表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
狭間の揺籃  作者: 西都涼
第一章 新入生
5/6

3.

 叔父が用意してくれた学友達に案内され、アシャは剣術の授業が行われる棟へと向かう。

 道すがら、チャロアイトの賑やかな話に笑わされ、人見知りする間もなく彼らと打ち解ける。

「ここが、剣術の授業が行われる部屋です」

 オプシディアンがそう説明し、扉を開ける。

 一歩中に入ったアシャは目を瞠った。

「天井が高い。それに、とても広い」

 ここで授業を受ける生徒の数とは不釣合いなほどに広々とした部屋にアシャが驚くのも無理はない。

 だが、素直に驚くハーフエルフを笑うような者はそこには誰も居なかった。

 むしろ、どこか苦いような表情で天井を見上げている。

「本来ならこんなに大きな部屋は必要ないんですが、中にはむきになりすぎて本性に戻ってしまう龍族とかがいるものでね」

 どこか遠くを見つめるような瞳は、かつてこの場所で起こった傍迷惑な出来事を思い出しているのだろうか。

「龍体は大きいから……」

 父が本性の姿に戻ったときのことを思い出し、アシャも納得する。

 だが、竜である父は、本性に戻ったときものんびりというか、おっとりしていた。

 あれは龍と竜の違いだからだろうか。

 そればかりはよくわからない。

「馬鹿者共のことはこの際、どうでもいい。授業について説明をしたらどうだ?」

 スピネルが冷ややかな口調で告げる。

 どうやら、彼も龍族に迷惑を被ったらしい。

「ああ、そうだね。剣は、壁にかけてあるこれだ」

 オプシディアンが壁にはめ込まれた十字飾りを手にする。

「え? これ、柄だけ?」

 木を十字に削り出しただけのようにも見える素朴な柄に、アシャは首を傾げる。

 剣ならば、当然、柄の先に刀身があるべきはずなのだが、どう見ても何もない。

「そう、柄だけ。この柄を握って、少量の魔力を注ぐ」

 オプシディアンが説明しながら半眼になり、掌から柄へと微量の魔力を注いでみせる。

 ほんのりと柄が光を帯び、ぼんやりと刀身が現れる。

 細身の諸刃の剣だ。

 その隣で同じようにチャロアイトが柄に魔力を注ぐ。

 こちらは緋色の刀身で幅広の長剣であった。

 スピネルの刀身は彼らのちょうど中間に当たる黒鋼の中剣である。

「三人とも形が違う……」

 まじまじと剣を観察していたアシャはポツリと呟く。

 剣術の授業であれば、皆同じ形の剣を扱うのだろうと思っていたのだが、その予想は裏切られた形となった。

「そりゃ、当たり前だ。それぞれ、扱える得物に違いがあるのは当然のことだろう? 合わないモノを扱って怪我をすれば、命取りにもなるし」

 チャロアイトが笑いながら告げる。

「だから、柄に魔力を通して、そいつに相応しい刀身を作り出すんだ」

 おまえの分と差し出された柄を手に取ったアシャは、彼らと柄を見比べ、恐る恐る魔力を注いで見る。

「……わっ!」

 現れた刀身に思わず声をあげる。

「おお、すげぇ……」

「諸刃だが、剣ではなく刀か……?」

 チャロアイトとオプシディアンが見たこともない形状の剣に興味深げな視線を注ぐ。

「龍牙刀だな。文献で読んだだけで実物を見るのは初めてだが」

 スピネルが納得したように告げる。

「龍牙刀?」

 アシャも手にした刀を眺め、首を傾げながらスピネルに視線を送る。

「文献と言っても、伝承のようなものだ。竜族が人形を取るとき、己の牙を刀としたという昔語りのような話だ。大太刀よりも刀幅が広く、刀にしては非常に珍しい諸刃でありながら儀式用ではなく、実用性に富み、そうしてその特徴は主と同じほどの長さを持つという」

 淡々と説明するスピネルの言葉と、アシャの手にする刀の形状は驚くほど一致していた。

 エルフと言うだけあって華奢な体格のアシャよりも刀幅はある上に、その長さは彼の身長と同じほどだ。

「……え? アシャって、ハーフエルフだよな? 何で、龍牙刀?」

 きょとんと瞬きを繰り返し、チャロアイトが問う。

「さあ?」

 答えを求められたオプシディアンは首を横に振る。

「龍牙刀が、アシャの力を存分に引き出すことが出来る形状だということだろう。龍牙刀というのは伝承のようなものだと言っただろう?」

 スピネルがふたりに告げ、アシャに視線を流す。

「その剣は、重すぎるとか、扱いづらいとか、違和感はあるか?」

「あ。全然ない、かな? 見た目に反してすごく軽いし、柄も手に馴染んでるし」

「ならば問題ないな。身を護るためのもので己を傷つけては話にならん」

「それもそうだね。僕も初めて見る刀だけど、扱うのは問題なさそうだ」

 柄を握る手を見つめ、頷いたアシャは、スピネルに笑って返す。

 そうして部屋に彼ら以外の生徒達の姿があることにようやく気付く。

「……えっと……彼らは……?」

「ああ。無視していても構わない。このクラスは剣術の上から二番目のクラスで、新入生は俺達だけだ。彼らは上級生にあたるが、ここでは実力が物を言う。危険行為をしなければ、何ら問題はない」

 スピネルの説明に、アシャは困ったような表情を浮かべる。

「先生の指示以外は、あまり気にしなくていいという意味だよ。剣術は危険だから、自分がすべきことに集中するようにと言われてあるんだ」

 オプシディアンが補足する。

「勿論、相手の実力を計るのは重要だけれどね、責任者が居ないところで打ち合いはもってのほかだということだ」

「うん、わかった」

 学生の身であれば、責任者の指示に従うのは当然のことだと納得したハーフエルフは、素直に頷く。

「だから、皆、静かなんだね?」

「いや、それは……」

 感心したようなアシャの言葉にオプシディアンは苦笑する。

 アシャの圧倒的な美貌に気圧されて、半ば魂を奪われて見惚れているなど、本人にいくら説明しても理解できないだろう。

 学園長室からここまで歩いてきながら話した中で、素直すぎる彼の性格を知ったオプシディアンはすっかり保護欲をかきたてられていた。

 スピネルほど冷静ではいられないが、この綺麗過ぎる顔にはこの短時間で慣れることが出来た自分を少しばかり褒めていたりする。

「なんだぁ? 場違いなのがいるじゃねぇか?」

 不意に荒っぽい声が響く。

 その声にチャロアイトが舌打ちし、不機嫌そうな顔になる。

 オプシディアンもスピネルさえ少しばかりうんざりしたような表情を浮かべている。

 その表情を怪訝に思い、アシャはゆっくりと声がした方へ振り返った。




 そこに立っていたのは、荒々しい気配を持つ火龍族の青年だった。

 同じ火龍族であるチャロアイトと比べても、まったく対極にいるような気配である。

 チャロアイトは太陽のような陽気さを持つが、そこに立つ青年は劫火のような荒々しさだ。

 あまりにも荒れた気配にわずかに顔を顰めたアシャは、あることに気付きオプシディアンを見る。

「オプシディアン、もしかして本性に戻った人って……」

 この人のことではと、視線で問えば、獣人族の少年が小さく頷く。

「龍族は血の気が多いけど、特に火龍族は、ね……」

 肩をすくめて小声で答えてくれる少年は、チャロはそこまでひどくはないよと友を庇う。

「うん。チャロアイトの気配は心地良い」

 にこっと笑ったアシャは、オプシディアンの言葉を全面的に同意する。

「なんだぁ、このお嬢ちゃんは?」

 臆した様子もなく泰然と佇む子供に火龍族の青年はじろりと睨みつける。

「それに随分ご大層な得物を抱えてるじゃねぇか。そいつ、重すぎて持てないんじゃねぇのか?」

 嘲りの色を滲ませてからかってくる青年に、アシャは極真面目な表情で片手で刀を持ち上げる。

「見た目より遥かに軽いようだ。まったく問題ない」

 その言葉に、その場にいた者が固まるが、アシャやオプシディアンたちは気にした様子もなく青年と対峙している。

「へぇ……遊んでやるよ、お嬢ちゃん」

「お嬢ちゃん? 僕は女性ではないけれど」

 不思議そうな表情で小首を傾げ、アシャはただ真面目に応じる。

 悪意というものに触れたことのない子供にとって、掛けられた言葉に真面目に対応するというのはごく普通の反応である。

 だが、青年にはそれは己の言葉を軽く流されたと思うに充分であった。

 獰猛な気配を漂わせ、醜悪な笑みを浮かべる。

「来いよ、チビ。潰してやるぜ」

 その言葉に、意味がわからずキョトンとするアシャと、うんざりしたように横を向くスピネル。

「バカな真似は止めろ、ディグ。相手の力量も測れないのか、おまえは」

 呆れたような表情で止めたのはチャロアイトであった。

「同族のよしみで言うが、アシャとおまえの実力じゃ、天と地ほどの開きがあるぞ。恥かくまえに引け」

「……その前に、私闘禁止の意味を理解させたらどうだ? まぁ、その頭じゃ理解できないだろうが」

 チャロアイトにスピネルが声をかけ、自分が言った言葉をすぐに否定する。

 バカにされたと気付いたディグという名の火龍は、スピネルに向かって剣を振りかざし向かってくる。

「出来損ないのエルフの分際で!!」

 猛然と突っ込んでくるディグに、まったく動じた様子も見せないスピネルが片手を挙げようとしたその寸前に龍牙刀を手放したアシャが割って入る。

「アシャ!!」

 振り下ろされる剣をかわすことなく、指先で軽く触れるだけで砕いたハーフエルフは、その手でディグの手首を軽く撫でる。

「……ガッ!!」

 目を瞠った火龍族の青年は、そのまま倒れこむ。

 呼吸が出来ないのか、左手で喉を押さえ、びくびくと痙攣を起こしている。

「アシャ、何をした?」

 スピネルが問い質す。

「私闘は禁止だと、スピネルが言った。スピネルは、この人をわざと煽っただろう?」

 スピネルの問いに答えずに、逆に彼を窘めるハーフエルフにダークエルフは顔を顰める。

「アシャ、もう一度聞く。こいつに何をした?」

「気が乱れていたから、正常に戻しただけ。治療?」

 異常を正常に戻すことは治療であると認識している子供は、素直に答える。

「治療か……治療なら、私闘じゃねぇな、確かに」

 ぷっと吹き出して、チャロアイトが手を伸ばし、アシャの髪をがしがしと撫で回す。

「うわっ!!」

「でかしたっ!」

 げらげらと笑いながらアシャを撫で倒す火龍族の少年は、同族の青年をつま先で蹴る。

「情けねぇなぁ、ディグ。誰彼構わず噛み付いて、病んだ上に正常に戻されて苦しむってなぁ、おまえ、自分がどういう状態かわかってんのか?」

「チャロアイト、だめだって」

「ああ、いいって。龍はこんぐらいのことじゃ死にはしねぇし」

 あっさりとアシャをいなしたチャロアイトは、アシャの顔を覗き込んでにこりと笑う。

「ありがとよ、アシャ。バカに代わって礼を言うぜ」

「……チャロアイト?」

「正常に戻されて苦しむってことは、魔に侵されてるって意味だ。どの道、治療の為に退学だ。同じ退学でも問題起こしての退学より、一族の面子が保たれるからな」

 そう言ったチャロアイトの視線が扉に向けられる。

 そこには剣術の講師と医療班の者達が立っていた。

「そーゆーわけで、処理、よろしくお願いしまーっす!」

「……私が来るまで騒ぎは起こすなとあれほど言ってあるだろうが!」

 さほど大きくない声だが、がつんと響く叱責に生徒達の背筋が伸びる。

「大事になる前に手が打てることは幸運だった。アシャ・セレスタイト、揺籃は君を歓迎する」

 獣人族の女性講師が低い声で柔らかく告げる。

「授業を始める。身体を解すことからはじめるぞ。ふたり一組になりなさい」

 講師に付き従っていた医療班の半数が、倒れているディグの様子を確認し、部屋の外へと連れ出していく。

 それをちらりと確認しながら講師は生徒達に声をかけ、授業が開始されたのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ