魔法使い-1
窓から外を覗くと鉛のような雲が今にも落ちてきそうだった。
「はぁ…」
この陰鬱な気分は昨日から続いている。事の発端は仕事用の机を整理していた時に出てきた一通の手紙だ。送り主は私の伯母で内容はとても簡潔だった。訳は言えないが息子を少しの間預かってくれというものだった。訳は言えないということは余程の訳ありなのだろうが問題はそこではない。問題なのはこの手紙が送られてきたのが半年前だということだ。半年前、たしかに私はこの手紙を読んだ。しかし、当時は色々と忙しく、どうやって断りの文面を考えるのが面倒になり一時的に放置したのだ。しかし、気付いた時には既に約束の日の前日だった。あの人の事だ、返事がない事をいいことに手紙に書いてあった希望日に息子を送ってくるだろう。そもそも常識的に考えて一人暮らししている女の家に男を送るだろうか。
「常識…か」
らしくない発想に思わず笑ってしまう。考えていても仕方あるまい。私は思考を打ち切ると暖炉に火を着け本を開いた。
件の子どもが来たのは朝の天気が嘘だったかのようにすっかりと晴れた昼頃だった。来ないのではないかと淡い期待を抱き始めた時、ドアを叩く音が部屋に響いた。
ドアを開けると立っていた少年は少し驚いた様な顔をしていた。少年は中性的な顔立ちをしており母親に似たのだろうか、短く切り揃えられた黒髪は少年を幼く見せる。
「あの…僕はアルフ・ハートリー、ルナ・ハートリーの息子です」
アルフと名乗った少年は緊張しているのか顔を僅かに下げていた。
「話は聞いているよ、私はソフィア・ローズだ。立ち話もなんだから、とりあえず家に入りなさい」
ドアを開けて入るように促すと少年は少し頭を下げてから入ってきた。
「長旅で疲れているだろうが少し話に付き合ってくれ。ルナからの手紙だけだと情報が足りないんだ」
私は少年の荷物を預かり、仕事で使っている応接用の椅子に座らせた。私の話を聞いていただろうか、少年は物珍しそうに部屋を見回している。
「ここは仕事用の部屋だ、君の部屋は奥にある部屋の二階だよ。まぁ、それはいい。君は私についてどれくらい聞いている?」
少年は少し考えていたがやがて
「学者だと聞きました」
と言った。
「学者か…あながち間違っているとは言えないな。私はね、色々な人から依頼を受けて事件の調査をしているんだ」
「はぁ…」
少年は要領を得ないといった様子だったが私は話を進めることにした。
「あの…一人で仕事をしているんですか?」
しかし、少年はすぐに表情を戻し恐る恐る質問してきた。
「ん?…あぁそう言うことか!」
「え?」
突然私が笑ったからか少年は目を丸くしていた。
「ドアを開けた時の表情と今の質問、君は私をルナと同じ位の年齢だと思っていたんだな?」
「え…えぇ」
図星だったのか少年の表情は固まっていた。
「ルナは人を驚かすのが趣味だったからね。君はたしか16歳だったかな?私は君より5つ年上だよ。それにしても私だけでなく君にまで何も教えていないとはな」
少年から話を全て聞こうと思っていた私は先行きが不安になった。
「すまないが君がここに来るまでの経緯を話して貰えるかな?」
少年は少し考えいたがやがてポツリポツリと話し始めた。
「僕はここに来るまで母さんと二人で住んでいて…農作業の手伝いをしていました」
しかし、少年はそこまで言うと黙ってしまった。
「それだけじゃないだろう?わざわざ親元を離れて来たんだ、何かあるはずだ」
私がそう言うと少年は俯いてしまった。どう声を掛けるか迷っていたが少年は決心したかのように顔を上げた。
「実は僕…魔法使いなんです」