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中編

あれから、琉安は柚杏の部屋に遊びに行くようになった。話をしたり、外に出て遊んだりする。

そんな時、柚杏は「内緒だよ」といって隠れ鬼や氷鬼など唐の国にはない遊びを教えてくれた。それが琉安には驚きの連続ではあったが。時には唐の国に伝わる遊びもする時はあった。

柚杏は珍しがりながらもおもしろいと言って真似をする。琉安は柚杏の時折、しゃべる言葉に彼女は遠い所から来たのだと薄々、感じ取っていた。そうして、時間は流れていった。



柚杏が十三歳になった年の事だった。琉安はこの時、十一歳になっている。

初めて会った時から、五年が経っていた。

柚杏と琉安の二人は両親に呼び出された。

「…何があったんだろうね。父様と母様が私たちを呼び出すなんて珍しいわ」

琉安が言うと柚杏はそうねと相づちを打ちながら、廊下を早歩きで進む。それを追いかけながら、琉安はもやもやとした気持ちを抑えきれないでいた。

そして、二人は両親のいる部屋にたどり着いた。柚杏が声をかけると中から返事が聞こえた。

「…では、入ります。父様、母様」

柚杏が言うと琉安も後に続く。

中では両親が椅子に座った状態で待っていたらしかった。どうしたのだろうと思いながらも両親に近づいた。

「ああ、柚杏。それに琉安も。よく来た。そちらに掛けなさい」

指さされた椅子に二人は座る。席に着いたのを確認した父はおもむろに話を切り出した。

「その、柚杏。琉安にもとある方との縁談がきてね。柚杏も年頃になったから、ちょうどいいと思ったのだ」

縁談と聞いて柚杏は目を大きく見開いた。琉安も驚きのあまり、二の句が告げない。

「…父様。わたしに縁談とは。その、どなたがお相手なのでしょうか?」

柚杏がおずおずとしながらも尋ねる。

「…現皇帝陛下のご子息の寿王様だよ。まあ、第十八公子の方だから。皇太子には遠くはあるが。でも、文武両道の才気溢れたお方でね。性格も真面目で温厚でいらっしゃる。柚杏のお相手としては良いお方だと思うんだが」

「…そうよ。公子様の女官になれたら、うまくいけば。お妃の位も夢じゃないわ」

母までがそう言い募ったが。柚杏は芳しい返事をしない。

「…わかりました。父様と母様のおっしゃる通りにします」

柚杏はやっと、返事をした。だが、表情は曇ったままだ。

琉安はそれを見ながらも両親に視線を向ける。

「…母様。あたしも姉様に付いて行ってもいい?」

「何を言い出すかと思えば。柚杏に付いて行くのはね。お前には無理よ」

母はあっさりと琉安の提案を退けた。

父も苦い表情をしている。

「何で?姉様にあたしが付いて行けば、その方がいいじゃない」

「とにかく、駄目なものは駄目よ。柚杏の足を引っ張るに決まっているわ。それに、寿王様に失礼な事をされてもこちらが困るもの」

母が言い募れば、琉安も眉をつり上げる。

「…そんなこと言ったって、わからないじゃない。母様の分からず屋!」

「琉安。あきらめなさい。母様の言う通りだ」

父が琉安に厳しい表情で告げる。琉安はうなだれて黙るしかなかった。




あれから、さらに七日が経った。縁談があると知らせがあった後で寿王の方から、たくさんの贈り物が届いた。

簪などの宝飾品や衣類、部屋の調度品に至るまで細々としたものが届けられていた。両親も支度金や柚杏や琉安に必要な物は揃えていたが。それでも、寿王からの贈り物はどれも高級品で使ってある素材も良い。現皇帝の寵姫である寿王の武恵妃が用意させたのではと父は言っていた。

着々と進んでいく支度に柚杏はついて行けないようでいた。琉安も婚儀は来年の春頃になるだろうと聞き、後宮に入るための礼儀作法などを老師に教えてもらう事になった。

そうやって、一年が過ぎた。




翌年の春、柚杏は十四歳になり、琉安も十二歳になっていた。琉安は後宮に入れるぎりぎりの年齢になったのでやっと、柚杏付きの侍女として一緒に行ってもよいと両親から許可が出た。これを聞いた時には琉安は手放しで喜んだ。

柚杏は不安そうな顔をしていたが。

そして、寿王の邸への輿入れの日が決まった。寿王は柚杏より、四歳上の十七歳らしい。

そんな話を聞いた琉安は姉様と年が少し離れていると思い、心配ではあった。

輿入れは柚杏が十三歳の初夏となった。



二人が初めて出会ってから、五年が過ぎていた。柚杏はめでたく、公子妃といえる立場となったが。これは彼女たちを待ち受ける試練の幕開けとなった。このことに気づく人は誰もいなかった。

玉環はふと瞼を開いた。霧が出てきたのか、自分が座る岩の上にもうっすらと白いものがかかる。

(…すっかり、寝入ってしまったようね。姉様の魂はかの国にあるという黄泉の世界に無事にたどり着けたかしら)

玉環こと琉安はぼんやりとそんなことを考えた。寿王も玄宗皇帝もこの世にはいないだろう。自分が代わりに貴妃となって以降、柚杏には会えていない。

彼女がどうしているのかだけが気がかりだった。

琉安は柚杏の事を考えながらまた、瞼を閉じた。




寿王が暮らしているという長安に行く事になり、柚杏は馬車に琉安や二人の侍女たちと乗り込み、出発する。柚杏は無表情でいる。琉安もだんまりでいた。

一緒にいる侍女達も話しにくそうに目を見合わせる。馬車の中で沈黙がおりて、重苦しい雰囲気になっていた。

「…姉様。寿王様ってどんな方なのかしら?」

「知らないわ。けど、優しい方だったらいいわね」

ぽつりと柚杏が言うと琉安もため息をつく。

「そう。頭がよくて武芸もできて真面目な方らしいじゃない。あたしだったら、明るい性格の方がよいけど」

「…琉安さん。あんまり、失礼なことは言わないでください。柚杏様もおられるのですから」

侍女がやんわりと注意をしてくる。琉安は罰が悪そうな表情でまた、黙った。

「…だって、真面目なだけだとつまらないじゃない。姉様が退屈してしまうと思うのだけど」

「琉安さん!」

侍女は眉をつり上げて注意してくる。

琉安もとうとう助けを求めるように柚杏を見た。

「…琉安。まあ、仕方がないか。身分の高い方に対してはよくないけど。あなたの年だったら退屈よね」

「…姉様。それ、助け船になってない」

琉安が言うと柚杏はくすりと笑った。

「冗談よ。こんな馬車の中で座っているだけだと。退屈だと思うわ。琉安はまだ、十二だし」

「そうかも。姉様、寿王様のお邸に着いたら敬語は使うわ。きちんとしないといけないわよね」

「ええ。それは頼むわ」

柚杏が苦笑いしながら言うと琉安もやっとほっとする。二人のやりとりを侍女達も微笑ましそうに見ていた。

馬車はゆっくりと長安を目指して走り続けた。



あれから、三日が経った。まだ、長安には着かない。

馬車の中で寝泊まりしながら、柚杏と琉安は侍女達と旅を続けていた。

御者役の家人と護衛役の兵が五人の合わせて十人ほどでの旅である。退屈で体の節々が痛むが文句は言ってられない。

「…姉様。まだ、着かないのですね。さすがに体のあちこちが痛いわ」

「…私もよ。退屈でたまらないわ」

二人して腕や肩をさする。同乗している二人の侍女も疲れた表情になっていた。

「…わたくしたちも疲れました。まだ、馬車で七日はかかりそうですから。せめて、宿屋に泊まれたらよいのですけど」

「そうですね。本当に宿屋に泊まって寝台で寝たいと思います」

二人の侍女は口々に言い合う。柚杏も頷いている。

琉安はそんなものかなと思った。御者役の家人が先ほど、持ってきてくれた水と干し柿などを食べながら、休憩をとっていた。

「…長安はいろんな人がいると聞きました。胡人と呼ばれる遠方から来た人達もいるんですって」

侍女の片方が話しかける。

「ああ。確か、髪が茶色か金色で目も薄い感じの人達らしいわね。顔立ちも彫りが深いというし」

「へえ。見てみたいわ」

二人は異国の人々の話で盛り上がっていた。柚杏と琉安はそれを聞いてどんな人達なんだろうと首を傾げる。

幼い二人には想像のしようもない。

よく知っているなと思ったのであった。

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