も関係なく奪い、傷付けた。

 襲って、襲われて死にかけて、また傷付けて。


 そして、死んだ。死んでコライダーと出会った。

 出会って機構と戦った。

 戦って、戦って、最後にまた……死んだ。


(ろく)でもない人生じゃのう」

(分かるのか?)

「ワシを誰じゃと思っとる」


 コライダーはおもむろに右手を差し出した。

 すると、その手の平の上に、小さな光が輝き出す。


「まだ生きたいと、本気で思うならそれを掴むがええ」


 コライダーはその光を投げて寄越(よこ)した。

 今、光はディーの目の前で停止し、ふわりと虚空に浮かんでいる。


(不可能だ)


 確かに、手を伸ばせば届く距離だ。

 だが、ディーの体は動かない。

 掴めるはずがない。


「本当にそうかのう? 存外、右腕の一本くらいなら動くかもしれん」


 しかし、コライダーはにやけて言った。

 彼はまるで魔法使いだ。紡いだ言葉を現実にしてしまう。


(……!)


 ぴくりと、ディーの右手の指が動いた。


 小刻みに震え、力は入れた側から逃げていく。

 右腕以外は相変わらず、凍り付いたように静止している。

 それでも、動いた。


 右腕だけは、確かに動く。

 それに、少しだけ温かくもある。

 ディーはその熱を知っていた。


 これは人の温もりだ。

 人の熱とは単純な温度を超えた暖かさを持っている。


 最近、ディーもそれを知ったのだ。


(ユウリか?)

「エルもじゃろうな」

(お前は、違うのか?)

「ワシはこの通り、冷血じゃからのう」


 コライダーはひらひらと手を振って見せた。


 だが、ディーはそんな風には思わなかった。


(感謝している)

「そりゃもう聞いたわい」


 コライダーは苦笑すると、両腕を拡げ、選択を迫る。


「さあ、選ぶが良い。全てはお主次第じゃ」


 生きるか、死ぬか。

 碌でもない人生をまだ続けるのか、諦め全てを終えるのか。

 決めるのはディーだ。


 ならば──。


(ああ)


 ディーは光に手を伸ばし、そっと手の平へと乗せた。

 すると、光はディーの手の中に収まり、ただ煌々と耀きを放つ。


 不思議と、迷いは無い。

 不安も恐れも、やはり無い。

 在るのはただ、渇望のみ。


 ディーが求めるものは確かに在るのだ。

 この、世界に。


「では、始めようかのう?」

(ああ。俺は……)


 ディーは光を握りしめた。

 全てを、始めるために。


 ────


 大地に赤き印が浮かび、街の全てを照らし出す!

 外壁の上方、隠された結界が数多の魔方陣となり姿を現す!

 機構の中枢、管理塔が崩れて消える!

 まさしくこれ、変革の時!


「はははははははははは!!」


 コライダーは笑った。

 腹を抱え、全身全霊で笑った。


『なんだなんだなんだよ!? 何が起きたんだ!?』

『お……落ち着きなさいよキール! ソル、何とかして!』

『コライダー……貴様』

「くく……はははははは!」


 ソルは火球を投げつけたが、コライダーはひらりと躱しまた笑い出した。

 その視線は管理者ではなく、街の中心部へと向けられている。


「見るがいい! 今こそ現れる!」


 コライダーは言った。

 そう、現れるのだ。

 ディーの力により書き換えられた魔方陣は全魔力を逆流、管理塔を粉微塵(こなみじん)と砕き、巻き上げた。


「あ……」

「まりょく……さかまいてる……」


 ユウリとエルも見た。

 グレイヴリッターの残骸とディーの体もまた、砕けて砂となった。


 そして全ては街の上空、中央部へ。

 一点に集約、そして再構成する。


『棺桶……奴か!』

「さあ、唱えよ!!」


 コライダーは叫んだ。

 今、全てをこの手にと。


 そしてそれは、蓋を押しのけ現れる。

 生まれ出でる。再誕する。何度でも。


「起きろ──」


 漆黒の装甲に身を包む屍の騎士。

 魔を血液に溶かし自在に操る背徳の魔人。

 死と終わりを司る、神の処刑者。


「グレイヴリッター」


 その名はグレイヴリッター。

 秩序の破壊者である。


「……」


 気がつくと、ディーは見慣れたコクピットに立っていた。

 違和感のある右手を開くと、そこにはユウリの首飾り。


 全ては元に戻った? いや──


「インヴィレーゲン」


 ディーが言うと、魔術が発現した。


 より先鋭化され剣のようになった羽から、無数の赤い光りが生まれ、地を這う者を一掃する。

 機構のマシンは管理者を除き、一瞬で全滅した。


「力を、感じる」


 姿はより美しく、力はより強固に、グレイヴリッターは変わっていた。


『よくもやってくれたわねええええ! 私のかわいこちゃんたちをおおお!』

『よせ! 迂闊(うかつ)だぞガドニア!』

『死にやがれえええええええ!』


 部下を殺され、激昂し、管理者ガドニアのヨルムンガンドが動いた。

 大蛇の半身をくねらせ、空に佇むグレイヴリッターへと突撃する。


 だが、今のグレイヴリッターの敵ではない。


「弱い」


 ディーは右手をかざした。


『が!? ああああ!』


 すると、目の前でヨルムンガンドの動きが止まる。

 蛇に睨まれた蛙と言う言葉があるが、これではまるで逆だ。


 後は、丸呑みにしてやればいい。


「シュテーネン」


 グレイヴリッターの指先から血の爪が現れ、街を貫くほど長大に伸びた。

 ディーは腕をクロスさせ、それで敵を断殺(だんさつ)する。


『結界障──!!?』


 防ぐ暇も無く、ヨルムンガンドは結界ごと網目状に切り裂かれ、光の柱へと消えた。


残敵機数(ざんてっきすう)、二」

『お、おい! ソル! どうするんだよ!』


 視線だけで、キールは戦慄した。


 悟ったのだ。

 いかなる手段を用いても、いかなる策を弄しても、この化け物に勝利する事は出来ないと。


 そして、これから自分はガドニアのように無惨な死を遂げるのだと。


『騒ぐな』


 だが、ソルは静かに言った。


 彼とて落ち着いているわけではない。

 自らの最も大切にしていた秩序を、結界を、たかが一介の死人に奪われた。

 その怒りを、(たぎ)らせている。


『けどよ!?』

『騒ぐなと言っている』

『……え?』


 刹那、デルフィニオスの右腕がティターニアの胸部を貫いた。

 キールはソルに殺された。


『真の力を教えてやろう』


 そして、ソルは言った。


『このデルフィニオスは死した者達の魂を喰らう。お前は全てのマシンを破壊し、管理者を倒し、そして私を究極の高みへと押し上げた』

「そうか」


 はったりではないことは解る。

 事実として、デルフィニオスの力は今までにないほど昂ぶっている。


 だが、後退は無い。


「来い、シャルフリヒター」


 漆黒の騎士が指をぐにゃぐにゃと動かし、巨剣を掴んだ。


『現れよ出でよ、スタヴロス』


 太陽神もまた、手をかざし諸刃の剣をつかみ取る。


 魔力を高め、殺意を高め、向かい合う黒と赤。

 二つの狂気を祝福するように、街の巨大結界が砕け、魔法陣の破片がキラキラと輝きながら──降り注ぐ。


『満足か?』


 その、祝福の中で、ソルはディーに聞いた。


「満足?」

『そうだ。この街はもうすぐ終わる。ゆりかごから転げ落ちた赤子は、そう長くは生きられん。これがお前の望みだろう?』

「違う」

『違う? 機構を……この街の正義と秩序を破壊しておきながら、それが目的ではないと?』

「俺は、正義に興味はない。お前にも、興味はない。ただ、敵を殺す。それだけだ」

『どうやら、俺と貴様では話にならんようだな』

「そう、言っている」


 出自。性格。思想。価値観。何もかもが、二人は違いすぎる。

 似ている点があるとすればただ一つ。

 それは、滾る力と強靱な意志だけだ。


「くく……さあ、これで最期じゃ」


 白衣の悪魔に踊らされ、着いた所が戦の場。

 ここは地獄の一丁目、閻魔の沙汰も最早ない。


 ならば──


「お前は殺す」

『貴様を殺す』


 眼前の敵を打ち砕き、勝利をこの手に。


「……!」

『おおおおお!』


 二人は、弾けた。


 放たれた銃弾の如く突撃し、全力を持って剣を振るう。

 二振りの鋼は交差して、破壊の音を響かせる。


 衝突する魔力。

 削り合う刃。

 この拮抗を制すのは、ただ純粋に強き力を持つ者──


「ぐ……」

『ふん!』


 それは、ソルのデルフィニオスだった。

 グレイヴリッターを強引に押し切り、後退させる。


『幾度蘇ろうとも、貴様が俺に勝つことはない』

「……」

『幾人犠牲になろうとも、機構が滅びることもない』

「……!」


 剣の軌跡が煌めき走り、刃の嵐がディーへと迫る。

 斬撃を凌ぐ度、巨剣がひび割れ、砕け、再生を繰り返す。

 破壊の演舞。極限の綱渡り。


 だが、間違えはしない。

 ディーは剣を見切り、的確に捉え、反撃すら放って行く。


『凌ぐか……ならば』


 弾けた火花に乗り、ソルは距離をとった。

 不利を悟った訳ではない、手を変えただけのことだ。


「これは……」

『焼け焦げろ──』


 かざしたデルフィニオスの手のひらに魔力が収束、恒星の如く光り輝く。

 それはやがて形を変え、灼熱の槍となり、グレイヴリッターを貫くだろう。


 ディーとて分かっている。

 むざむざ殺られるつもりなどない。


「シュティル・ゲヴィーア」

『カタストロフ』


 放たれた血の光線と灼熱の光線。

 二つの光線が衝突し、混ざり合い、歪み、爆ぜる。


 しかし、それも一瞬のこと。


『温い』

「……!!」


 光線が一瞬で押し切られ、グレイヴリッターは紅炎に呑まれた。


 プロミネンスと呼ばれる、太陽の周囲をのたうつ八万度の龍神。

 それは射線上全てを焼き尽くし、僅か残ったシティの結界を貫いて、彼方の地を灰燼(かいじん)と化した。


 万物を焦がす一撃の前ではグレイヴリッターの結界も役になど立たず、ただ熱に身を任せるより他にない。


 だが、しかし──


「システム、正常」


 グレイヴリッターは炎を振り払った。

 苛烈な炎に焼かれながらその装甲には傷一つ付いてはいない。


 それを見て、ソルは即座に対応する。


『ほう。アレを耐えるか。なら……もう一度爆ぜてやろう』


 集結した魔力が、デルフィニオスの剣──スタヴロスを赤熱させる。


「焼き斬るつもりか」

『そうだ。貴様に止める術は……ない』

「……」


 激突すれば剣がもたない。

 ディーは斬撃を受け流した。


 一撃、二撃、鋼が擦れ火花を散らす。

 だが、三撃目。

 剣が合わさり停止した。


「……!」

『終わりだな』


 鍔迫り合い──と言えば聞こえは良いが、実際には違う。


 デルフィニオスが持つ赤熱の剣がシャルフリヒターの血の刃を昇華させ、斬り裂いていく。

 一度こうなってしまえば最早、ディーには手の打ちようがない。

 剣が斬り裂かれる、その瞬間までは。


「……」


 故に、ここだ。

 シャルフリヒターが完全に切断されるその瞬間、ディーはグレイヴリッターを退かせた。


 回避するのであればこのタイミングを除き他にはない。


 しかしそれは、ソルも知っている。


『甘い』

「……!」


 全て読まれていた。


 グレイヴリッターが飛び退いた瞬間、デルフィニオスはそれを追うように剣を構え突撃。

 後退速度より遙かに、前進速度の方が速い。

 切っ先がグレイヴリッターの胸部コクピット、そしてディーへとめり込んでいく。


『再び、灰燼(かいじん)と化すがいい』


 そして、剣が完全に突き刺さった時──それが、最期の瞬間だ。


『解放せよ。セルモクラスィア』


 剣に宿った熱エネルギーが炸裂する。

 一度ディーを仕留めた業を、剣で放ったのだ。


 敵を内部から完膚なきまでに破壊する一撃だ。

 今度は粉砕断裂するには至らなかったが、グレイヴリッターの全身は砕け熱に侵されている。

 全身溶岩塊と化したその姿は、ある意味バラバラよりも残酷なのかもしれない。


『終わったか』


 ソルは勝利を確信した。

 死者は、滅びたと。


 だが──このような状態であればこそ、人は奇跡を目にする事が出来る。

 ただ強者が勝利したとすれば、それは、必然以外の何物でもないのだから。


「問題は、無い」


 或いは、これこそが必然か。


『馬鹿な……』


 ソルは聞いた。そして見た。

 ディーの声を。グレイヴリッターの姿を。


『修復……いや、復元とでも言うのか』


 確かに観測したのだ。

 完膚なきまでに破壊されたはずのグレイヴリッターが、まるで動画を逆再生したように、元通りに成るそのさまを。


「はははははは! はーっはっはっはっはっはー!」


 闇の中、白衣の悪魔が狂気の笑いを響かせる。


「はー……。勝てるわけがないじゃろうが。この街の全ては最早、ディーのものじゃ」


 コライダーは言った。

 街を覆う結界は本来、人々の魔力、精神力、生命力を吸い強固に維持されていた。


 それが消えた今、力は何処へ消えたのか?

 答は簡単だ。生ける屍、ディーに流れ込み、その命を永遠に維持している。


 故に、ディーは不死身なのだ。


「仕留める」

『ぐ……!』


 一瞬の油断を突いたグレイヴリッターの斬撃。

 デルフィニオスはそれを受け止めたが、弾かれ体勢を崩した。


 その隙を逃すほど、ディーは甘くない。


「シュティル・ゲヴィーア」


 グレイヴリッターの口部より放たれた破壊の光が、デルフィニオスを包み込む。


『その……程度で!』


 その脅威を、ソルは気迫で退けた。

 デルフィニオスの周囲を強大な魔力が徘徊し、光を弾く。


 だが、無傷というわけには行かなかった。

 光の渦から現れたデルフィニオスの装甲は所々砕け、ひび割れている。


「倒す」

『倒せん。貴様ごときに!』


 それでも、ソルは吠えた。


「……!」


 デルフィニオスの体を黒色のオーラが覆う。


 これは魔術ではない、狂気だ。

 時を掛け育まれた妄執とも言うべき狂気が、魔力を得て目に見えるほど確かに実体化し、ディーを喰らわんと(うごめ)いている。


『復元とて、無限ではないだろう?』


 鬼神の振るう灼熱の剣がグレイヴリッターに襲いかかる。

 何度も何度も何度も何度も、攻撃を退け、防御を貫き、再生する全てを砕き続ける。

 痛みは常に、ディーを(さいな)む。


 だが──


「……」


 ディーは何も考えてはいなかった。

 ただひたすらに腕を振るい、眼前の敵を殺す。それだけが……。


『まだ持つか。ならば……このデルフィニオス最大の業で、消滅させてやろう』


 そんなディーを見て(ごう)を煮やしたのか、ソルは言い、腕をクロスさせた。


「これは……」


 瞬間、ディーは今までにない魔力の高まりを、感じた。

 それはデルフィニオスを中心に渦を巻き、「消滅」と言うソルの言葉が決して大言壮語(たいげんそうご)などではないことを証明している。


「……!」


 止めねばならない。


 ディーは本能に急かされ、巨剣を構え突撃した。

 グレイヴリッターの装甲が(きし)み、赤のフレアが巨大な光となってディーの背中を押す。


「ぐ……!?」


 だが、直前で、グレイヴリッターが止まった。


 渦巻く魔力がデルフィニオスを護り、死者の前身を止める。

 魔術の稲妻がグレイヴリッターの体内を駆け巡り、傷つけていく。

 ディーの肉体もまた、同じだ。


 ダメージとすれば大したものではない。

 再生復元能力を得たグレイヴリッターの前では、掠り傷とも言えないだろう。


 だが、一時の間を稼ぐには十分であり、その刹那こそが致命となる。


『我は光。我は理。我は正義。我は与えん、外道なる者に裁きの鉄槌を!』


 ソルは紡いだ。必殺の呪文を。


 するとそれに応え、魔術文字で編まれたレースが展開。

 巨大な球となって二人を包み込む。

 そのさまはさながら街の上に浮かぶ小さな星であり、使われた魔力量は既に想像を絶している。


 だが、これはまだ準備段階に過ぎない。

 収束し輝きと化した魔力が、今まさに放たれる。


『エピディミアアアアアアア!!』

「……!?」


 瞬間、世界は光に包まれた。

 エピディミア──デルフィニオス最強たるこの魔術は、二つの作用により発現される。

 結界と炎。膨大な魔力は熱の奔流(ほんりゅう)となり結界内で対流し、中心部で核融合をくり返し永久に燃え続ける。


 これは言わば、小さな恒星だ。

 そう、エピディミアとはこの地上に、太陽を再現する魔術なのだ。


『1600万度の炎に焼かれて消えるがいい』


 全て、浄化された。

 人が作り出した何もかも。人が営んだ何もかも。愛しいもの。それを思う心。抱きしめるための体。全ては炎に呑まれ、意味の無い素粒子へと還る。


 生き残るのは一人だけ。一人だけで良い。


 デルフィニオスは太陽神の加護と防御魔術により熱に高い耐性を持つ。

 それでも完全に無傷と言う訳にはいかないが、強敵を閉じ込め焼き払えるのなら安い対価だろう。


『美しい……』


 ソルは呟いた。

 赤い靴を履いた炎の精霊が無限に踊り続けるこの閉鎖空間が、美しい。


 ディーには、理解出来ない感覚だ。


「そうか」

『……!?』


 反射的に、ソルは声の主を探した。

 その様は、ディーから見れば実に滑稽(こっけい)だ。


「前だ」


 ディーは逃げも隠れもせず、今も、ソルの目の前に居る。


『前だと? ……!?』


 ソルは思わず息を呑んだ。


 現れては消える黒い影。

 骨、筋肉、内臓、血液、皮膚、全てが壊れ、かき消えては現れる。

 そのあまりに異常な光景を見れば、仕方のないことだろう。


 それでも、ディーは生きている。


「……?」

『これが……生きていると言うのか?』

「ああ」


 ディーは言った。


 死の感覚は知っている。

 なにせ一生で二度も死んだのだ。

 間違えるはずがない。


 断言できた。

 生きて、いると。


『っ……消えろ!』


 理解を超えたその姿に、醜悪なほど生に執着するその姿に、ソルは耐えられない。

 デルフィニオスが剣を振り、ディーを斬り殺す。


 だが──


「不可能だ」

『馬鹿な……』


 ディーは死なない。


『そんなことが……』


 幾度剣を振るっても。


『あり得ん!』


 ディーは死なない。

 ディーが死ぬことはない。


 それどころか、ディーの復元は加速度的に早まっていく。

 肉体は在るべき形を取り戻し、特徴的なボロマントがはためき、黒の装甲が重ねられていく。


 同じだ。どれほど強力な魔術を行使しようとも、どれほど粉微塵に打ち砕こうとも──「俺は、死なない」


 そして、漆黒の騎士は完全に再生を遂げた。


『おおおお!』

「……」


 1600万度の炎の中で、鋼の刃が衝突する。


 戦いは永遠に続いていく。

 太陽が燃え尽きるその時まで。


「撃破する」

『ぐ……!』


 ディーは腕に力を込め、巨剣を無理矢理に振り抜いた。

 すると、グレイヴリッターの力に押され、デルフィニオスが弾け飛ぶ。


『俺が……この俺が、押されているというのか!?』

「ああ」


 感じる。

 力が際限なくあふれ出し、血流に乗って体中を巡る。

 細胞の一つ一つにまで行き渡り、増幅され還っていく。


 デルフィニオスが纏う狂気の威圧すら、最早敵ではない。

 理屈は解らないがあえて考える必要もないだろう。

 いつもの、ことだ。


「……!」

『おおお……!』


 剣を振るい、弾かれ、飛翔し、また剣を振るう。

 決着の瞬間まで、戦い続ける。


「捕捉した」

『やらせん!』


 二機の剣が交差し、停止した。


 鍔迫り合いを演じる。

 腕に込められた力が筋肉を振るわせ、互いの息吹きを感じながら、必殺の呼吸を探り合う。


 そして力を、魂をぶつけ合う。


『大義の無い貴様などに……俺は!』

「っ……!」


 ディーはソルを突き放した。

 一度距離をとり、冷めた目で敵を見る。


「弱ければ死ぬ。それだけだ」


 そうだ。

 殺さねばならない、自らに仇なす者全て。

 そうでなければ、生きられはしない。


「殲滅する」


 ディーは巨剣を一振りし、静かに構えた。


 恐怖も、憎しみもなく、ただ淡々と敵を屠る。

 それだけが、ディーに一つだけ許された、命を繋ぐ術なのだから。


『失せろおおおおおお!』


 デルフィニオスが迫る。

 剣を構え自らの炎で装甲を焼き崩しながら、狂気の矢となりグレイヴリッターを射貫かんと迫る。


「……!」


 グレイヴリッターが飛ぶ。

 死を与えるため深淵(しんえん)を剣に宿し、熱の海を切り裂いて飛ぶ。


 そして、二機は激突した。

 鋼が互いを喰らい合い、狂気の悲鳴を響かせる。


『ぐ……おお!』


 極限の衝突の中、デルフィニオスの剣がひび割れた。


 剣だけではない。

 自らの生み出した破壊の海に耐えきれず装甲が砕け、骨筋肉とも言うべき内部機関は紫電を放ち朽ちていく。


 だが、それでも尚、デルフィニオスの力が衰えることはなかった。


『数多の命に支えられるこの俺こそが……!』


 死者達がソルの背中を押す。

 かつて共に戦い散っていった者達が強靱な精神を支え、その魂を鋼鉄の槍と化す。


 類い希なる魔術の才があったとして、血の滲む鍛錬(たんれん)があったとして、妄執に取り憑かれた狂気があったとして、果たしてここまでの力を得ることができただろうか?

 答は否である。


 人一人の魂などは蝋燭に灯る火にも劣る、小さきものだ。

 しかしそれが無数に集まり補い合えば、太陽すら凌ぐ大火となる。


 しかし──


「幻だ」


 全て知った上で、ディーは断じた。

 死者などいくら背負おうとも意味は無い。


『……!!』

「斬る」


 ディーは有りっ丈の力を巨剣に込めた。

 薙ぎ払う。ソルを支える幻ごと、全てを。


『が……ああああああああ!』


 血の刃がデルフィニオスの剣をへし折り、胴を両断する。

 幻では止めようのない圧倒的リアルに蹂躙されていく。太陽の神が、死ぬ。


 そうだ。存在こそが、意思を実現する唯一の必要条件なのだ。

 だからこそ、人は生きなければならない。


『あ……』


 デルフィニオスは二つに分かれ、落ちた。


 術者が消えれば、魔術が形を保つことはできない。

 高熱を帯びた炎、それを覆う魔力の球、全ては光の粒子となって霧散した。


 天を覆う灰の群もまた同じだ。

 空の裂け目から差し込む木漏れ日に、漆黒の装甲が照らされる。


「ふ……今こそ、お主が絶対者じゃ」


 コライダーはその勇姿を見て、微笑んだ。

 まさに、求めたものはそこにあったのだ。


「……」


 だが、まだだ。まだ終わってはいない。

 ディーはグレイヴリッターを駆り、最後のシゴトに向かう。


『俺、は……俺、が……』


 街の中央部、かつて管理塔があった場所に、成れの果てが転がっていた。


 ディーは剣を持ち上げ、切っ先をそれへと向ける。


『死ぬと……言うの……か、この……俺が?』

「ああ」


 何もかも、振り下ろせば終わる。


 だが、直ぐにトドメをさしはしない。

 ディーにはまだ一つだけ、やることが残っている。


「コライダーから、伝言がある」

『な……に?』


 管理塔にユウリを助けに行った時、コライダーに託された言葉。

 ソルを殺すのならば、先に伝えなければならない。


「ソル。最初に引き金を引いたのは、お前だ」


 ディーは告げた。

 良くわからないがコライダーが言うのだ。

 きっと意味はあるのだろう。


『俺は……俺の……正義、は……』


 ソルの頬を大粒の涙が伝う。


「……」


 ディーはその上に、刃を突き立てた。

 刃は驚く程簡単に突き刺さり、支配者の命を奪った。


 見上げれば空は何処までも青く、ざらついた風の音が聞こえる。

 このまま目を閉じれば、溶けてしまいそうだ。


 しかしディーには、還るべき場所が在る。


「撤退する」


 グレイヴリッターがフワリと浮き上がる。


 すると、見えた。

 足場の悪い廃墟の中を、全力で、幾度も躓きながら駆けてくる二つの影。

 そしてそれを、ビルの上から腕を組み見守る、はためく白衣が。


「ふっ……」


 そんな彼らを見て、ディーは笑った。

 その理由はディーにも、誰にも分からなかった。


エピローグに続きます

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