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狭間の揺籃  作者: 西都涼
序章
2/6

2.

 深淵の森深く、小さな家があった。

 そこに住まうのは、冒険者の一家である。

 しかしながら、ただの冒険者ではない。

 世界にたった二人しかいないというSSS級の冒険者である。

 そのランクの高さを不思議に思ったところで、本人を見れば一瞬のうちに納得するだろう。

 むしろ、何故彼らが冒険者なのかというところに疑問を持つかもしれない。

 それだけ彼らは特殊な存在であった。

 そうして、その二人の血を受け継いで産まれた子供は、最早、特殊どころの騒ぎではない。

 稀少というより、神の気紛れか奇跡と思えるほどに有り得ない存在なのだ。

 それゆえ、その子供には問題があった。

 なにしろ前例がないのだ。

 すべてにおいて例がないというのは、一歩間違えれば大惨事を引き起こすということと同義語なのだ。

 だからこそ子供が生まれたとき、夫婦は何が起こってもいいようにと一線を退き、誰も訪れない深淵の森に居を構え子育てを行ってきた。

 健康面においては、子供は順調に育ったといえよう。

 非常に稀少な種族の両親から生まれた子供であるからこそ、通常であれば強い個体として生まれる。

 だが、それは同族であれば頷けるものであって、異種族間であればお互いが強すぎる個体であるがためにぶつかり合い子供を為せない事の方が多いのだ。

 奇跡としか言いようのない確率で生まれた子供は、それらを相殺する形で非常に弱い個体として生まれることが多く、生後間もなく力尽きてしまう。

 しかし彼らの子供は何の気紛れか、両親それぞれの特性を相反することなく見事な調和で受け継ぎ、非常に強い個体として育ってきた。

 そこに両親の苦労が生まれた。

 生態系の頂点として君臨するであろう二種族のそれぞれの更に頂点に位置する夫婦の特性を受け継いだ子供は、非常識なまでに力に溢れた存在となった。

 幼い子供が持つには危なすぎる量の力。

 それは育つごとに大きくなっていく。

 未熟な器に大きすぎる力を湛え、危うい均衡の上に立つ我が子を心配しない親はいない。

 そして、親が心配していることに気付かないほどその子供は愚かでもなく、むしろ聡過ぎるほどに己の未成熟さに危機感を持ってしまった。

 両親が望むことを出来ぬ己を恥じ、そうしてせめて人並みに暮らしていけるだけの術を身につけたいと、逆の意味で無謀な目標を掲げることとなったのだ。


 こうして、運命の糸車は廻り始める。


 子供が十五歳の誕生日をもう間もなく迎えるという頃、彼らの許へ入学許可証が送られてきた。

 正確にはクレイドル学園総合学部への入学許可証である。

 狭間の揺籃の揺籃はこのクレイドルから来ているとも言われている。

 クレイドルにはこの総合学部の他に武術学部、技術学部、知識学部があり、その下に様々な学科がある。

 総合学部は、武術・技術・知識それぞれの学部から学びたいものを自由にピックアップして学ぶことが出来るため、非常に人気は高いのだが、それぞれの学部の平均値よりもやや上の能力がない限り、それらを一様に学ぶことは危険であると判断されるために、実際に所属する人数は非常に少ないのだ。

 それゆえ、総合学部はエリート中のエリートを育てると外の世界では思われている。


 母親からその入学許可証を手渡された子供は実に複雑な表情でそれを見つめる。

「許可証を手に入れることは、非常に困難なことだ。学園から認められ、それを送られてくるということは、学ぶ者が重き運命を担わなくてはならないということの表れでもある。だがな、受け取ったからといって、必ず入学しなければならないということもない。すべては本人の意思次第ということだ」

 やや堅苦しい男言葉を使い、そう説明する母親は身の内に宿る力がそのまま外見の美醜に繋がるこの世界でも稀に見る極上の美女である。

 腰に無造作に吊られた大剣がなければ、どこぞの国の美姫と言っても通用しそうである。

 若々しく硬質だが繊細な美貌の女性はとても子持ちには見えない。

 それは、彼女が長命族であることを意味している。

「学びたいことがあるなら、学べるところへ行く。それが真理だ。おまえはおまえの心が決めるまま行くがいい、アッシャー」

「……母上」

 母親の言葉に子供は素直に頷く。

「あちらは寮生活だと聞く。同室の子が馴染めないならすぐに帰ってきていいぞ。長期の休みじゃなくても、いつでも好きなときに帰ってきなさい。甘くて美味しいお菓子なんてないだろうから、定期的に荷物と一緒に送ってやろうな」

 父親である青年が、優しげな笑みを浮かべて告げる。

 細身ではあるが長身で、こちらも非常に整った顔立ちをしている。

 目許からこめかみまでを小さな鱗がびっしりと覆い、そのこめかみから顎、そして首筋へと文様が浮き出ている。

 硬質というよりも金属的な印象を受ける青年だが、その立ち振る舞いは柔らかい。

「アーシアの好きなお菓子は父様、ちゃんと覚えているよ」

 父親は母親とは別の名前で我が子を呼ぶ。


 アシャ・セレスタイト・スフェーン・ハーキマー


 それが子供の名前である。

 スフェーンが母の氏族名、ハーキマーが父の氏族名である。

 今の段階では、アシャがどちらの氏族名を名乗るのかは決まっていないため、どちらも平等に名乗ることになっているらしい。

 両親の種族のどちらかの特徴をより強く受け継いだと判明したときに、名乗る名前が決まるのだ。

 そうして、母がアシャを男子名で呼び、父が女子名で呼ぶのも理由がある。

 もちろん、母が息子を、父が娘を欲しがったという単純な理由でもあるのだが、アシャもセレスタイトも男女どちらにでも通用する名前である。

 つまり、アシャには性別がないのだ。

 種族的に幼生時には性別がなく、成人した時にどちらかに別たれるというものもあるのだが、両親の種族はそのどちらもそのような特性はない。

 おそらくは、確率的に言ってもほぼ生まれることはないと断言できるほど稀少な組み合せから生まれてきた子供ゆえ、そのようなことになったのだろうと、両親は推察している。

 自分に性別がないことに関して、アシャは不満に思ったことはない。

 一生、無性体だったとしても、そこまで問題だとも考えていない。

 今まで両親以外の存在と接触したことが皆無に等しいがゆえの思考である。

 両親が何と呼ぼうとも、それが自分のことであるとはっきりわかるため、名前に関しての頓着もない。

「父様。差し入れは日持ちがするものをお願いします」

「アーシア? では……」

 どこか捨てられた子犬のような表情で父が子を見つめる。

「クレイドルへ行きます。多くは望みません。ただ、人並みに己の力を制御する術を手に入れられればと……」

 誰に似たのか、生真面目な子供はそう告げる。

「人並みに……」

(絶対無理だ。人並みなんて……)

 我が子のささやかな野望を瞬時に否定した両親だが、賢明にもそれを口にすることはなかった。

 己の種族の中でも異端過ぎた為に冒険者となり、与えられた階級が3Sという追従を許さない特殊ランクだった二人である。

 その子供が人並みなんてことがあろうはずもない。

 すべてにおいて規格外。

 それが両親から見た我が子の正当な評価である。

「アッシャー。努力は必ず実を結ぶ。だが、時期を期待すれば、その花が咲くところを見ることは叶わない。いつか、を、信じる心の強さがその実を手に入れる最大の力となる。その言葉を母は贈ろう」

 母親としてではなく、先達として、ひとり歩み出す者へと言葉を贈る。

「ありがとうございます、母上」

「母様は格好良過ぎるなぁ……父様が言うべき言葉がなくなってしまったよ。アーシア、頑張り続ける必要はないからね。翼持つ者とて永遠に飛び続けることは出来ないのだから。止まり木に止まって羽を休めることも必要だと知りなさい。父様も母様も、愛しい君が還ってくるのをいつでも待っているからね」

「……はい」

 妻に憧憬の眼差しを送った夫は、我が子に立ち止まることを諭す。

 両親の訓えに頷いた子供は、手の中に収まった入学許可証に視線を落とす。

 新しい可能性を前にした高揚感よりも、親の掌から飛び出す恐怖感を感じながら、アシャは世界の果てにあるという狭間の学園に思いを馳せた。

両親の種族は後ほど出ますので、少々お待ちください。

また、オリジナルですので、皆様がご存知のファンタジー設定とは異なりますのでそのあたりの設定はおいおい出てきますが、普通と違うと思われても、そういうものだとご理解ください。

だって、オリジナルな世界観のお話、書きたかったんですもの(笑)

ご容赦くださいませ。

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