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忘却の彼方  作者: 上ノ空
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魔法使い-4

ここリエンス王国はボールスを都としており、城を中心にして城下町が広がっている。城の前には大きな広場があり、広場には騎士たちの訓練場も隣接している。ソフィアの家は城下町の比較的中心部に位置しているため、すぐに広場に出た。ソフィアによると、捕まえた魔法使いを処刑する時にもこの広場を使うらしい。

「アル、これから会う二人の騎士には特に注意をするんだぞ。私の知り合いだからと言って秘密を明かさないように…バレたら私でも助けられないからな」

ソフィアは広場の先を見ながら小声で忠告をしてくる。視線の先では騎士たちが集まっている。剣の鍛練だろうか、何人かの騎士が剣戟を振るっている。

「ずいぶん賑やかだな、エミー」

ソフィアはその中でも異質な三人組に話しかけた。

「ん?ソフィーじゃないか!」

エミーと呼ばれた女性はソフィアを見ると驚いたように手を広げ、そのままハグをした。ソフィアは邪魔だ、とだけ言うと鬱陶しそうに引き離した。

「ソフィアがこんな所に顔を出すなんて珍しいじゃないか。ん?」

もう一人いた男性は僕を見ると不思議そうな顔をした。

「なんだ、ソフィアも面倒な子供に絡まれてるのか。こっちも苦労しているんだ」

男はそう言うと、笑いながら後ろにいる金髪の女の子を指差した。

「誰が面倒ですって!?」

女の子は鬼の形相でやって来る。

「いいや、この子は私の教え子だよ。伯母からの頼みでね」

「伯母っていうとルナさんか?それは大変だな」

なるほど、と男は頷いている。

「俺はカーティスだ。よろしく」

男はそう言うと、手を伸ばしてくる。

「アルフです」

「私はエミリア。エミーって呼んでもいいよ」

続けざまに手を伸ばしてきたエミリアに、僕はカーティスと同じように握手をしながら簡単に名乗る。

「それで、何の用で来たの?まさかこの子を紹介しに来ただけじゃないでしょう?」

エミリアは挨拶が済むと早速本題に入っていった。

「待ちなさいよ!私が先よ!」

しかし、ソフィアが口を開くよりも先に大きな声が響いた。

「アリスはちょっと黙ってなさい」

先程の金髪の女の子だ。エミリアにアリスと呼ばれたその子は僕たちの間に割って入ってきた。

「私を騎士にしてくれるっていう話はどこにいったのよ!」

「騎士って女性でもなれるんですか?」

騎士には男のイメージしかない。僕は小さな声でソフィアに聞いた。

「なれるとも。現にエミーは騎士だ」

彼女は素っ気なく言うと、エミリアの腰を指差した。そこにはたしかに剣があった。

「おいおいソフィア、嘘は教えないでくれ。エミーは特別なだけだよ」

カーティスは慌てて訂正してくる。僕はどっちが正しいのか判断がつかなくなってしまった。

「アリス、今からソフィーと大事な話があるから黙っていなさい」

エミリアはまだアリスをなだめている。

「私の話はすぐに済むから、アリスが先で構わないよ」

ソフィアがそう言うと、アリスは顔を輝かせる。エミリアは思いっきり睨んできているがソフィアは愉快そうだ。

「そもそも、さっきから何を揉めていたんだ?」

「聞いてよ、ソフィー!姉さんたちがひどいのよ!」

好機と見たのかアリスがソフィアに泣きつく。

「姉さん?」

「エミリアはアリスの姉だ」

なるほど、通りでアリスがソフィアになついているわけだ。

「模擬戦で一勝でもしたら騎士にしてやるって言ったのに、してくれないのよ!」

「ほう…騎士相手に勝ったのか?」

「もちろんよ」

アリスは胸を張って自慢する。

「それは残念だったなアリス、君が約束をした相手は君を騎士にする権限を持ち合わせていない。騎士になりたいならそこの城にいる王様に忠誠を誓って叙任式を開いて貰うんだな」

「あんなのに忠誠を誓うだなんて嫌よ」

アリスは顔を曇らせる。エミリアは呆れ、カーティスは怒っているが、ソフィアを見てみると案の定笑っている。

「姉さんだけ騎士になれてズルい」

アリスは口を尖らしている。

「そういえば、さっき特別って言ってましたけど、どういう意味ですか?」

「アル、色の騎士という名前を聞いた事はあるか?」

「はい。優秀な騎士にそれぞれ色を与えて、戦場でその色の鎧を身に着けて戦っている騎士ですよね?」

「そうだ。色の騎士はこの国の騎士団の象徴であり切り札とも言える騎士でな、今は四人いるんだ。普通の騎士はあそこで訓練している騎士たちのように白銀の鎧だが、色の騎士は黒と赤…」

彼女はそう言うと、ゆっくりと手を伸ばし

「そして、青・緑の鎧を着ている」

エミリアとカーティスを順番に指差した。

「え?お二人が色の騎士なんですか?」

僕は驚きのあまり声が裏返ってしまう。

「ソフィー!また簡単にバラして!」

エミリアは照れくさそうにしている。

頭の中にソフィアの忠告がよみがえる。“バレたら私でも助けられない”

色の騎士は基礎能力以外にも特別な力があるという。それは騎士たちが失った力、神々が地上から去ったと同時に失われたはずの奇蹟の力。

「私たち色の騎士はね、神様から加護を受けて奇蹟を行使できるんだよ。そして、その力によって魔法使いと対等に戦えるようになる」

つまり、僕とソフィアにとっては天敵と呼べる存在。普通の騎士相手ならば問題はない。しかし、彼等は別だ。色の騎士は対魔法使いと言っても過言ではない存在だ。

「だからエミリアさんは特別なんですね」

「なによ、色の騎士なんて」

アリスはまだ納得していないようだった。

「まぁ、アリスもいつかなれるさ」

「本当!?」

「あぁ」

「また適当な事を…」

エミリアは頭を抱えている。

「そろそろこっちの話をしていいかな」

そう言うとソフィアは話を打ち切り、ルーシーの件について話始めた。

「なるほど、それなら今夜あたりに様子を見に行くか」

カーティスがエミリアに同意を求めながら言うと、エミリアは頷いた。

「助かるよ、夜になったらいつもの酒場に来てくれ」

ソフィアはそう言って、帰るぞ、と僕の肩を叩いた。

「おや?ソフィー?ソフィーじゃないか!」

しかし、帰ろうとした僕達の前に一人の男が出てきた。

「ルーカス…」

男の登場によってソフィアはあからさまに不機嫌になった。

「相変わらずお美しい」

ルーカスはソフィアに仰々しく礼をする。たしかにソフィアは美人だ。黒絹のように綺麗な長髪、少し切れ長な目と鳶色の瞳。最初に会った時は驚いたものだ。

ふと考えていると僕はルーカスと目があった。

「おや?この少年は…」

「私の教え子だ」

「おぉ!そうですか!私はルーカス・オルドリッジです」

「アルフです」

今日何度目の自己紹介だろうか、僕は手を伸ばす。

「すまないが、今は忙しくてね、帰るぞアル」

しかし、握手をする前に引っ張られる。

「そうですか…ではまたお会いしましょう」

ルーカスは差し出していた右手を下げるとまた仰々しく礼をした。

「あれがルーカス卿ですか?」

「そうだ」

「ソフィアさんに好意を持っているんじゃないですか?」

「最悪なことにな。それとアル、一つルールを作ろう」

そう言うと、ソフィアは立ち止まった。

「あいつの話をするな」



家に戻って来た頃には既に日が暮れていた。僕は疲れのせいか寝ていたが夕食の準備が出来たと、ソフィアに起こされた。夕食はパンと野菜のスープだった。

ご飯を食べ終えると話があるとソフィアに呼ばれ、仕事用の部屋で彼女を待っていた。

「さて、今日の事について補足しないといけないことがある」

ソフィアはやって来ると昼の時のように僕の前に座った。

「分かっていると思うが、色の騎士についてだ」

うすうす勘づいていた僕は頷きだけを返した。

「エミーとカーティスはあまり気にしなくていい。バレなければなにも問題はない。だが、赤と黒は別だ」

ソフィアは腕を組んでいる。

「黒に関しては何も情報がない、エミーたちでも知らないらしいからな。ただ黒騎士に狙われた魔法使いで生き残った者はいないという噂がある。こいつは出会わないように祈るしかない」

「赤の騎士は?」

黒が魔法使い専門なら赤は何なのだろうか。

「赤は面白い逸話があってね。赤は一番新しい色の騎士なんだ。そうだ、君は五年前にここで大きな戦いがあったのは知っているね?」

「はい」

五年前、僕がちょうど10歳の頃に魔法使いによる反乱がここであったという話は母から聞いている。反乱を起こした魔法使いたちは全員騎士たちによって殺されてしまった上に、現国王が魔女狩りに偏執するきっかけになった戦いだとか。

「その戦いにはね、色の騎士が全員参加していた。当時いた色の騎士は黒・青・緑の三人だった。だがな、戦いが終わったあとに一人増えていたんだよ。真っ赤な騎士が一人ね」

「血…ですか?」

「医者は血だと言っていたがね、何度洗っても落ちなかったらしい。それに血にしては綺麗過ぎるんだよ、色も染まり方もね」

僕は突如増えた血塗れの赤騎士を想像する。魔法使いを斬る度に血を全身に浴びるその姿を…いや、血を浴びるために魔法使いを斬っていくその姿を…

「とにかく色の騎士、特に赤と黒には気を付けろ。バレたら死ぬと思え」

彼女はそろそろ約束の時間だ、と言って立ち上がる。

「あの…!」

僕には一つだけ気になっている事がある。

「ソフィアさんは五年前に反乱が起きた時、どうしていたんですか?」

彼女は魔法使いだ。同胞達が自由を求め、反乱を起こして死んでいく中、何をして何を考えていたのだろうか。

「どうもこうも、何もしていないさ。私は今も昔も忙しいからね、そんな事に参加している暇はない」

「そんな事…?」

「あぁ、赤騎士が現れるのは予想外だったが魔法使い側が負けるのは明白だった。私は城で大人しくしていたよ」

「仲間を裏切って騎士に味方したんですか!?」

彼女の言っている事は理解ができなかった。

「裏切るもなにも、私は別に彼らの仲間じゃなかったし、国民が騎士に守って貰うのは当然だ」

「そんな…」

「はぁ…細かい話は後にしてくれ、遅れるとエミーは面倒なんだ」

そう言うと、彼女は外に出て行ってしまった。

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