聖夜の幸運
クリスマスだからというのではないけれど、今夜は久しぶりに妻と外食することになった。早々に仕事を片付けて帰り支度をしていると、携帯に着信が入った。
「もしもし…」
『ごめんなさい。今夜行くはずだったお店なんだけど、なんか、手違いで予約が入ってないのよ。あなたの方でどこか探せる?』
「そうなのか?じゃあ、何とかするよ」
『本当に?ありがとう。じゃあ、あとでね』
「おう!任せとけ」
とは言ったものの、困ったなあ…。居酒屋とかならともかく、二人で食事となると、気の利いた店に心当たりがない。まあ、何とかなるか。そうだ、うちに女の子に聞いてみよう。
「ねえ、デート向きの気の利いたお店って、どこか知ってる?」
「あら、大橋さん、誰とデートなんですか?まさか、浮気でもしているのかしら」
「バカ言うなよ。妻と食事をすることになっているんだけど、なんか手違いで予約が入っていなかったらしいんだ」
「本当ですか?なんか怪しいな」
「おい!大体、俺にそんな甲斐性はないよ」
彼女は何件かあたってくれたのだけれど、クリスマスだということもあって、どこも予約でいっぱいだということだった。仕方がない。とりあえず、外に出るか。
待ち合わせの時間までにはまだ十分に時間がある。最悪、居酒屋で勘弁してもらおう。そう思ったら、急に気が楽になった。気が楽になったら、時間を有効利用しようと考えるのは自然な流れ。おあつらえ向きになじみの看板が目の前に。こうなったら迷うことはない。今日の食事代くらい稼いでこよう。店のドアが開くと、聞きなれた電子音と軽快な場内アナウンスが耳に心地いい。さて、勝負!
まあ、そう上手くはいかない。時間がなかったのが幸いした。財布の中身がカラにならなくて済んだのだから。時計を見た。そろそろ待ち合わせの時間だ。行きつけの居酒屋に行こう。旨いおでんがある。最後のコインを投入してスロットを回す。
「えっ?マジで…」
7・7・7!フィーバー!
「ちょっと…」
こんな時に限って。どうしよう。ここで止めたくはないけれど、待ち合わせに遅れるわけにはいかないもんな。
「おっ!大橋さんじゃないですか。やりましたね」
「あっ!日下部さん。ちょうどよかった。この台、受け取ってもらえませんか?これから妻と食事の約束をしているもので」
「それは、それは。いいですよ。ところで大橋さん、行かれるお店は決まっているんですか?」
「それが、妻が予約していた店が手違いで予約入っていなかったんですよ。それで、俺が代わりに店を探すことになっていたんですけど、どこも予約でいっぱいで。仕方がないので行きつけのおでんの美味しい居酒屋にでも連れて行こうと思って」
「そうですか。じゃあ、ちょうどよかった。ボクが予約している店があるので、そこでよければ行ってみませんか?」
「えっ!それじゃあ、日下部さんが…」
「いいんですよ。相手の都合が悪くなってキャンセルしようと思っていたところでしたから。もう、料金も支払い済みなのでゆっくり楽しんできて下さい」
「支払済みって…。それは悪いですよ」
「いいんですよ。ボクはこの台をいただきましたから。それでチャラですよ」
「だって、これ1回で終わっちゃったら、あわないですよ」
「その時はその時ですよ。そしたら、これはボクからお二人へのクリスマスプレゼントということで。伊豆ではいろいろとお世話になったことだし」
「そうですか。じゃあ、お言葉に甘えます」
「大橋さん、メリークリスマス!」
「あ、メ、メリークリスマス…」
待ち合わせ場所には既に妻が来ていた。時計を見ると、何とかギリギリ間に合った。妻を連れて日下部さんに聞いた店へやってきた。そこは高層ビルの最上階にあるフレンチレストランだった。
「あら、良さそうなお店じゃない」
「あ、うん。知り合いに聞いて…」
「ふーん…。ねえ、早く入りましょう」
妻が俺の腕に手をまわして催促する。俺は店に入って日下部さんから紹介されたのだと説明した。
「はい。伺っております。大橋様ですね。お待ちしておりました。こちらへどうぞ」
俺たちは窓際の席に案内された。
「すごい!きれいな夜景」
「ホント、すごいなあ」
「ねえ、何食べる?」
「いや、もう、頼んであるんだ。一応、クリスマスの特別コースを」
「そうなの?でも、高いんじゃない?私、今日はあまり持ち合わせないわよ。まあ、最悪カードで支払えばいいんだけど」
「大丈夫だよ。任せとけって言っただろう」
「そう。じゃあ、お言葉に甘えてごちそうになるわね」
マズイと思った。いや、料理はとびっきり美味かった。こんな店でタダで食事をさせてもらって、いくらなんでもマズイと思った。あの台がいくらになったのかは分からないけれど。でも、妻はとても喜んでくれた。日下部さんにはあとでお礼を言っておかなくちゃ…。って、あれ?そう言えば何で日下部さん、こんなところに居たんだろう?わざわざ、東京から静岡へ食事をしに来たんだろうか…。まっ、いっか。