表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
灰色の帝国  作者: STB
1/2

素晴らしき帝国

こんにちは、STBと申します。

今回はナチス支配が続くドイツが舞台です。現代までナチス支配が続いた場合ドイツはどんな風になるか、そんな妄想を詰め込んだ話になると思います。

それでは、お楽しみください。

この国は灰色だ、と言う者がいた。

一体何が灰色なのかと問うと、その者は静かに答えた。

「なんていうか……、そう。正義。正義が灰色」

正義が灰色? 

「正義にだって色はある。この国の正義は、白になれるはずない。けど、黒ではないね」

黒、ではないのか?

「こんな正義の下でも、国民は幸せに暮らしてる。ここより劣悪な正義は今までたくさん見た」

確かに。

「だから、灰色で合ってる。この国の正義は、灰色」

灰色の秩序。灰色の法。灰色の幸福。灰色の正義。

ここでは、全てが灰色。

ならばここは、灰色の帝国だ。



沖野おきの けいが生まれたのは、彼の出身国、日本でも上位1%の社会グループに属する家だった。

沖野家といえば一般社会ではもちろん、軍人の世界で知らぬ者はいない。アメリカ合衆国との6年に渡る大東亜戦争において武勲を立てた軍人一家だ。継の祖父、沖野おきの 仙蔵せんぞうは陸軍中将としてハワイ上陸作戦を指揮。その後1947年の休戦以降も帝国陸軍ハワイ総司令を70歳まで勤め上げた帝国軍人であった。

そんな家に生まれた継だったが、祖父と同じく軍人であった父や継の兄と違い運動能力や武術は人並み以上になることはなかった。だが、特にそのことを父に責められたことはなく、

「人の道は一つじゃない。帝国軍人としての役目はお前の兄が果たしてくれる。お前は自分の進みたい道に進めばいい」

とよく言われたものだ。軍人一家の家長の割に、継の父はリベラルな考えの持ち主だった。


無論、継に何の才もなかったわけではない。勉学の面で彼は類まれな才能を開花させた。12歳までに高等教育課程を修了。言語に関しても同盟国の言語であるドイツ語、イタリア語、フランス語はもちろん、敵国言語の英語やロシア語もほぼ完璧に習得した。

継の才能をこれ以上延ばすには日本では限界があると考え、継の父は彼を同盟国ドイツのゲルマニア帝国大学へ留学させた。そこで継は4年間、軍事、政治、経済、機械・生物工学を学んだ。

別に自分の家が嫌いなわけでも、息苦しさを感じていたわけでもなかったが、継にとってこの4年間は至福の時であった。ドイツ人はもちろん、フランスやイタリアからの留学生との交流も継にとっては刺激的であり、この間に彼はいわゆる「青春」を経験した。


16歳で日本に帰国した時、彼を待っていたのは内務省、それも警保局保安課での仕事だった。

警保局保安課と言えば泣く子も黙る特別高等警察の総括。国内における治安維持・諜報活動を一手に担っている。

とはいったものの、継に与えられたのはドイツやイタリアの諜報機関から送られる資料、国防省が盗聴したアメリカ本国と日本に潜伏する工作員との通信の翻訳など、単調作業の連続であった。いわゆるデスクワークだ。

だが、今にして思えばこの単調作業の連続も懐かしい。

全ては二カ月前、警保局局長から直々の呼び出しに出頭したことが始まりだ。



「僕をドイツ内務省に……派遣?」

「そうだ。君を向こうに送りたいと、内務大臣直々の推薦だそうだ。良かったな」

局長は心底喜ばしいといった表情で継に告げた。

「でも待ってください、僕はまだ向こうから帰ってきて一年しか経ってないんですよ! それなのになんで……」

「帰ってきたばかり、だからだ。国粋教育政策強化のせいで同盟国の独逸(ドイツ)語すら話せない若手も多い中、君は四年間も向こうで学んでいた。これほど適任な人材が他にいるかね?」

「それは、まぁ確かに……」

局長め、今まで目障りだったドイツ帰りを送り返せると思って清々してるってところか、と継は内心呟いた。東京帝国大学卒のエリートである局長であっても、ドイツで学んだ17歳の餓鬼を自分のところには置いておくのは我慢ならなかったということか。そういったエリート意識はどうも継には理解しがたいものであったが。

「最近、我が国でも軍と警察を統合した新たな諜報組織を創設しようという動きが進行中だ。だが国防省と内務、警察省が昔から犬猿の仲というのは知っているだろう?」

軍と警察の仲が悪い。これはどの国でも共通の問題だ。互いに国民生活を守護する者であるが、いやそれ故に、対立することが多い。

「そこで君の登場だ。制服組でありながら国防省に意見する力を持つ沖野家の次男であり、現在内務省に勤務。その上ゲルマニア帝国大への留学経験有り」

なるほど。こうして聞いていると、まるで自分のここまでの過程は、まるで始めからそうなるように仕向けられていたのではないかという錯覚に継は陥りそうになった。思えば父の昔からの友人に国防省情報局の局員がいたはずだ。恐らくその辺りの筋から目をつけられたか。

「……僕は、ドイツ内務省のどのセクションに送られるのでしょうか?」

国内では使用することがあまり快く思われない英語をあえて入れたのは、いささかの抵抗の意を含んでいた。

「おいおい、『セクション』なんて敵国言語を使うんじゃない。この部屋だって警察省の公安に盗聴されてるかも知れんのだからな」

「おっと。失言でしたね。申し訳ありません」

「それで……そうそう、君が送られる『部署』についてだがね」

ほとんど物が置かれていない局長室の中で数少ない家具である机の引き出しから、局長が『独逸国内務省資料』と書かれたファイルを取り出した。

おもむろにページをめくり、局長が目当てのページを開く。

「これだ。独逸内務省国家治安情報部。全て独逸語で書かれていて私にはあまり分からなかったが、どうやら向こうの国防軍、警察、親衛隊の精鋭から組織された諜報組織らしい。まさに我々が求める軍・警察統合型の組織というわけだ」

ファイルから国家治安情報部の資料を取り出し、局長はそれを継に渡す。

「読んでおけ。出発は二カ月後。それまでに色々と準備もあるから、まぁ適当に用意しておくように」



2018年 10月9日


こういった過程を経て、沖野 継は今、大ドイツ帝国首都、ゲルマニアの街中を走るフォルクスワーゲン製の乗用車の車内にいる。

「如何ですかな、ゲルマニアの街並みは?」

継をテンペンホーフ帝国空港まで迎えに来た運転手の内務省職員が、後部座席に座る継に聞いた。

「ええ、いつ来ても素晴らしい街だと思いますよ。まさに世界首都の名に相応しい」

いかにもドイツ帝国民が外国人に期待する回答をしておく。留学時代の初期に嫌というほど聞かれた質問ゆえに、もはや継はさして考えずに答えることができるようになっていた。

この帝国は素晴らしい、美しい、見ていて飽きがこない、云々。

こういう状況で使う褒め言葉には事欠かない。

「私は先月私用で東京に行ったんですが、とても美しい街でした。……もちろん、この街には及びませんが」

「ああ、まぁ、ははは……」

ドイツ人のこういった部分は愛想笑いを返せばいい。日本人の礼儀や常識など彼らに通じるわけないのだから。

彼らが忠誠を誓うこの国の正式名称は、大ドイツ帝国。だが人はこの国を第三帝国、独裁国家、ナチス帝国などと様々な名で呼ぶ。1933年に初代総統アドルフ・ヒトラーが政権を獲得して以来、国家社会主義ドイツ労働者党――通称ナチスによってこの国は80年近く支配されている。第二次世界大戦で東部ロシアとヨーロッパ各国を飲み込み、民主主義という近代政治システムを完全に否定した国家社会主義(ナチズム)の黒い帝国。

もっとも、同じように軍国主義的政治が戦後も続く大日本帝国出身の継が言えた義理ではなかったが。

「沖野様は、ゲルマニア大で学んでいたと聞いていますが……」

「ええ。つい一年前まで」

「奇遇ですね。私もゲルマニア大で学んだ身でして。ちなみに専攻は?」

「軍事学を少し。それ以外も色々と」

「軍事ですか。さすがは沖野の一族。そういえば戦争法学のギーフェンホフ教授はまだお元気でしたか?」

運転手の男が会話の内容を他愛もないものに変えてきた。継も適当に返す。

窓の向こうには、世界首都ゲルマニアの象徴とも言うべき帝国国会議事堂フォルクスハレが見えてきた。円蓋型ドームが特徴的なその巨大な建造物の中で、今日も1200人のナチス党員達が人口三億人を超える帝国の今後について議論しているに違いない。アフリカ方面への軍備拡張、国内反政府勢力への対策、二年後のベルリン・オリンピックの施設建設費についてなど。議題は尽きることはない。

あの建物が見えたということは、内務省も近くのはずだ。

「そろそろですかね」

「ええ。次の大通りを曲がったら、正面に内務省の建物が見えるはずです」

聞いて、継は再び窓の向こうへ視線を移した。

ふと目についたのは、とある二人組。一人は恐らく母親だろう。片手に買い物袋を持ち、もう片方で彼女が一人の少年の手を引いて歩いていた。

現在時刻は17時19分。夕食の買い物が終わり今から帰宅、といったところか。

どこにでもありそうな、普通の『幸せな』光景。

「この国にも……あるんですよね」

思わず継は呟いていた。

他国から悪と呼ばれるこの帝国にもあるのだ。平穏も。幸福も。

「何がです?」

「いや、一人ごとです。気にしないでください」


大通りを右に曲がると、運転手の予告通り一つの大きな建造物が見えた。

「あれが……」

「ドイツ内務省庁舎。フォルクスハレほどではありませんが、あれもナチス建築の粋を集めた『総統芸術』の一つですよ」

総統芸術。本来芸術家を目指していた初代総統が生み出した芸術様式。帝国圏内では美術、音楽、文学、建築、何から何までがこの様式を基礎として創り出される。

特にそれが強いのは建築分野であり、この首都ゲルマニアも大戦中、まだこの街がベルリンと呼ばれていた頃、初代総統と当時の軍需大臣アルベルト・シュペーアが考案した都市改造計画に則って戦後造られたものだ。

醜悪だと言う者も多いが、継はさして総統芸術に嫌悪感は持っていない。

何もかもが一つの様式に固定化され、ある一つの美が絶対的なものとして君臨している世界。それはそれで継の目には興味深いものとして映っていた。

この街が、この帝国が、国民全てが――

「お待たせいたしました。もうすぐ到着です」

遠くへ行きかけていた継の意識は、運転手の一言によって引き戻される。

気が付くと車は内務省庁舎のすぐ目の前に停車していた。

運転手が後部座席のドアを開け、継に先に降りるよう手で促す。継に続いて運転手も降りるためドアを開けようとしたところで、彼の携帯電話が音を立てた。

「失礼。しばしお待ちを」

運転手が誰かと話している間、継は何をするわけでもなく正面玄関を見ていた。

この街の官庁関連の建物にありがちな建物――見る者に畏敬の念を自然と生じさせるナチス建築。その中へ入っていく者、出ていく者。性別も服装も別々だが、どの人間も画一化されたように同じように見えた。

この人々には個々の色がない。言い換えれば皆が、


「…………灰色?」

その声は、継の背後から聞こえた。

運転手のそれではない。彼の声より澄んだ声だ。

継が振り向こうとするが、それより早く声の主が継の手を掴む。

「えっ……誰?」

「見つけた」

彼の手を掴むその手は細く、まるで少女のよう。

「君は、沖野継、だよね」

掴まれた手から視線を移し、継は声の主を見る。

それは、一人の少女だった。

アーリア人特有の蒼く澄んだ瞳に、長く美しい白い髪。身に纏っているのは、その髪とは対照的で飾り気のない黒のスーツ。

継は気付いた。

彼女にははっきりと、色がある。







この話を読んで下さった皆様、本当にありがとうございます。今回は一話ということであまりキャラクターは出ませんでしたが、次回から一気に出していくつもりです。

これを書く上で思ったのは、意外に資料集めに金がかかるということですかね。ナチス関連の資料を買いあさり、気付けば23000円の散財……。

すいません。完全に私事でした。

次回の投稿は私用で少し遅れるかもしれません。でもなんとか完結はさせるつもりです。

では、今回はこの辺で。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ