いい奴
「あっちゃあ」
玄関前で俺は一言呟く。そうなったのは、目の前にいた大家さんを目にしたからだ。
「瀬戸内さん、今月の家賃七万円まだ頂いてないんですけど」
「払います……いずれ」
「いずれって、次あったときには払ってくださいね」
わかりました。と俺は足早にその場を去った。
「いずれとは言ったもののなあ」
真っ暗な暗室に、ブラックライトを当てただけの部屋で、俺はため息をつく。夜間の帰路につく時間帯にも関わらず客はいない。やっぱり今のご時世、占い業は廃れているものなのか。それとも俺の評判が良くないのか。
「こうなったら仕方ない。量より質をとろう」
表にある黒板の一回三千円の数字を指で消し去り、一万円に置き換える。逆に高級感がでていいかもしれない。でもその代り客足は余計遠のくだろうな。
奥に戻ると、すみませ~んの声。
なんと、鴨がネギを……しょってではない。さっそく高級志向のお客様が。
「はいはい、どうぞ。奥までどうぞ」
「子供のことで占って欲しいことがあるんですけど」
「なるほど。どの時代でもお子様の運勢は気になるものですからね」
「いえ、そうじゃなくて、まだ生まれていないんです。ただ主人が子供を欲しがらなくてどうしたらいいものかと」
夫婦の性生活の問題でもあるからか、多少奥さんも顔を赤らめていた。
「わかりました。ではこういうのはいかがでしょう」
俺は奥さんにコン○ームを手渡した。もちろんこのゴムはただのゴムではない。
奥さんもなにかを感じ取ったのかゴクリと唾を飲み込む。
「まさか、ゴムに穴をあけただけとかではないですよね」
「……え」
「え」
二人とも一音で返した。
「なわけないですよ」
「そうですよね。もし、ゴムを使ってたのに妊娠なんて、浮気とか疑われて家庭内がめちゃくちゃになりますもんね」
「そうですよ。いや奥さんの読み通りそんなことあっちゃいけない。今のはおふざけですよ。軽く下ネタで打ち解けようかな~なんて」
俺はゴムを取り下げる。
「じゃあ占い師さん、私はいったいどうすればいいんでしょうか?」
奥さんが前のめりになって詰め寄る。
「よろしい。ならば奥さん。行為後の旦那さんのゴムの精子を、すぐに私の指定する産婦人科に行ってみてください」
奥さんはただならぬ空気を感じて、ゴクリと唾を飲み込む。
「まさか、それで人工授精させて、さっきのような二の舞になるとかそういうわけではないですよね」
「……え」
「え」
二人とも一音で返した。
「まさか、そんなわけないですよ。今のは奥さんの本気の気持ちを確かめたかっただけですよ。他意はありませんよ」
「じゃあ、私はいったいどうすれば?」
奥さんはじっとり瞳を濡らして、答えを誘っていた。
こうなったらいくしかない。
「奥さん一週間ほどお待ちください。そうすれば必ずいい結果がもたらされることでしょう」
そうして笑顔の花を咲かせた奥さんは、うきうきと小学一年生のノリで帰って行った。奮発して二万円も貰ったし、さて、頑張るか。
山を越えて、海を越えて、以下割愛。
数々の冒険譚を持って、俺は七つの手のひらサイズのボールを床に置いた。
「出でよドラゴン!!」
するとボールに稲妻が落ち、辺りは暗雲に包まれる。
「我を呼び起こした人間よ。お前の願いを一つ聞こう」
「ギャルのパンティおくれじゃない、とある夫婦の旦那さんが子煩悩になるようにしてけれ」
「わかった。お前の願い叶えてしんぜよう」
そうして、ドラゴンは空に帰っていき、ボールは散り散りとなって消えていった。
「ようし、これで一仕事終わったぜ」
俺は一升瓶を持ち、帰路についた。
そうして、布団で朦朧としたなか、あっ、願いは家賃の七万円で良かったなと遅まきながら気付いたのだった。でもその後、奥さんから妊娠しましたの報告を受けたのでこれはこれでよかったなと思う良い思い出となった。




